探偵討議部へようこそ 第1章 (ハシモー登場編)
第1章あらすじ
K大学のごく普通の新入生、ハシモト・タダノブは、ひょんなことで「探偵討議部」と言う部活に入部させられることになる。そこは、「謎」に魅せられた個性派探偵集団のアジトであった。
第1章登場人物
K大探偵討議部
<三回生>
ヤマダ・ハナコ: 個性豊かな部員をまとめる探偵討議部長。なぜかいつも赤いスーツ。謎の多い美人。
<二回生>
ウチムラ・リンタロウ: コードネーム「シューリンガン」。屁理屈の神。そして、「ザ・ひねくれ者」。推理をするときにパイポを回転させるという奇癖の持ち主。爽やかな変人。
ナガト・ムサシ: コードネーム「アロハ」。天才。そして、重度のコミュ障。全ての謎が瞬時に解けるというチート能力を持つ。なんのこだわりか、常にアロハにリーゼント。
シジュウイン・クチサト: コードネーム「デストロイ」。なにかと理由をつけては腰振りダンスを披露する探偵討議部のエース。合気道三段。
オットー・ハンサム・コマエダ: コードネーム「ロダン」。類まれな筋力と美しい外見を持つ、心優しき男。天然ボケの傾向を持つ。
<一回生>
アマハネ•マイコ: コードネーム「リョーキちゃん」。謎に対する食いつきの良い元気な女の子。コスプレすることによって、物語の中の探偵になりきるという特技の持ち主。
ハシモト・タダノブ: コードネーム「ハシモー」。主人公。特に際立った能力はないが、物を記憶し、記録する事には長けている。考えすぎると鼻血が出る、という特異体質。
K大ディベート部
<三回生>
マスモト・リキ: 通称「リッキー」。討論の能力に長けた、ディベート部不動のエース。
<一回生>
ヒデミネ・ガクト: トップ入学した秀才。「学年トップの、、」が口癖。「リョーキちゃん」ことアマハネ・マイコに興味深々。
ヨシザワ・ユウカ: ヒデミネと共に「ハシモー」、「リョーキちゃん」のコンビに立ちはだかった無表情な女性。
桜並木の中を、僕、箸本忠信は歩いている。穏やかな春の光。長袖のシャツにジーパンとスニーカー、薄手の春のジャンパーを着た僕には、まだすこし風は冷たい。
桜並木の向こう側には、川が流れている。広い河原には、ジョギングをしている人、赤ちゃんを連れている人、ベンチに腰掛けて桜を見上げる人、、。春の時間はゆっくりと流れる。僕は川を後にして、山手のほうに、この度入学を決めた大学のほうに向かって歩き続ける。桜並木は続く。
K大学のキャンパス周辺には、僕と同じく大学入学を決めたものの、住居を決めたかどうかはまだあやしいひよこのような新入生たちが、目にそれぞれの希望の光を湛えて歩いている。
これから4年間、僕はこの大学でどのような物語を紡いでいくのだろうか。恋もするのだろうか。そして、生涯かけてやりたい、と思えるような「何か」は見つかるのだろうか。
思えばこれまで、まるで「大学に入ることが人生のゴール」であるかのように勉強に時間を捧げてきた。かといって、その勉強だって、人に自慢するほどよくできたわけでもない。同じ試験をくぐり抜けた新入生たちを前にすると、僕には誇れるものなど、何もない。僕は何者でもない。「Nobody」だ。Nobodyの僕は、大学の正門をくぐる。
まだ春学期の講義は始まってもいないのだが、大学のキャンパスは多くの人でひしめき合っている。僕のように、これから通う大学をただ散策に来た、という風情で手持ち無沙汰な様子をみせている子もいる。まだ友達ができていない僕と違って、数人で連れ立っている新入生も多い。
まだ住居を決めていない新入生のために、学生向けの住宅を提供する会社の人がパンフレットを配っている。若いスーツのお兄さんや、可愛いお姉さんがその他色々なパンフレットを配る。皆不自然なくらいの笑顔だ。運転免許をとりたい新入生のための自動車学校のブースもある。
しかし、何と言っても目立つのは「青田刈り」を狙ったサークルや部活動のブースだ。先輩方がそこここで新入生を呼び止めては、クラブの説明をしている。先輩方は、皆大きくて、大人にみえる。
だが今の所、僕に声をかけてくれる先輩はいない。背が高いわけでも、体ががっちりしてるわけでもなく、どこから見てもスポーツマン体型ではないせいだろうか?ちらっと、「アニメ研究会」の立て看板が目に入り、コスプレをした先輩方が呼び込みをしている前まで行きかけたが、「アニメは研究するものではなく楽しむものだ」、と思いとどまった。クラブは学生生活の大半を捧げるものだから慎重に選ばなくてはならない、と思う。
ぼんやりと立ち並ぶサークルのブースを少し離れたところから眺めていると、上下真っ赤なスーツをきた黒髪の女性の姿にふと目を奪われた。遠目にもわかるような美人が、人がひしめき合っているキャンパスの中を、まるで無人の野をいくように、迷いなく、滑るように歩いていく。
目立つ服装にもかかわらず、その無理のない身のこなしのためか、周りの群衆もまるで彼女が通らなかったかのようにやり過ごしていく。呼び止めるものも、目で追うものさえもいない。まるで全員の死角を選んで歩いているかのようだ。少し、幻想的な光景だ。
その女の人の姿をもう少しみていたくて、引かれるように後をつけていく。声をかけようとか、そういう気持ちがあったわけではない。ただ、目が離せなかっただけだ。美しい黒髪の女性は、人混みの中を縫うように、よどみなく進む。僕は後をついていく。まるで探偵にでもなったような気分だ。
その女性の迷いなき歩みと隙のない身のこなしにも感嘆したが、自分自身の「ステルス性能」にも驚く。僕の歩みはあそこで人とぶつかりかけては避け、ここで目の前を通行人に塞がれる、といった不恰好なものではあったが、やはり誰にも声をかけられない。足止めされない。まるで僕などいないかのようだ。他の新入生は勧誘に捕まっているというのに。「影の薄さ、ここに極まれり」、という感じだ。
黒髪の女性は、キャンパスの大通りを曲がり、講義棟の間の少し人通りが少ない通りを突っ切ったあたりで、急に姿が見えなくなった。
「?!」
慌てて周りを見回すと、そこはキャンパスの中でも一番奥まったところで、そこにはおそらくは部室などに使われていると思われる古い木造平屋の建物が見えた。その建物の前でもいくつかの文科系と思われるクラブがブースを作り、勧誘活動をしている。
その中に、いた。さきほどの赤い黒髪の女性よりももっと不思議な存在が、、。
$$
その男の人は、まだ肌寒いというのにアロハシャツ、頭はリーゼントでバッチリと固め、グラサンを身につけ、右手にはなぜか拡声器を持っていた。
その拡声器で、
「、、、であるからしてー!我が探偵討議部の活動においてはー!プロレタリアートの蜂起がーーー!!」
と、いまひとつ何言っているのかわからないアジ演説をぶっている。一瞬で、「やばい人だ」とわかる。
「やばい人だ」とわかるのは僕だけではないらしく、人ひしめき合うキャンパスの中でその人(おそらく先輩であろう、「リーゼント先輩」と心の中で名付ける)の周りだけが、見事に半径5−6メートルの円状に人がいない、という状態。まさに白昼の孤独。リーゼント先輩はめげる様子を全く見せず、大音声の演説を続ける。
僕は瞬時にさきほど芽生えた自らの能力、「ステルス」を発動した。あんな人と目があったらろくでもないことが起きることくらい、しってる。アニメとかで見たから。
ところが、顔を背けた僕の「ステルス」をアッサリと打ち破り、リーゼント先輩はまっすぐに僕の方をみると、ツカツカと歩み寄ってきた。やばい。目をつけられた。逃げなければ、、。と身を翻す僕の後ろから、拡声器で、「そこの君——!探偵に興味はないかーー!」と呼びかけてくる。周囲の視線が一斉に僕に集まるのがわかる。100デシベルを超える音量でのご指名に、僕は逃げるタイミングを失ってしまった。
(ダレカタスケテ、、。)
僕の心の叫びは、周りの誰にも届かなかったらしい。観念して振り返ると、「ぼ、僕のことでしょうか??」と今や目の前に迫った「リーゼント先輩」に話しかけた。
「君以外に、誰がいるんや?探偵に興味あるかーー!」
と拡声器のまま話すリーゼント先輩。たまらず耳を押さえる。
「聞こえてます。聞こえてますって。だから拡声器は勘弁してください。」
「そうか。すまんかったな。」
意外と素直に謝った先輩は、リーゼントに、アロハシャツ、グラサンにジーパン、そして黒い革靴。どこからどうみてもK大学の学生にはみえない。
「探偵ですか?興味はありません。」
ここはきっぱりと断るべき、と本能が僕に告げている。
「そうか、それはまさに僥倖。探偵、いや、我々探偵討議部について知るいい機会や!」
と嬉しげに答えたリーゼント先輩は空気を読まないタイプの人なのだろうか?
「勘弁してください、約束があるもので、、。」
仕方なく、伝家の宝刀、「約束がある」を抜く。
その宝刀を、「よしきた!手短に済ませよう!」と華麗に躱したリーゼント先輩は何やらカバンから紙と朱肉を取り出した。
「指紋照合クイズや!探偵にとって、指紋照合とはイロハのイ!アーベーツエーのアー!アンデュートロアのアン!君も探偵になりたいなら、まず最初に通る道や!シンニュウセイ・タロウくん。」
フランス語だけ数詞になっているのだが、そこをつっこむとさらにややこしいことになるので、スルーする。
「探偵に興味ないって言ってるのに、、。それに、シンニュウセイ・タロウってなんですか?」
「君の名前や。まだ教えてもらってないからな。仮の名前で呼んでるわけや!」
「わけや!じゃないですよ。やめてください。恥ずかしい、、。僕にはハシモトという名前があります。」
「ハシモトは名前ではなく、苗字やろ。親からもらった名前はないのか?」
「ないわけないでしょ。タダノブです。」
「ぬな!ハシモト・タダノブとな。もしや君はかの有名な、、。」
「有名なわけないでしょ。僕は、ごく普通、何の取り柄もない、ごく普通の新大学生ですよ。」
「いや、その名はどこかで聞いたことあるぞ。どういう漢字をかくんや?ちょっとここに書いてみてくれ。」
「約束があるんですってば!ええと、『箸本忠信』、こうです。」
「す、すまん。」
「え?」
「人違いや。俺が知ってるのは、ハシモト・セイコとアサノ・タダノブやった。頭の中でごっちゃになっとった。しかも、ハシの字が箸は想定外や、、。」
にわかには信じがたいが、如実にしょぼくれた様子をみせるリーゼント先輩。なんだかこっちが申し訳なくなる。こちらはなんにも悪いことはしてないはずなのに、、。
「いやいや、人間違いは誰にでもあることですよ。」
仕方なく慰めた。
「とんだ人違いをしてしまった俺やけど、指紋照合のデモンストレーションに付き合ってくれるか?」
明らかに肩を落とした様子で、しょんぼりとリーゼント先輩は言う。この人も悪い人、というわけではなさそうだ。ついつい同情した僕は、
「仕方ありませんね、乗りかかった船です、、。」と了承した。
リーゼント先輩はとたんに「パアーッ」と明るい表情になって、
「それじゃ、この紙に朱肉で指紋をつけてくれ」
と先ほど僕が『箸本忠信』と書いた紙を差し出した。
その嬉しげな顔につい僕もいいことをしているような気持ちになり、名前の横に親指の指紋をつけた。
「なるほど!これがハシモトくんの指紋というわけだ!」
当たり前のことに感心するリーゼント先輩。
「そりゃ、そうですよ。今押したんですから。」
「実はこの紙、先ほどから俺と君がベタベタさわっておる。つまり、我々二人の指紋がここについているわけや!この紙から指紋を検出し、二人の指紋のうち、君自身のものを当てることができたら!」
「できたら?」
「コーヒーをおごったるわ!」
それは少しだけ面白そうだ。だが、商品の缶コーヒーはリーゼント先輩のカバンから覗いているあれだろうか?それは少し嫌だ。ぬるいコーヒーは。
そんなことを考えながら指紋照合とやらを待っていると、リーゼント先輩ときたら、ぬるコーヒーの入ったカバンをゴソゴソ探りながら、明らかに困惑した表情を浮かべはじめたではないか。
「やや?ややや?」
「どうかしましたか?」
「面目無い。大変な事件がおきた!」
「事件ですか!?なにがあったんです?」
「指紋採取用のアルミニウムパウダーと間違えて!」
「間違えて!?」
「ねるねるねるねの2の粉を持ってきてしまった。すまぬ、、、。」
「食えないお方ですね、クエン酸だけに。次は間違えないでくださいね。」
無表情でそれだけを絞り出した僕は、面目無い、とうなだれるリーゼント先輩にそれ以上付き合うのが馬鹿らしくなった。
「すまぬ!面目無い!」
詫びるリーゼント先輩であるが、どこまでが本気で、どこからネタなのかがわからない。
「いや、もういいですよ。用事があるので、失礼します。」
用事もないのにそんな返事をして去ろうとした僕に、リーゼント先輩は「君は漢だな。そんな漢は、缶コーヒーに値する。」と例のぬるい缶コーヒーをくれた。
それにしても赤いスーツの女性はどこに消えたのだろう?僕はもらった缶コーヒーをリュックに放り込むと、大学キャンパスを後にした。
$$
僕のアパートは大学の近くを流れる疎水沿いにある。まだ授業も始まってはおらず、九州から出てきた僕には友達もいない。近くには大学の学生を対象とした定食屋さんがたくさんあるが、一人で入る勇気がなかなか出ない。
コンビニで買ったお茶とお弁当、それとバナナやプリンに駄菓子。このところ、そうやって夕食を済ませる事が多い。そのうちに自炊もしてみようとは思っているけど。ちなみに、「箸本」の名にかけてもお弁当に箸はつけないのが僕のポリシーだ。夜は暇つぶしにジグソーパズルをする。巨大な「不思議の海の凪や」のパズルは、まだ完成半ばだ。
赤い女の人と、リーゼント先輩に出会ってから数日して、僕は見慣れぬ封筒がアパートのポストに入っているのに気づいた。「差出人」の欄には、「正義の探偵集団、良い子の探偵討議部より」と書いてある。
「探偵討議部」と書いてあるからには、先日のリーゼント先輩、もしくはその関係者が出した、ということだろうか?封筒をみると、切手が貼っていないじゃないか。宛名も書いていないところをみると、差出人はポストにダイレクトに入れに来た、ということになる。
どうやって僕のアパートをつきとめたのだろう?正直、怖い。尾行でもされたのだろうか?探偵だけに!?
封筒を開けようか、開けまいかは悩んだが、開けただけでなにかに取り憑かれることもあるまい、と思い直して開けてみる。怖いものみたさだ。中には一枚の手紙と、銀色の粉が入ったビニール袋。この粉は、なんだ!?警察に届けないといけないやつか?
手紙には、全く見覚えのない太ぶととした字体で、次のような文章が書かれていた。
「正義の探偵集団、良い子の探偵討議部へ入部おめでとう!BOXにて待つ。」
追伸:先日は指紋採取できず、面目無い。お家で心ゆくまで指紋採取できるよう、入部特典として、アルミニウムパウダーをプレゼント!
1)可燃性が高く、粉塵爆発の恐れがあるから、火気厳禁!
2)ねるねるねるねの1の粉と混ぜても膨らまない。要注意!
気をつけてな。
缶コーヒーの男より。
‥いろいろ気になる文章だが、やはりあのリーゼント先輩だったか、、。「缶コーヒーの男」よりも、自分を特定するパーツをふんだんにお持ちなことにはお気づきでないとみえる。「リーゼントの男」とか、「アロハシャツより」とか、「グラサン拡声器より」とか、他にあったでしょうに、、。
アルミニウムパウダーとねるねるねるねの2の粉を間違える、とかいう事件がそうそうあるようにも思えないし、「膨らまない。要注意!」じゃないでしょ。「口に入れるな!」ならまだわかるけど。‥ツッコミどころしかない。
しかし、最大のツッコミどころは、「入部する」とは一言も言ってないのに、「入部おめでとう」とはこれいかに!? なんとなく怪しいので、飲まないまま机の上に置いてあった缶コーヒーを眺めながら、僕は考えた。
しばし考えて、ようやく思い出した。九州から出るとき、母親から「見知らぬ人から渡された文章にサインをしたり、ましてや拇印を押したりしてはいけない」と言われたことを。「あなたはお人好しだから。」と心配そうな目をして送り出してくれたお母さん、ごめんなさい。どうやら、あれが入部届けだったのだろう、、。書類上、入部したことにさせられてしまった。
(どうしよう、、。)
敷きっぱなしの布団に飛びこみ、悶絶する僕。入学早々、「正義の探偵集団、良い子の探偵討議部」とかいう怪しい組織に加入させられてしまった。
これは完全にだまし討ちだし、このままバックれてしまう、という方法もある。でも、リーゼント先輩はどうやら僕のアパートまで突き止めているご様子だし、家に押しかけられたら迷惑。何より怖い。リーゼントの陰に怯えながら生活するのはごめんだから、こちらから正式に断りに行くべきか。「攻撃は最大の防御」というし、、。せめて一緒に行ってくれる友達でもいるといいのだが、、。心細い。
そんなことを考えているうちに、鼻血が出そうになって来た。子供の頃から何かを一心不乱に考えると、鼻血がでそうになる。それで、考えるのをやめるのが癖になっている。このときも僕は考えるのをやめた。明日、そのBOXとやらを訪ねて、詫びを入れよう。何故お詫びしないといかんのかもわからないが、、。
$$
翌日、僕は躊躇しながらも、探偵討議部の部室があるBOXという建物の前に立っていた。先日リーゼント先輩がその前で演説していた、あの木造平屋の建物だ。いまにもそこらの陰から、リーゼント先輩が「バア」とかいって飛び出してくるのではないかという恐怖に駆られる。
だけどここは心を強く持たなければならない。僕の新たな大学生生活の門出に、こんな形でつまづくわけにいかない。今のこの時期が大事なのだ。4年間かけて没頭できるなにか、やりたいことを見つけなくてはならないのだから、、。BOXの建物に入ると、床はギイギイと音を立てるような古い板張りで、今にも踏み抜いてしまいそうだ。
入口から少し入ると、左手に、毛筆で「探偵討議部」と黒々と書いた看板のある部屋がある。「正義の探偵集団、良い子の探偵討議部」でなくてよかった、、。木製の大きなドアがついており、中からは話し声が聞こえる。僕は大きく息を吸い込んで、そのドアをノックする。
「どうぞー」と女性の声が返ってくる。女性の部員もいるのか、、。少しホッとする。リーゼント先輩みたいな人ばっかりだったらどうしよう、と考えていたのだ。
ドアをおずおずと開けて、言葉を失った。そこには、あの「赤いスーツの女性」が座っていた、、。
$$
「新入生君かな?ようこそ、いらっしゃい。中へ入って。」
その女性は今日もまた、鮮烈な赤のスーツを身にまとっている。あの時も遠目に美人だと思ったが、近くによるとますます美しさが際立つ。黒い髪、柔和な物腰。大人の魅力といったらいいのか、、。僕は一言もしゃべれず、言われるがままに部室の中へと歩を進めた。
部屋の中には、大きな長方形の木製机。その一番奥まった、いわゆる「お誕生席」に赤いスーツの女性がいた。その左隣には、ボタンダウンのシャツにベスト、という出立ちの色白で長身の男性が座っている。一言で言うと、上品な雰囲気で、リーゼント先輩とは真逆の感じがする男性だ。女性の右隣には、神経質そうな男性。インテリ然とした、フレームレスな長方形のメガネの奥にある目は、まるで僕を観察するかのように細められている。探偵討議部の「探偵」というイメージからは、この男性が一番近いように思う。その先輩の隣に、ギリシャ彫刻のような美しいフォルムの筋肉美をもった男性。顔も外国人のように彫りが深く、整っている。その男性は輝くような笑顔を浮かべて、僕をみている。この三人の男性は、女王に傅く三銃士のように見えた。円卓ならぬ、方卓の騎士、といったところか。
一番手前、つまり、入口に近いところには、髪を後ろに束ねた元気そうな女の子。この子だけが少し雰囲気が違って、僕と同じくらいの年にみえる。
「私がここの部長をしているものなんやけど、入部希望かな?とにかくそこに座ってくれるかな。」
身の置き所がなくつったっている僕を見かねたのか赤いスーツの女性が声をかけてくれた。やわらかい関西弁のイントネーションだ。僕は緊張して一言も話すことができず、促されるままに女の子のとなりの席に着く。要件を言い出すタイミングがつかめないままに、、、。
「君が箸本くんかな?」という質問に、ようやく「ええ」と言葉を絞り出した。なぜ名前を知っているのか、と一瞬思ったが、入部届けを出しているからに相違ない、と一人で納得する。
「そんなに緊張せんでもええよ。みんな優しい先輩ばっかりやから、、。とりあえず今日は、部でやっていることを見学していったらいいねん。」
なかなか、「入部は誤解です」と言い出す雰囲気にならない。仕方なく、コクリと頷く。
「さて、今日の即興討議の謎担当はだれやったかな?新入生に模擬討議をみせてあげてほしいんやけど。」
「僕です。」
ギリシャ彫刻のような先輩が手を挙げた。太古からの男性の理想像を具現化したような美しさだ、、。勝手にテルマエロマエ先輩というあだ名をつけてみる。テルマエロマエはギリシャとは関係ないんだけどね。
「ああ、ロダン君ね、、新入生がいるんやから、わかりやすいのを出してあげてな。で、探偵役は?」
「俺の推理を聞いてから帰りなよ。」
口元にニヒルな微笑みを浮かべた眼光鋭い先輩が僕の方をみて言った。あだ名をつけるのがちょっと怖い。
「デストロイ君ね。ええやろ。じゃあ、始めて見て。」
と、部長。何かの聞き違いだろうか。「デストロイ」!?そんな呼び名ってある??
大きな体躯をのっそりと立ち上げたテルマエロマエ先輩(どうも、ロダンくんという呼び名らしいが、、)が、不思議な話を始めた、、。
$$
「初めてきた箸本くんは、少し面食らってしまうかもしれないけれど、提示役が『謎』を含んだ話をして、その『謎』を探偵役が解く、というのが、『即興討議』という活動なんよ。まず僕が話をするから、ちょっと聞いてみて。『不思議だなあ』とか思いながら、気楽に聞いてくれたらそれでいいからね。」
先輩は少し前置きして、本題に入る。
「これは僕が友達から聞いた話なんだけど、、。その子、小腹が空いたってことで、昼食として、街中にある回転寿しのお店に一人で入ったらしいんよ。よくあるチェーン店のやつ。ところが、休日の昼時にもかかわらず、お客はほとんどおらんかった。なぜだかその日、お店はやたらに空いていたんよ。そのチェーンは有名なチェーンだし、お昼なんかには人が溢れるようなお店のはずが、なんか雰囲気おかしいなあ、、と思って席に着いたら回ってくる皿が全部『エビ』だったらしい。」
テルマエ、いや、「ロダン」先輩は柔らかい語り口で、なんだか突拍子もない話をしている。無論、作り話だとはおもうのだが、、。
そこまで黙って聞いていた、「探偵役」のデストロイ先輩の眼鏡が光る。うつむいて何かを考え始める体制に入ったようだ。
「『おかしいなあ、なんでエビしか回ってないんやろ』とは思ったらしいんだけど、、。小腹が空いてた友達は、回ってきたエビを一皿取って食べてみたんだけど、普通に美味しいエビだったらしい。なんの変哲もない「エビの握り」ね。でも、あとからあとから回ってくるのはエビばかり。面食らっていると、最近の回転寿しって、『特急便』みたいのがあるでしょ?あれにもエビが乗って走ってきたんよ。まさに、エビ三昧の回転鮨屋さんだった。」
ロダン先輩は、美しい外見とは裏腹に、少しコミカルな関西訛りで話を続ける。デストロイ先輩は聞いているのか、いないのか、無言で何かを考えている風を崩さない。
「友達も、今日はお店がエビしか握ってくれない日なのかな、と思いつつ、勇気を奮ってマグロの赤身を頼んだら、それはちゃんと握ってくれたらしい。」
「さあ、なんでこの日はエビがやたらに握られる日だったんやろ?ちなみに、入り口にはなにか張り紙がしてあったんだけど、、彼はあまり気に留めずに何気なく入店したことを付け加えておくわ。デストロイ、この謎がわかるかな?」
そういうと、ロダン先輩は着席した。
「なんかつまんなーい。その話、人は死なないんですかあ?」
唐突に隣の女の子の声がした。
「今日こそ『人死に』の話が聞けると思ったのにい。」
見ると隣に座っている活発そうな女の子が薄笑い(に見えた)を浮かべながら耳を疑うようなことを言う。怖い。
「リョーキちゃん向けの話ではなかったかも知れんね。ロダン君は自分の話で人を殺したこと、あらへんからねえ、、。」
と微笑で答える美人部長。
「意外とそれだけエビばかり食べさせられてたら、人一人くらい死ぬかもしれへんよ。でも、今はリョーキちゃんの意見を聞く時間とは違う。デストロイくんのQ&Aタイムやからね。」
はーい、と口をとがらせる「リョーキちゃん」。彼女は何者なんだろう?とにかく個性的な人であることは今の会話でわかった。
代わっておもむろに立ち上がるデストロイ先輩。一言目は、、。
「その日は9月の第三月曜日、ってわけではないよね?」
「正確な日付はわからないなあ、、。」
とロダン先輩。ギリシャ彫刻を思わせる顔が、訝しげに陰る。
「了解。では、エビばかり握っている店員のみなさんは迷惑そうだったか?」
「そうではなかったよ。むしろとても喜んでる風だった、らしい。」
「昼時にもかかわらず、店はとても空いていた、という話だったが、話に出てくる『君の友だち』以外に何組くらいの客がいたのか?男性、女性も分かる範囲で教えてくれ。」
「目視できる範囲では、一人だけやった。男性か女性かは、謎解きには関係ない、と思うけどなあ、、。」
「では、その一人の男性、もしくは女性は、怒涛のように流れてくるエビだけを食べていた、という認識でよいのか?」
「そういうことだよねえ、、。」
自分で話しているにもかかわらず、少し自信を失いかけているようなロダン先輩の返答に、矢継ぎ早にデストロイ先輩の質問が飛ぶ。
「嬉しそうにエビを食べているのか?それとも苦しそうにか?」
「そこまでジロジロとは見ていなかった、ということにしてくれんかな、、。でも、多少は苦しかったんちゃうかなあ、、普通に。エビばっかりだもの。」
「張り紙の内容を聞くのは、『根幹的秘密の開示』に当たるだろうからやめておくが、『エビ特売日』の類ではないことだけ確認させてくれ。」
「うん、そうではない。エビの値段は関係ないよ。」
そこまで聞くと、デストロイ先輩はおもむろに冷徹な笑みを浮かべ、
「君の提示した謎は、コンプリートリーデストローーイ。」
と、謎の決め台詞を放ち、自信ありげに、悠々と着席した。
その時、、。
「バタン」と部室のドアが閉まる音がして、部員は一斉にそちらの方を振り向いた。
「お、遅れてすんません。」
俯いてモゴモゴと弁解めいたものを口走るその闖入者、、。
「あ、、。」
思わず声が漏れた。僕を騙して、入部届けに署名させ、拇印まで押させた人物、、。リーゼント先輩だ。僕は今日部室に来た理由を思い出した。そう、僕はこの「望まぬ入部」の事情を説明し、入部をお断りするためにここを訪れたのだった。
それにしても、新歓の時と同じくリーゼントにアロハシャツのリーゼント先輩だったが、随分印象が違う。あの時はグラサンに拡声器で大音声の演説をぶっていたのに、、。部室の中で見ると、オドオドしてるようにさえ見え、、ハッキリ言って挙動不審だ。
リーゼント先輩は、誰とも目を合わせることなく、僕の存在にも気づいていないかのように部屋の片隅に陣取ると、バックから本を取り出した。よく見るとそれは僕も愛読してる週刊少年漫画誌であり、ご丁寧に栞まで挟んである。
リーゼント先輩は読みさしのページを丁寧な手つきで開き、食い入るように読み始めた、、。一体何をしに来たのだろう?
「ほな、デストロイくんの謎解きを聞こうか。」
部長の声がして、リーゼント先輩を除く全員の視線が、デストロイ先輩に集まった、、。が、。
「おっと、その前に、、。」
と発言したのは、先ほどから如何にも可笑しそうにロダン先輩の話を聞いていた部長の左隣の長身の男性。イギリス紳士を思わせる上品めのファッション。ブリティッシュトラッドというやつか?その右手には、、。
「パ、パイポ?」
まごうかたなき禁煙用パイポが細い指に握り締められていた。タバコをやめようとしているのであろうか?
「なにかあるん?シューリンガンくん?」
シューリンガン先輩は、微笑みを浮かべて立ち上がると僕に一瞥を投げて話し出した。
「今日の即興探偵討議は、新入生へのプレゼンテーションを兼ねてるわけですよね。だから、ロダン君もいわば初級編の謎を提示してくれたわけだ。ならば、競技の概要を説明するためにも、ジャッジの存在が必要です。」
「なるほど、それもそうやね。普段は即興討議にはジャッジまではつけへんけどね、、。」
「ならば、僭越ながら、僕がジャッジ役を務めさせていただきます。」
「ええやろ。」
部長の短い一言を聞くと、シューリンガン先輩(パイポだからシューリンガンなのであろうか?)は僕の方を向き直り、、。
「探偵討議は、謎を提示する側と、それを解く側に別れることは、これまでの流れでわかったよね?謎を提示する側は、できるだけ解く側をあっと言わせるような話を出さなくてはならないのだが、、。しばしばここで犯してしまうミスは、謎を解くために必要十分な材料を隠匿してしまう、ということだ。例えばだが、『いま、アロハが遅刻したにもかかわらず、平気で漫画を読んでいるのはなぜでしょう?』という謎が提示されたとする。」
やたら饒舌だ。
「な、な、、なんで俺やねん!」
リーゼント先輩が虚をつかれたように漫画から顔を上げて真っ赤な顔で不満の意を表明する。って、いうか、リーゼント先輩は「アロハ先輩」という呼び名だったのか、、。
シューリンガン先輩は、それを「まあまあ、、。」と微笑みで制すると、、。
「それには無限の解釈が可能だ。解く側が一つの結論に絞れるようにするためには、謎を解くカギが十分に提示されていなくてはならない。これを「フェアネス」と探偵討議では呼ぶ。例えば、件のアロハに関する謎では、『アロハが遅刻するのは今日に限ったことではない』、『曜日によって、持ってくる漫画が違う』、『漫画には栞を欠かさないほど真剣に読んでいる』、『アロハの家では、7つもの目覚まし時計が常勤として稼働している。』などの情報が不可欠で、これをもって初めて、『アロハの遅刻も、部活動に漫画が優先することも、謎でもなんでもなく、寝坊と怠慢という名の日常である』という結論が導かれるわけだ。むしろ『なぜ、律儀に遅れても部活にでてくるのか』、の方が僕にとっては謎なんだが、、。」
さらっとシューリンガン先輩はひどいことを言う。爽やかな外見に似合わず、辛口の人なのであろうか。
「ウ、ウ、ウチムラ!お前は何でいつも俺ばっかりにそんな厳しいんや!」
真っ赤になって激昂するアロハ先輩を誰か止めてくれないのもかと、僕はオロオロと周りを見回したのだが、、。いつもの光景なのか皆平然としたものだ。たった一人の例外を除いて、、。
その例外、「リョーキちゃん」は、明らかに顔を赤らめ、ウルウルと潤んだ、なんだか熱いものを含んだ瞳でシューリンガン先輩とアロハ先輩を交互に見つめていた。こうしてみるとかなりかわいい子だな、、。一体何を考えてるんだろ?
「はい、そこまで。アロハくん。部内では名前呼んだらあかんよ。」
ようやく部長が制止にはいる。というか、探偵討議部では、そのような「太陽にほえろシステム」が導入されてるんだろうか、、。
アロハ先輩は不承不承に着席し、また漫画の研究に没頭し始めた。それを見届けたシューリンガン先輩は、「茶目っ気」たっぷりの笑顔で話を続ける。
「つまりフェアネスとは、謎を解くに十分な情報を探偵側に提示しているか、ということだね。謎そのものの美しさである『エレガンス』、提示した話に筋が通っているかを示す『ロジック』と、『フェアネス』が、ジャッジが提示側を採点するための基準となるわけだ。ここまでいいかな?」
「はぁ、何となく。」
入部を断るつもりできたはずが、いつの間にか巻き込まれつつあることを自覚しながらも、僕はやむなく答えた。ええと、「謎を解くカギが十分提供されているか」、「謎が美しいか」、「筋が通っているか」、ね。
「一方、探偵側はどう採点されるかと言えば、提示側のストーリーをどこまで正確に解明できたかの『プリサイスネス』、その解明に至る過程の『ロジック』、そして、如何に探偵らしく解明した謎を披露したかの『インプレッション』、この三点で採点される。」
「なるほど。」
だが、そんなにポンポンと提出された謎が解明できるものなのだろうか。
「だが、この採点基準だと余りに探偵側が不利になるんだ。君のその、今一つ納得できん、と言う顔が示す通り、、。」
僕はギクリとした。そう。どう考えても普段から謎のストックができる提示側の方が、それを解明する側よりも有利になるはず。これが競技として成り立つのだろうか、、。
「基本探偵討議は提示側が有利だ。探偵側の不利を減らすために、通常の大会では前日の午前中までに探偵側に謎の概略を、ジャッジに謎とその解明を伝えておかなければならない。今日のこれは即興の簡易版だけどね。こういう練習を通して、謎を解く力を養っていく、ということだ。」
「はぁ。」
「それでも不利な探偵側には、『勝利するためのもう一つの道』、が準備されている。これはおいおい説明しよう。ルールの話があまりに長くなったから、ここらでデストロイの推理を聞こうじゃないか。」
それだけ言うと、シューリンガン先輩は優雅に着席し、デストロイ先輩にウインクした。
忘れていた。
デストロイ先輩が、「君の謎はデストローイ」とかいう決め台詞を放ってから、かれこれ10分近くが経過していた。その間放置された形のデストロイ先輩だが、特に動じた様子もなく、クールに立ち上がった。
$$
「ようやく僕の出番だね。ロダンの話の第一の謎は、なぜ回転寿司の店が空いていたのか、だ。休日の昼間、かき入れ時に空いている寿司屋、この謎が解ければ、自ずとエビの謎にも手が届くと言うものだろう。」
ここまで話すとデストロイ先輩は右足に体重をかけ、自然右側のお尻が突き出るような格好となった。
「店に客が少ない理由は、張り紙と関連しているに相違ないと思われる。そもそも、飲食店の入り口の張り紙にはどんな種類のものがあるだろうか?まず思い付くのは特売、大安売りの類いだが、そうでないことはロダンも認めている。」
デストロイ先輩は左足に体重をかける。左のお尻がつき出す。
「空いている店とエビだけのレーン。それでも貸しきりではない。何故ならロダンの友人は入店して、ちゃんとエビとマグロを食べている。マグロを食べたと言うことはエビだけしか出さない日と言うわけでもない。九月の第三月曜日、つまりエビの日とも関係ない!」
デストロイ先輩は左へ、右へ、体重を移動させる。だんだんと早く。その左右のリズミカルな腰の動きはダンスを踊ってるように見えはじめた。
「では、その張り紙の内容は何だったのか。売らんかな、の張り紙でないとすれば、、。一体、客が入店を躊躇してしまうような張り紙とはなんだろう。飲食店、とくに寿司のような加熱を伴わない料理の特殊性、、。客足が遠のいているとしたら、食中毒のお知らせ、の類いとは考えられないか?
例えば、『当店で食中毒があり、保健所の指導でしばらく閉店していましたが、店内の消毒を終え、また新たな気持ちで美味しい食事を提供させていただきます。お客様には大変なご迷惑とご心配をおかけいたしましたことをお詫びいたします』、といった内容だとしたらどうだろう?開店しても、はじめのうち店は空いてしまうだろうし、ロダンの友人は歓迎されるだろう。注文がエビばっかりだろうが何だろうが、店員さんは喜んで握ってくれるだろう。ここまででハーフデストローイ。」
デストロイ先輩のダンスは激しさを増す。どうやらこれが謎を解くときのスタイルらしい。
「では、何故にエビばかりなのだろうか?客がエビばっかりを苦しんで食べていることは、ロダンも認めている。食中毒で長らく店を閉めていたあとにやっと来てくれた貴重なお客さんに延々とエビを食べさせる苦行を強いてるのは、、。」
デストロイ先輩は氷のような笑みを浮かべて言った。
「お客さん自身の希望だから、としか考えられない。」
デストロイ先輩はさらにダンスを加速させる。あまりの激しさに、お尻の横幅が倍くらいに見える。これまたいつもの光景なのか、誰も突っ込まないのがたまらなくシュールだ。
「苦しいのになぜエビばかりを食べる?それはチャレンジをしているからに他ならない。例えば客がユーチューバーだったとしたらどうだろう?『回転寿司でエビばっかり100カン食べるまでかえれまてん』とかなんとか言う企画の撮影をしていたとしたら?」
「!」
僕にもようやくデストロイ先輩の言いたいことがわかってきた。
「普段なら、こんな撮影迷惑以外の何物でもない。だが、食中毒明けなら?店は空いているだろうし、周りの客の迷惑にもなりにくい。店としても、ユーチューバーがたくさんエビを食べてオイシイオイシイと言って動画を上げてくれれば、安全宣言の代わりにもなる。そのあと食べ過ぎでお腹を壊したりすることさえなければね。
選んだ食材が加熱処理をしたエビであれば、視聴者としてはハラハラしないで済むし、『そうか、回転寿しには加熱した料理もたくさんあるな』という気づきにもつながる。かなり著名な大食い系ユーチューバーだったのではないか?もう一人の客は?男性であれ、女性であれ、大食いの技能がありさえすればいいわけだ。」
デストロイ先輩のダンスが不意に止まった。人差し指を天に掲げると、、。
「これにてすべての謎は、デストローーーーーーイ!」
着席。
パチパチと音がするほうをみやると、それはジャッジのシューリンガン先輩が拍手する音だった。嬉しそうにニコニコしている。
「いやー。さすがデストロイ。魅せたねえ。キレキレだったじゃないか。主にダンスが。それじゃ、総評に入るか。ロダン、デストロイの推理はどうだい?」
「なんにもいうことないなあ。ほとんど当りだよ。ダンスも良かった。」
とロダン先輩。潔く負けを認めるような発言だ。
ほう、という顔をするシューリンガン先輩。
「デストロイ、君の方はどうだ?なにかアピールすることあるか?」
「ロダンはいつものようにフェアだったよ。相手が悪かったね。」
ニヒルな笑みで答えるデストロイ先輩。こめかみにうっすらと汗が滲んでいる。こちらは勝利を確信している。
頷くとシューリンガン先輩が宣言する。
「提示側、エレガンス6、ロジック8、フェアネス9の23点、探偵側、プリサイスネス10、ロジック8、ダンスに敬意を表してインプレッション9の27点、と言ったところかな。この勝負はデストロイの勝ちだが、、。」
シューリンガン先輩は僕の方を向いて、
「もう一つの勝ち方も教えとこうか」
と言った。
$$
そういうと、シューリンガン先輩は、右手のパイポをくるくる器用に回しながら話し出した。
「今のロダンの話、僕としてはエレガンス6点とさせていただいた。エビだけの回転寿し、という構図は面白いのだが、、、。解決編がやや陳腐で驚きの要素が少ないからだ。その代わり、フェアにたくさん解決のための鍵を示している。初心者向けのわかりやすい話だ。やさしいロダンくんらしい。」
確かに、、。初心者の新入生にもわかりやすいように、というロダン先輩の優しさが見え隠れする話だったように思う。驚いたか、といわれると、デストロイ先輩のダンスに一番驚いたわけだけれど。
「入口に張り紙、回る寿しはエビだけ、店員は嬉しそうに握っている。貸切ではなく、マグロの注文も可。なぜだか店内は空いている。客は苦しそうにエビだけを食べている。これだけの条件で、、、。例えば張り紙の内容が、『注意!当店でレーンを回っているエビは、ほとんど食品サンプルです』と書いてあったとしたら、どんなストーリーが描けるだろう?そんな怪しい寿司屋に君は入るかな?」
「え?」
一瞬先輩が何を言いたいのかが判らず、思わず聞き返してしまった。
「はいはいはーい!私入りまーす!」
隣で「リョーキちゃん」が小学生みたいに手を挙げる。目をキラキラさせて、満面の笑顔だ。
「あはは。そういう怪しい張り紙がしてある寿司店に入店するのは、リョーキちゃんみたいな本物の『猟奇の徒』、もしくは、ロダンくんの友人のような不注意な人物だけだ。」
またしてもサラリと毒舌を吐くシューリンガン先輩。その表情はあくまで爽やかだ。
「不注意って、、、。」
ロダン先輩が絶句する。
「あくまで物語の中の話だよ。『ほとんどサンプルです』と書いてある張り紙が貼ってあったとすれば、まあその寿司屋は客が少ないだろうなあ、という仮定の話だ。」
涼しい顔でシューリンガン先輩が続ける。
「そういう店に敢えて入って、苦しみながらエビを食べている、ロダンくんの友人以外のもう一人の客、、。ここからどういう人物像が導き出せるだろう?喜んで食べているわけではなく、強制的に食べさせられているとしたら?」
シューリンガン先輩の右手のパイポの回転が速くなる。
「そもそも、「ほとんどが食品サンプルです」とかいうお店にあえて入る客だ。『猟奇の徒』でも、『不注意』でもないとすれば、その店に入る動機があったのだろう。そこから導かれる僕の推理はこうだ。『その客は、あらかじめその店に大量のエビ食品サンプルがあることを知っていた。なぜなら、ご丁寧にそのサンプルを送りつけたのが、その客自身だからだ』」
「?」
話の筋がまだ読めない。周りの部員の姿をみまわすと、美人部長の苦々しい顔がちらりと見えた。
「その「もう一人」の客は、いたずらで、大量の食品サンプルを着払いでその店に送りつけ、送りつけられた店の様子を見に行った。犯人は犯行現場に戻る、というやつだ。ところが店長は罠を張っていたんだね。送られてきた食品サンプルをレーンに並べ、入ってくる客の様子を観察するつもりだった。送りつけた犯人が様子を見に来るのを待っていたわけだ。当の犯人にとっては、さぞかし笑いがとまらない光景だったにちがいない。自分が送りつけたサンプルが延々とレーンを回っているわけだから、、。」
「あのー、シューリンガンくん?おもろいけど、悪い癖出始めてるよ。」
部長がたまらず合いの手を入れる。シューリンガン先輩はそれを意に介さず、一層美しくパイポを回転させる。もし、パイポトワリングという競技があるなら、国際大会に出場間違いなしだ。その美しい動きに、僕は一種の催眠状態に入り、マジカルに物語の世界に連れ去られるような錯覚に陥る。
「その、エビばっかりのレーンをみて、驚くでもなく、理由を聞くでもなく、ただただ可笑しくてたまらない、といった様子の客をみて、店長が『こいつだ』と気づいたとしたらどうだろう?あるいは以前に店でトラブルを起こした問題の客だったのかもしれない。
店長がなんらかの手段で犯人を問い詰め、白状させたとしたら、『店が被った損の分は、エビを食べてもらおう』という罰ゲームになったとしてもおかしくはない。かくして、拷問のようなエビ三昧が始まったわけだ。そりゃ、店員も嬉々としてエビを握るだろう。寿司屋だけに『おさばきを受けろ』というわけだ。」
大してうまくもないシャレを放つと、シューリンガン先輩は、右手で回していたパイポを口に当て、すーっと一息大きく吸うと、ぽかんとしている僕の顔を「どうだい?」という顔でみた。その姿は、パイポを握って生まれてきたのではないかと思うくらい、サマになっていた。
「私はコレで会社を辞めました」よりも、この映像を使ったほうがパイポの販促になるであろう。僕の頭の中で、「食中毒からの再起を誓う回転寿し屋と、協力するユーチューバー」というどこか牧歌的な光景が、「いたずらを仕掛けてきた客に、制裁のエビ地獄」という全く違ったものに切り替わる。同じ謎、同じ鍵でもこれくらいの違いがでるのか、、。
「今僕が提示した謎の解決と、オリジナルのロダンが提示したストーリーのどちらが優れているかは、僕が判断する立場にはないが、、。相手の提示した条件全てを満たして、オリジナルの回答よりも美しいストーリーを探偵側が提示し、それを認められた時、『ターンアラウンドが成立した』という。これも探偵側の大事な勝ち筋の一つだ。」
なんだかドヤ顔のシューリンガン先輩。話自体には今ひとつ納得はいかないが、瞬時にこれだけ屁理屈に満ちたストーリーを組み上げる能力にだけは舌をまく。パイポの回転によって半催眠状態になった頭には、その屁理屈さえも筋が通っているように聞こえる。
「ターンアラウンド、認めるわけにはいかへんなあ。」
と部長。
「ロダンくんの話の中に、『レーンからとって食べたら、ちゃんとおいしいエビだった』とあったやんか。たまたま本当に握ったやつが載っている皿を手にした、というのはあんまし美しくあらへんねえ、、。『なんらかの方法で問い詰め、白状した』、というのも、やや飛躍しすぎてるしなあ。
シューリンガンくん、ロダンくんの二人の勝負なら、ロダンくんの勝ちやね。大体、シューリンガンくん、君は普通に謎が解けるくせに、必ずターンアラウンドの別ストーリー考えるの、悪い癖やよ。普通にやれば誰にも負けへんのに。」
シューリンガン先輩は、これも爽やかな笑顔で受け流し、着席した。
「だって、人の作った謎を解くだけって、つまらないじゃないですか。ターンアラウンドあっての探偵討議ですよ。まあ、負けちゃったら世話ないですけどね。」
自嘲する先輩を無視する形で美人部長は僕に話しかける。小悪魔のような微笑みで、、。
「さあ、箸本くん。概ねこんな感じの部活やけど、入部してくれるん?」
$$
きた!と思う。僕はここに入部しにきたわけではない。そもそも、アロハ先輩の計略に引っかかり、不本意な形で入部希望の書類に署名し、拇印まで押してしまったわけで、、。しかし、ここのあまりに個性的な先輩に触れると、もう少しここにいたいような、でも、ついていけないような、、。僕には少なくとも、あんな討議に参加できるような頭の回転があるわけではないし、、。探偵に興味があったわけでもない。僕はおずおずと話し始めた。
「あのう、、。僕はここに入部しにきたわけではないんです。」
「じゃあ、何しにきたの?退部しにきたってわけ?」
横からリョーキちゃんの容赦ないツッコミが入る。かわいい外見に似合わず、この子は厳しい、と心にメモ。
美人部長は笑顔を崩さず、、。
「おかしいねえ、入部届には署名に加えてご丁寧に拇印までおしてあるねんけど、、。」
慌てて僕は、説明した。
「それなんですが、、。新歓の時に、リーゼン、、アロハ先輩から、、。『指紋判読を体験せんか?数ある指紋の中からズバリ君のものを当てたらコーヒーをおごったる』、とか言われて、、。無理やり白い紙に拇印と署名を書かされたのですが、、。それがどうも、入部届だったようです。」
シューリンガン先輩が爆笑する。デストロイ先輩もうつむいて笑いをこらえきれない様子で体を震わせている。ロダン先輩は気の毒そうに、リョーキちゃんは呆れた顔でこっちをみている。
部長は急に厳しい顔つきになって、
「それはあかんわ。アロハくん。なんでそんなことしたん?探偵討議部は、来るもの拒まず、去る者追わず。無理に入部させたりすることはもってのほかや。」
とアロハ先輩を問い詰めた。
なんだか申し訳ないことを言ったような気になってアロハ先輩をみると、はたから見てわかるほどビビって震えていた、、。漫画から顔を上げると、モゴモゴと言い訳をはじめた。
「も、も、申し訳ありません、、。あの、あの、見えたものですから。」
「何が見えたん?」
「そこの彼が討議部で活躍している姿が、、、。」
その一言で、部員は一斉に色めき立った。シューリンガン先輩が口を開く。
「まさかと思うが、アロハ、その時グラサンをかけていたのかい?」
アロハ先輩はグラサンをかけてはいけないのだろうか、、。
状況が全くわからない僕に気づいたのか、シューリンガン先輩は僕に向き直り、解説してくれた。
「ごめんごめん。事情がわからないよね。信じられないかもしれないが、アロハは、この探偵討議部で唯一の天才なんだ。僕たちが束になっても彼には全くかなわない。超能力の持ち主、といっても言い過ぎではない。アロハがグラサンをかけると、それが彼のメンタルスイッチとなり、思考速度が猛烈に加速する。その結果、すべての思考過程をすっとばして、結果だけが見える。残念なのは、、。」
シューリンガン先輩はアロハ先輩を一瞥すると、、。
「とてつもない人見知りであるが故に、思考過程が加速している間に考えたことを彼は言語化することができない。ゆえに、探偵討議にはほとんど役に立たない。さらに言えば、思考が加速している間とんでもないハイテンションになるが、それに彼の体力がついていけないために、グラサン活動時間は10分もあればいいとこだ。
従って、グラサンをかけた彼が君の活躍している姿が見えた、と宣言しているということは、、。圧縮された思考過程の中で、君が活躍すると信じるに足るだけの十分な理由が導き出された、ということに他ならない。これは運命みたいなものだ。」
と付け加えた。
「そ、その通りや。」
アロハ先輩が短い言葉で肯定する。僕は、シューリンガン先輩とアロハ先輩が組んで、再び僕を陥れようとしているのではないかと疑ったが(どうもシューリンガン先輩はかなりトリッキーな人のようだし、アロハ先輩には前科もある)、ロダン先輩も、真剣な顔でうなづいている。真剣な顔もカッコイイ。それにしても、そういう理由で、アロハ先輩は新歓の時超絶ハイテンションだったのだろうか、、。
でも、、と僕は思う。僕は、探偵に興味があったわけでもない。今しがた見せられたようなすぐれた推理力もないし、弁がたつわけでもない。考えすぎると鼻血がでそうになる体質でさえある。僕にはなにもない。部活に入れてもらったとしても、活躍できる未来がみえない。僕が活躍するなんて、そんなことありえない、、。迷惑もかけたくないし、、。
シューリンガン先輩が続ける。
「君はアニメ好きのようだから、アニメ語で話そう。」
「は?」
今までアニメのアの字もお首にも出さなかったはずだが、、何故バレたのだろう?
「マジ●ガーZの兜●児は知っているね?世の中には『兜●児型人間』というのが存在している。お祖父さんがマ●ンガーZを作ったから、乗る。あしゅら●爵が攻めてきたから、戦う。世界の命運が自分にかかっているから、背負う。そして命をかける。そういうタイプの人間だ。」
どういうタイプだ?アニメの主人公以外にそんな人いるのか?
「兜甲●は運命に逆らわない。運命をそのまま受け入れて、乗り越えていく。彼も初めからパイル●ーオンしたいと思って生まれてきたわけではない。むしろパイルダー●ンは想定外の出来事だ。でも、運命の中で自分の役割を悟り、邁進する。そこに後悔はない。君は●甲児に憧れたことはないのか?」
「マジン●ーZは大好きですが、、。」
それとこれとは違う、気がする。
「そらみたまえ。大学に入って何がしたいかとか、クラブをどうしようとか、自分は将来何者になるのか、とか、自分になにか能力があるのか、とか、、そういう悩みごとに時間を費やするくらいなら、目の前の運命に乗ってみたまえ。今、君の眼の前にパイ●ダーがキャノピーを開けて、君の搭乗を待っているのだから。乗ってから次どうするか考えればいい。●ジンゴーだ!●イルダーオンだ!」
この人、詳しい、、。その勢いに押され、ついつい言ってしまった。
「わかりました、、。」
「なんか強引な感じやけど、それでええんやね、箸本くん?」
部長が僕の瞳を覗き込むような視線を送る。本当に美人だ、、。正直、僕がこの部活で活躍する未来は見えない。「アロハ先輩の超能力」、というのを話半分に聞いたとしても、役に立てる気がしない。「超能力」という話自体が、僕を入部させるための方便という疑念も消えないが、それがでっち上げの話だったとしても、先輩方が自分を熱心に誘ってくれていることには変わりはない。僕はパイルダーオ●することに決めた。
「はい、、。」
「声がちいさーーい!」
とリョーキちゃん。
僕はふと我に帰り、
「はい。喜んで入部させていただきます。」
と言い直した。
部長はにっこりと笑って、
「それじゃ、自己紹介からやね。とりあえずメンバーから紹介するわ。探偵討議部は探偵の集まり。部活動の間はコードネームで呼ぶこと。
まず、私の左に座っているのが、シューリンガンくん。本名はウチムラ・リンタロウ。入部した時には何を勘違いしていたのかパイプを愛用していたから、コードネームパイプ。部室が禁煙になってコードネームパイポ。パイポはいやだとごねたので、仕方なくシューリンガン。」
「パイポになったときは、退部しようかと思いましたよ。シューリンガンもどうかと思いますが、、。」
と爽やかな笑みのシューリンガン先輩。パイプとパイポはそんなに違うのだろうか、、。嫌がってる割には右手で優雅にそのパイポを回転させている。
「ポンポコナーとかにならなかっただけ、幸運と思うんやね。シューリンガンくんは、謎の提示、解決共に『極めて優秀』の部類に入るのだけれど、、。先ほど見せた悪い癖。謎が解けてるのに絶対そのまま解決を提示しないひねくれ者。」
部長はぴしゃりと言い放つ。だが、シューリンガン先輩は笑顔を崩さない。腹の底が読めない人だ、、。
「よろしくね、箸本くん。」
笑顔のまま、爽やかに挨拶してくれた。
「私の右どなりがデストロイくん。本名はシジュウイン・クチサト。推理の専門家。謎を解く能力は、部内随一と言ってもいいかもしれへんね。」
「それほどではありませんが、お褒めに預かり光栄です。合気道3段、とだけ付け加えさせていただきましょう。」
デストロイ先輩のメガネの奥の瞳が少し細まる。謙遜しているのか、いないのかわからない。
「新入生歓迎でカラオケに行ったときのステージパフォーマンスから、当初はコードネームダンス。そのダンスを活かして完膚なきまでに相手の謎を破壊するプレゼンテーションのスタイルから、いまはデストロイ、ていうことやね。」
と部長。
「自然に体が動くんだよ。」と僕にいらぬ解説をくれるデストロイ先輩。
「それで、その右がロダンくん。本名は、オットー・ハンサム・コマエダ。オーストラリア人のハーフの彼は、むしろ本名のほうがコードネームっぽいんやけど、彫刻のような体つき、顔つきから、入部当初からロダンくん。彼はええとええと、、。」
なぜかそこで部長はすこし言い淀む。
「人格、外見ともに優れている。あと、力持ち。」
それが必ずしも褒め言葉に聞こえなかったのは、なぜなのだろう?だが、ロダン先輩はひまわりのような笑みをうかべ、
「いやあーー。なんだか照れるな。そんなことないからね、ないからね、、。ハーフだけど、英語はなせないからね。」
と喜んでいらっしゃる。この先輩は好きだ。最初から、好印象マックスだ。
「そして隅にいるのがアロハくん。入部当初はリーゼントくんやったけど、失恋して頭を一時的に坊主にしたことがきっかけで、より普遍性の高いアロハくんに変更。彼の持ってる能力については、先ほども説明があったので割愛。」
「な、なんか俺の扱い酷くないですか?本名を言い忘れてますよ。」
アロハ先輩がモゴモゴと不満を述べる。それにしても、「より普遍性の高い」って、彼は万年アロハという意味だろうか?
「本名、忘れてん。ムサシとかヤマトとか、そんなんやったかな。」
部長はいたずらっぽい目をしてペロリと舌を出した。
仕方なくアロハ先輩は
「ナガト・ムサシや。よろしくな。」
と僕に一瞥をくれた。なぜかあまり人と目を合わせようとしない。普段の彼は、外見に似合わずいじられキャラらしい。思ったよりはずっと話しやすそうだ。
「あの、先輩、ずっと気になってたんですけど、どうやって僕の家を突き止めて、手紙を置いてくれたんです?尾行したんですか?」
ここぞ、とこの部室に来ることになったキッカケの手紙について尋ねてみた。
「あ、ああ、あれか。びびらせてすまんな、、。缶コーヒーや。あれ、二重底になってて、GPSがついてるんや。もらった缶コーヒーをその場で飲んで缶を捨ててしまうような漢に見えんかったからな。少なくとも、家に持ち帰って冷蔵庫くらいには入れるやろうと踏んどった。そのためのぬるいコーヒーや。」
俯いたまま、ボソボソ話す。アルミニウムの粉といい、ガジェットに詳しい人らしい。
「いずれにせよ、お手紙ありがとうございます、、、。」
帰ってみたら、缶をよく調べてみよう。
「最後、君のとなりにいるのがリョーキちゃん。本名はアマハネ・マイコ。入部初日に猟奇的事件に対する『くいつき』があまりに良かったので、そのままリョーキちゃんになってん。君と同じ一回生やね。」
「よろしく相棒!」
と元気のいいリョーキちゃん。相棒???よくわからないが、僕は立ち上がり、
「皆さん、よろしくお願いします。」
と精一杯の声を張った。
それを受けて、先輩方とリョーキちゃん、その場にいる全員も立ち上がり、声をあわせて言ってくれた。
「せーの!探偵討議部へようこそ!」
この時になって初めて、部長のコードネームと本名を聞き忘れたことに気づいた、、。しかし、聞き出すきっかけがつかめない。マゴマゴしているうちに、
「めでたく箸本くんの入部がきまったとこで、ついでにコードネームも決めようか。どうやろ?」
と名無しの部長がいう。
「いいですねえ。」
とシューリンガン先輩。これはまずい展開だ。まずいまずい。これまでの流れでいけば、コードネーム「アニメ」とか、「アニオタ」になるのが目に見えている。アニメ語で話して入部を決めているのだから、激アツだ。もちろんアニメは悪くない。悪くないが、コードネーム「アニメ」は嫌だ。僕は勇気を奮って、、。
「あの、、、。ハシモー。」
「ハシモーって、なんなん?」
「ハシモーでお願いします。コードネーム。」
と、小学校から高校まで愛用のあだ名を口にした。
「あんまり本名と近すぎないですかあ?ダサー。」
とリョーキちゃん。言いたいことをいうのがポリシーのようだが、頼むから黙っててくれ。ここが正念場なんだ、、。
「いいとおもうよー。ハシモー。覚えやすいし親しみやすいし。」
とまたとない援軍として登場してくれたのはやはりロダン先輩。
「ハシモー!それでいいのかい?『アニメ』でなくても??」
と赤ん坊の様な無垢な顔で聞いてくるシューリンガン先輩。やっぱりそれかい。というか、この先輩はどこまで人の心を読んでいるのだろう。意地悪しているようにしかみえない。この先輩は要注意だ。
「え、え、ええと思うぞ。」
と漫画から顔を上げずに助け舟を出してくれたのは、意外にもアロハ先輩である。まるで天使の様にみえた。
「『アニメ』の称号は、新入生にはおもすぎるやろ。」
と、どこにどういった基準が置いてあるのかわからない発言は気になったが、、。
「せっかく自分で言いだしてくれたことやし、ええやんな。ハシモーくんでいこう。」
と部長の一言で、僕のコードネームは「ハシモー」に落着した。
一人不承不承のシューリンガン先輩だけは、「まあ、『走れ正直者』の略だと思えば、アニメと関係ないこともないか、、。」と謎の納得をしていたが、、。
これだけは確認しておこう。今後同じミスを繰り返さないために。
「あのう、、シューリンガン先輩?」
「なんだい?」
「どうやって僕がアニメ好きであることを見抜いたのですか?」
「ああ、それは簡単だ。」
シューリンガン先輩は、本日最高の笑顔で言い放った。
「アニメ好きでない男の子って、そんなに多いかい?」
僕はこの発言に、シューリンガン先輩の本質を見た気がした。
$$
一夜明け、、。
コードネーム「ハシモー」なる場違いな新入部員が探偵討議部に誕生した翌日、ちょっとした事件が起こった。昨日おずおずと叩いた「探偵討議部」の入り口扉の前に立つと何かがおかしい。足りないのだ。
ちょっと考えて、ふと気づく。
「あ、看板がない。」
昨日目にした、黒々とした毛筆の「探偵討議部」の看板。それが取り外されているのだ。早くも「探偵討議部」はなくなってしまったのだろうか?
でも、部室はここで間違いないはず、、。昨日と同じくおずおずと、僕はその扉を開けた。
やはり昨日と様子が違う、、。赤い人がいない。
腕組みしているシューリンガン先輩。うつむいて何かを考えているデストロイ先輩。その二人を交互に見ながらキョロキョロしているロダン先輩。 こっちをふりむいて「ヤッホー!ハシモー!」と元気なリョーキちゃん。部長が、、いない。長机の上座に鎮座していた名無しの美人部長がいないのだ。
「リョーキちゃん?なんだか雰囲気が違うね。暗い、というか、、。看板もないし、、。」
リョーキちゃんの隣にすわり、話しかける。
「なんか事件みたいよ。」
とリョーキちゃんは顔を輝かせた。不謹慎な子ではある。
戸惑っている僕に気づいたのか、なにやら話しあっているシューリンガン、デストロイの両先輩に代わって、ロダン先輩が口を開いた。
「部長がこの時間までこないことはめったにないんよ。看板もどっかに行っちゃったしねえ、、。どうしたんかなあ。」
「部長が一人でいるときに、道場破りがあって、看板取られちゃって、部長は拉致されたっていうのはどうですかあ?」
とリョーキちゃんが物騒なことを口にする。どうですかあ?もないものだ。
「いくらなんでもそりゃないよ!いつの時代だ!?」
僕が反論を口に仕掛けると、それまで押し黙っていたシューリンガン先輩が、
「いや、僕らの考えもそれに近いんだ。ほぼ正解と言ってもいい。」
と意外なことを口にした。
頷くデストロイ先輩。ため息をつくように、「まずは、俺の推理を聞いてから帰りなよ。」と話し始める。またダンスか、とおもわず身構える。
ところがデストロイ先輩には立ち上がる様子はない。
「新入生が入学し、概ね所属先を決めたこの時期、文化系部長会議が開かれる。そこで我々文化系の一年の行動計画が披露され、講堂やホールなどの活動場所、予算などが割り振られるのだが、、。文化系部長会議において、常に探偵討議部をライバル視し、何かというとその活動に茶々をいれてくる部があるんだよ、、。そこでなんらかのトラブルが生じた、と仮定すれば、、。ややこしいことになっている可能性はある。看板がなくなっていることと無関係とは思えない。」
この程度の推理では踊るに値しないのであろうか。俯いたまま、「やれやれ」といった表情。
「絡んでくる部ってどこなんですかー?絡んでくるだけに手芸部とかあ?」
とあくまで空気を読まないリョーキちゃん。
その時、バタンと音がして扉が開いた。部員の視線が一瞬で入り口に集中する。
「お、俺が来たらあかんかったんか??なんやみんなしてがっかりしたような顔して??」
それは残念ながら、遅刻して入ってきたアロハ先輩であった。
頭の上に「????」が幾つも見えるアロハ先輩に、手短にロダン先輩が事情を伝える。
「、、、というわけでな、部長会議でもめてるんかな、という話をしたとこだったんよ。」
アロハ先輩はシューリンガン、デストロイの両先輩を呆れた顔で交互に見ると、こう言った。
「お前らのあかんとこや。安楽椅子探偵を気取るくらいなら、見に行けばいい。部長会が行われてるのは、隣の棟の研修室やろ、案ずるより、産むがやすし、や。」
「あははは、これはほんとに一本取られたな。まさしくその通りだ。コードネームハシモー、リョーキちゃん、部長に変わって指令だ。隣棟の研修室を調査し、部長と看板消失の謎を解決せよ!」
シューリンガン先輩は、体良く僕らを使い走りにした、、、。
$$
探偵討議部の部室は、「BOX」と呼ばれる文科系部が集まった教育棟などとは独立した平屋の中にあり、24時間出入りが可能だ。探偵討議部を始め、美術部、ウクレレ同好会、写真部など10近くの文科系部室が入居しているが、当然これだけでは部室が足りない。従って、溢れ出た形の文科系部は、隣の棟にある「SQUARE」と呼ばれる主に体育会系の部室が入居する建物に間借りする形になっている。実際は「間借り」というわけでもないのだが、、。アウェイ感は否めない。
鉄筋造りの「SQUARE」は木造の「BOX」よりも大きく、研修室などもこちらに存在しているため、文科系部の集まりはこちらで行われている。
僕はSQUAREの前に立ち、リョーキちゃんの登場を待つ。BOXから直接二人で行けば早かったのだが、リョーキちゃんが「ちょっとここで待ってて」といって姿を消してから早10分あまり。お花でも摘みに出かけたのであろうか。所在無くそこに立っていると、、
「おまたせー!ハシモー!」と現れたリョーキちゃんに目を奪われた。
再登場のリョーキちゃんは、弓道部を思わせるような袴姿に大きめのトランク、チューリップハットという謎のスタイルで手を振っている。髪の毛を綺麗に後ろで結んでいたはずが、それを解いてわざわざ乱した風にアレンジされている。
「リョーキちゃん、その格好、なに?」
「知らないの?金田一耕助?」
じっちゃんのことだろうか。
「いまから調査でしょ?まずスタイルから、よ。フケまで仕込めなくて残念だわー。」
金田一耕助を真似ているらしいリョーキちゃんは、チューリップハットをとると、頭をもじゃもじゃとかきむしり始めた。形から入るひとなのか。
いよいよ二人でSQUAREに潜入、という矢先、キンダイチリョーキちゃんが唐突にこんなことを言い出した。
「ねえねえ、シューリンガン先輩って、素敵じゃない?たまらないわ。」
女の子のこういう一言に反論することは百害あって一利なし、ということは僕も短い人生経験や、アニメや、、アニメでよく知っている。知ってはいるが、昨日からシューリンガン先輩に一杯食わされている気持ちが抜けない僕は、ついつい、反論を試みてしまった。
「僕はロダン先輩が素敵だと思うけどな。かっこいいし、優しいし、力持ち。話すと少しコミカルな感じだけど、そこもいい。いや、そこが素敵。」
昨日から僕は、ロダン派なのだ。
リョーキちゃんは、「こいつわかってないな」という顔をする。
「シューリンガン先輩の、あの冷たい、というかサイコパスな感じがたまらないのよ。」
「冷たい、というならデストロイ先輩だって、いつも冷静な感じで感情を表に出さないじゃないか。推理もキレキレだし。ダンスの時は情熱的だけど、、そのダンスもキレキレだ。シューリンガン先輩がどういう人なのか、まだ僕にはわからないなあ、、。」
リョーキちゃんは、「本当に呆れた」というか、むしろ「かわいそうな子を見る目」で僕を見ると、深いため息をついた。
「はあ、、、あのねえ。ハシモーは人生経験少ないみたいだから言ってあげるけれど、、。」
「いや、同い年でしょ。」
「私は『人生経験』っていったのよ。ただ起きてぼんやりしてるだけの時間は経験とは言わないわ。」
「ぐ、、。」
なぜ同い年の女の子にこんなことを言われないとならないのか。しかし、リョーキちゃんの刃は僕の心の深いところに刺さり、言葉がでてこない。
「あなたはアニメファンでしょ?アニメ語で話してあげるわ。いい?人を見る時は映画版で考えるのよ。」
お母さんが言い聞かせるかのようにリョーキちゃんは言う。先ほどとは違い、その瞳には慈母の光が宿っている。よっぽど僕がかわいそうにみえたのか、、。にしても、「映画版で考える」って、なんだ!?
「映画版のロダン先輩は、ロダン先輩のままだわ。一ミリも変わらない。映画版デストロイ先輩は、友情に厚く、自分の身の危険に躊躇しながらも、最後は『しょうがねえな』とか言いながら仲間のピンチに駆けつけるキャラだわ。映画版のス●夫とジャイ●ンを足したような、ね。そこへ持ってきて、映画版のシューリンガン先輩は、、。」
リョーキちゃんは一度そこで言葉を切り、遠い目で、
「人の一人や二人、平気で殺しているわ。そこに痺れる、憧れるウ。」
とさすがの僕もシューリンガン先輩がかわいそうになるような一言を言い放った。
「シューリンガンくんは映画に出したらダメ、ということやね。」
という声がして、謎のうち一つが早くも解決してしまった。ちょうど、「SQUARE」から出てきた部長が、呆れたような顔で、僕たちを交互に眺めていた。激論を戦わせている間に、研修室での会議がひと段落したらしい、、。その美しい顔には少し、疲れの後が見える。
「あらら、到着前に事件が終わっちゃった。金田一スタイルが悪かったのかな、でも、部長がさかさまに刺さってなくてよかったわ、、。」
というリョーキちゃんの独り言が聞こえた。
$$
僕とリョーキちゃんを伴って、部長が看板のない部室のドアを開けた時、さすがに個性派揃いの先輩方も、一様に安心したような表情を見せた。
「何か問題を生じたようですね。」
とシューリンガン先輩。
「元はといえば、君のせい、という面もあるんやけどねえ、、。全く、あの粘着質ときたら、、。」
と苦笑する部長。映画版では人を殺しているという噂のシューリンガン先輩が、何か関係あるのだろうか、、。
「とにかく事情を話そか。うちの看板、あれなあ、文科系部長会預かりになったんよ。連中、探偵討議部のBOX部室使用について、異議を申し立ててきてねえ、、、。」
話が見えないリョーキちゃんが(僕もだが、、。)たまらず口を挟む。
「すみませーーん!ちょっとわかんないんですけど、『連中』とか、『粘着質』って誰のことですか?デストロイ先輩の言った、『絡んでくる部』っていうやつですか?それをまず教えてくださーい!」
そう言うと、チューリップハットをとって、頭をかきむしりはじめた。まだこの格好である。ナイス、リョーキちゃん。こういうところでの遠慮なさがリョーキちゃんの魅力では、ある。
「『ディベート部』のことだよ。『粘着質』はそこの部長、マスモト・リキ、通称リッキーさんのことだ。本学の誇る、優秀なディベーターだ。」
とデストロイ先輩が代わって答えてくれる。
「リッキーは悪い子ではないねんけどなあ、、。うちの部へのライバル心は並々ならぬものがあるんよ。それもこれも、シューリンガンくんが悪いといえば悪い。」
と部長。
「異議あり。僕は降りかかる火の粉を払っただけですよ。」
とシューリンガン先輩。
「私には付け火に行ったようにしかみえへんかったなあ。とにかく、一回生にもわかるように説明すると、探偵討議部の部室は、少し前まで『SQUARE』の方にあったんよ。今より手狭だったし、24時間自由に出入り可能ではなかったから、不便ではあったんやけどね。体育会系のクラブにも気をつかわないといけなかったし、、。まあ、使うような神経を持った部員はおらへんかったけども。」
部長によると、「SQUARE」は午後9時には施錠されてしまうため、これ以降出入りを希望するものは、守衛さんに鍵を開けてもらわないといけない。この時守衛さんは、大抵不機嫌だ。このため、木造で古くはあるが、自由度の高い「BOX」を希望する文科系部がほとんどとのこと。深夜に活動するような生態を持つ学生が多いためである。
「それでシューリンガンくんは当時一回生にも関わらず、単身部長会に議題を提出、探偵討議部のBOXへの移動を提案した。その当時ここにはディベート部があったんよ。結果、探偵討議部とディベート部の公開討論となり、、、。シューリンガンくんがこの部室を勝ち取り、ディベート部はSQUARE行き、というわけ。実際我々全員がその恩恵を得ることにはなったわけやから、シューリンガンくんの手柄と言えないこともないけれど、、。代わりにややこしい遺恨を残したわけやね。なにより、『ディベート部』は弁論をアイデンティティーとする部活動やから。」
「僕は悪いことをしたわけではないですよ。『BOXには探偵討議部こそが相応しい』事を証明して見せただけです。ディベート部が討議で負けて恨み言をいうなんて、スポーツマンシップに反すると思いますがね。」
と相変わらず涼しい顔のシューリンガン先輩。
「その勝ち方が問題やねん。正面から議論で押し勝ったならまだしも、ターンアラウンドと謎のウンチクの連続で煙に巻いて議論の本筋が見えなくなり、気付いてみれば相手は自縄自縛、最後の方は一言発せば、10の反論でぐうの音もでないという状態だったからねえ。リンタロウとはよく言ったもんやね。」
と禁句のはずの本名を口にする部長。リンタロウにはなにか特別な意味があるのだろうか?それにしても、今の話のどこが、「降りかかる火の粉を払った」話なのだろう。シューリンガン先輩の方から喧嘩を売っているようにみえるのだが。
「そもそもリッキーさんが部室禁煙の動議など出すのが悪いのですよ。『SQUARE』の部室は4階にありましたからね。外で吸うにも遠すぎましたし。『BOX』は平屋ですから、すぐ外にも出れますしね。そんなことさえなければ僕もおとなしくしてましたよ。いたいけな一回生ですからね。」
とシューリンガン先輩。
「天網恢々粗にして漏らさず、というか、今は部室どころか学内全体が禁煙になってしまい、君もすっかりパイポの扱いがうまくなってしまったけどね。」
「禁煙が嫌だから部室ごと取り換える」というシューリンガン先輩の発想に慄然とする僕。リョーキちゃん的にはこれも痺れて憧れる事案なのであろうか?
「いずれにせよ、言論で失ったものは言論でとりかえすべきです。」
と表面だけはまともな事をいうシューリンガン先輩であったが、、。
「相手もそのつもりなんよ。探偵討議部に公開討論を持ちかけてきた。君は『返り討ち』、といいたいやろけどねえ、、、。リッキーのやつ、ほんとに君とは二度と議論したくないみたいで、、『BOX使用を賭けた、一回生同士の公開討論』を提案してきよったんよ。『部活動も教育の一環ですから、議論スキルの教育に優れた部のほうにBOX使用の優先権があるということでどうでしょう?』とかいうてね、、。リッキーは優秀なディベーターなんだけど、よっぽど苦い思い出なんやろうね。」
密かにリッキー先輩とやらに同情した矢先、急に火の粉がこっちに飛んできた。僕はリョーキちゃんと顔を見合わせる。
「いいと思いますよー。ディベート部も、議論に慣れない茶道部や写真部をターゲットにはせずに、うちと勝負して、BOXの部室をとりかえしたいということでしょ?シューリンガンだって、相手がディベート部だったから討論会を仕掛けただけで、もしコーラス部ならそんなことしなかったやんなあ?条件はおなじなのだから、正々堂々とやりましょうよ。ハシモーくんや、リョーキちゃんにとっても人前で議論することを学ぶいい機会だと思いますし、ね。」
とあくまで人の良い解釈を述べるのは、ロダン先輩。シューリンガン先輩は、相手がコーラス部でも完膚なきまでに議論で叩きのめすはず、と勝手に思う。
「禁煙を仕掛けてきた相手がコーラス部なら、彼らのコーラスをBGMにデストロイに踊ってもらうさ。芸術点勝負だ。」
と冗談だか本気だかわからぬことをいうシューリンガン先輩と、まんざらでもなさそうなデストロイ先輩。
「リッキーが『うちには優秀な一回生が入部してましてね、、。』とかやたら顔を近づけて煽ってくるから、『うちの一回生をみたら腰をぬかすよ。マッサージ師を頼んどき。』っていうてしまったんよ。いずれにせよ、この勝負、受けて立つしかなさそうやしね。」
と見かけによらず好戦的な部長である。誰も歯止めになってくれる人がいない、、。
「ちょ、ちょっとまってください!」とあわてる僕を制する形でリョーキちゃんが、「面白いじゃないですか!血沸き肉踊るう!シューリンガン先輩が勝ち取ったこの部室、私たちが守り抜いてみせましょう!ね、ハシモー!」
とやけにノリノリのリアクションをみせる。リョーキちゃん、君もか。
チョチョットマテヨ、ディベートブニニュウブシタイッカイセイトイッタラ、ガクネンイチイデニュウガクシタトイウウワサノ、ヒデミネ・ガクトクン、ツウショウシンキングマシーン、ヲハジメ、ガクネンノユウシュウドコロバカリ、モシボクタチガマケタラ、コノブシツハウバワレ、マイニチ4カイマデカイダンヲノボラナイトイケナイトイウコトカ、セツデンノタメ、ミダリナガクセイノエレベーターリヨウヲキンズルトワケノワカラヌルールガアルカラナア、タイイクカイケイナラソレデモイイケレドモブンカケイノブインニハキツイダロウ、マケタラセンパイタチニモナンカイワレテシマウカナア、ニュウブソウソウ、ニガオモスギルヨナア、、ア、、、アカン、、、、、ハナヂデソウ、デルカモシレン
と目を白黒させる僕に、シューリンガン先輩がアニメ語で話しかけた。
「パ●ルダーオン!だよ、ハシモーくん。なに、僕がついているからには負ける気遣いはない。」
その笑顔に、この瞬間、とてつもない頼り甲斐を感じたことを僕は告白するが、、。
「シューリンガンくん。君はあかんよ。君の議論のスタイルは君だけにしかできへん。新入生には毒やね。もっといえば、探偵討議部に君は三人もいらんわ。収拾つかへんようになる。ロダンくん、デストロイくん、一回生の面倒見てあげてくれるかな?『BOXには探偵討議部が相応しい』、という議論を組み上げる手伝いをしてあげてほしいねん。」
と間髪入れずに部長が間に入った。
露骨に嫌そうな顔をしたのは、デストロイ先輩とリョーキちゃん。「シューリンガン先輩がよかったのにい!」とか考えているのであろうか。相変わらず周りを明るくする笑みで、「いいですよー。僕でよければ。」と快諾したのはやはりロダン先輩。
「しょうがねえな」
と仕方なく了承したデストロイ先輩は、あるいは映画版の方だったのであろうか?名指しでダメ出しをされたシューリンガン先輩はというと、笑顔を消して、パイポをふかしていた。何かを考えておられる様子、、。
と、その時。
「お、俺は?なにしたらええですか?」
とおずおずした声。
存在を忘れられていたかのような(申し訳ないことに僕は忘れていた、、)アロハ先輩が、漫画から顔をあげて問いかけた。
「あ、アロハくん、いたんやね、、。」
と何気にひどいセリフをさらっと挟んで、部長は、こう続けた。
「アロハくんは、、アロハくんは、そうやね、いつもちゃんと答えを知ってるから、割愛。」
と、こういうわけで、入部わずかに二日目にして、コードネーム「ハシモー」は、「リョーキちゃん」とともに、リッキーさん率いるディベート部の一回生との間の討論会に、部室の居住権をかけて臨むことになったのだ、、。ハナヂデソウ。
$$
その翌日から一週間の間、部長命令で探偵討議部の部活動を終えた後、僕、リョーキちゃんは部室に残り、デストロイ先輩とロダン先輩の集中講義を受けることになった。
ちなみに探偵討議部の通常の部活動の内容は、その日の「チューター」と呼ばれる担当者に一任されている。入部三日目の活動内容は、アロハ先輩による「今部内にあるものだけで火を起こす」という謎のサバイバル講座だった。
その日、部の中央に位置する巨大な長机(方卓と呼ばれている)にこれ見よがしに鹿撃帽、パイプ、懐中電灯などと一緒に大きな虫眼鏡が置かれていた。一瞬まさかと思ったが、その日は雨だったので、フェイクに違いないと判断した。
アロハ先輩をちらと見遣ると、側にあるティッシュ箱からたくさんティッシュを取り出すところだった。すわティッシュが謎解きの鍵か、と思いきや、てるてる坊主を作り始めたのには萎えた。デストロイ先輩がドヤ顔で懐中電灯の中にあった電池とタバコの銀紙(部内では吸えないのに持ち歩いてるようだ)で火をつけようとしたその矢先、ロダン先輩が根性で部室の隅においてあった木材をこすり合わせて見事に火を出したのには心底驚いた。
そして、シューリンガン先輩は、いない。一回生指導から外されたのがショックだったのだろうか?あの饒舌な先輩がいない部室は、なんだか少し寂しく見えた。
ロダン先輩は約束通り部活の後残って、僕らに「探偵討議」の歴史について教えてくれた。デストロイ先輩も「やれやれ」の表情をしながら、なんだかんだ言って残ってくれる。
「探偵討議はね、古くはコナン・ドイルとモーリス・ルブランの時代までさかのぼることができるんよ。」
「随分歴史が古いんですね。」
「うん。ホームズとルパン、どちらが優れているかと議論になってね。どちらも自分の作品の主人公の方が優れているといって譲らなかったんよ。『ならば、お互いの出した謎を解き合う形で勝敗を決めよう』というわけで、探偵討議の雛形となる推理合戦が始まった。イギリスとフランスを跨いでやりとりした書簡の一部が先日海外のオークションで高値落札されたニュースをみてないかな?」
「書簡のやりとりですか、国をまたいでやけに壮大な話ですね。」
と僕。
「で、どっちが勝ったんですか?」
と興味津々のリョーキちゃん。
「基本引き分けやったみたいね。ドイルの謎をルブランは解けず、ルブランの謎をドイルは解けない、って感じかな。探偵討議は、出題側が有利だからねえ。」
「なあんだ、つまんない。ルパンならホームズを3回はライヘンバッハの滝に叩き落とせるとおもうのになあ!」
と物騒な発言をするリョーキちゃん。さしものホームズも三回も落とされては、探偵を諦めて養蜂家にならざるを得ないだろう、、。リョーキちゃんはルパン派らしい。ちなみに僕はコナン派だ。
「このときのやりとりを叩き台にして、ルブランによって『ルパン対ホームズ』が書かれたという説がある。日本でも、『不連続殺人事件』を書いた坂口安吾が、江戸川乱歩に『この謎は解けないだろう』と挑戦する、とか、結構古くから愛好家の間で似たような討議はあったんよ。それを競技化したものが『探偵討議』なんよね。」
と、ロダン先輩。
一見探偵にそれほど興味があるように見えない、ひまわりのようなロダン先輩もやはり探偵小説の歴史などには深い造詣をもっているのだなあ、と感銘を受ける。僕も先輩のようになれるのだろうか。漫画ばかりでなく、推理小説も読もうと心に誓う。
「歴史の話はそれくらいで切り上げて、実戦的な話に移ろう。時間がない。」
とデストロイ先輩が話を中断する形となり、
「今回の討論では、要するに『探偵討議部こそがBOXにふさわしい』ことを証明できれば任務完了、ということだろう?逆にディベート部はディベート部こそがふさわしい、という議論を組み立てる必要がある。彼らがそう主張する根拠にどのようなものがあるか予想するんだ。そして、それに対する反駁を考える。まずその前提として、SQUAREとBOXにどんな違いがあるかをまず挙げてみよう。」
「ええと、BOXの方が広い、出入りが自由、平屋なのでアクセスが良い、って感じですかねー。」
とリョーキちゃん。
「リョーキちゃん、いいね。それに対して、鉄筋造りで火事に強く、セキュリティーに優れ、体育会系の部員との交流の機会があり、研修室などの共同利用施設に近い、というのがSQUAREだ。」
デストロイ先輩の解説を聞くと、そちらも悪くないような気になってくる、、。デストロイ先輩は続ける。
「それを踏まえて、ディベート部は、自分たちがBOXを使用する方が良い、と主張するわけだ。この『良い』は、彼らにとって良い、というより、むしろ文科系部全体にとって『良い』という主張の方が通りやすい。」
「それはそうですね、あくまで討議の結果、投票するのは他の文科系部長たちなわけですから、、。文科系部全体にとって良い方の主張が通るでしょうね。」
「文科系部全体にとって良いこととは何か?それは、例えば予算が削減できるとか、あるいはトロフィーの数が増えて、文科系部全体の評価が上がるとかいったような事だ。だから、仮に『ディベート部がBOXを使えば、文科系部が獲得するトロフィーの数が増える』という主張を彼らがしてきたと想定する。そして反駁を考える。『予算が削減できる』についても同様だ。他にも文科系部長たちが喜ぶような事がなにかあるなら、それも想定の中に入れてくれ。そうして、『ディベート部がBOX使用する』と『文科系部長たちが喜ぶ』の間に横たわるロジックを全部潰すんだ。デストローーーイ!」
そこで、デストロイ先輩は薄く笑った。
「いまからその作業に取り掛かるか。めんどくさいけどな。」
露骨にめんどくさそうな顔をするデストロイ先輩に少し萎えるが、付き合ってくれるつもりがあるからめんどくさそうなのだ。だんだんこの先輩のいいところが見えてきた、、。
「うん、ほんじゃあまず、手分けしてはじめようか。」
というロダン先輩の音頭で、各々、想定問答集の製作に入った。もうかなり夜も更け始める頃合いだ。今夜は遅くなりそうだな、、。
と、「ギーーー」と音がして部室の扉が開く。が、その向こうには人の姿がない。
時間が時間だけに不穏なものを感じ、周りを見回すと、早くもリョーキちゃんが脱兎のごとく扉の方へ駆け出した。
「まって、リョーキちゃん、何があるかわからないよ!」
という僕の制止の言葉も間に合わず、リョーキちゃんはドアの向こうに消えた。
「まあ落ち着け。何もない。」
とデストロイ先輩は余裕の表情。
しばらくすると、リョーキちゃんに伴われ、アロハ先輩がおずおずと部室に入ってきた。まるでお母さんと一緒にはじめて幼稚園に登園した子のようだ。アロハ先輩の動きはいちいち不審だ。
「ぶ、部室の電気がまだついていたから、おかしいと思ってな、、。」
とアロハ先輩。みるとその手にはいつもの漫画週刊誌に加えて、優に10人分はありそうなたこ焼きの袋が抱えられていた。それをおもむろに円卓の上に置くと、いつもの席に座って漫画を読み始める。
「差し入れありがとうございまーす!」とリョーキちゃん。
「三人で割り勘にしよか?」とロダン先輩。
「き、きにするな。」と漫画から目もあげずに答えたアロハ先輩は、しばらくすると「じゃあな。」と帰ってしまった。グラサンを通して見えた、アロハ先輩の「やるべきこと」とはこれだったのだろうか。空腹に差し入れられたこ焼きは、やけに心にしみた。
$$
翌日、少し気になる会話があった。ちょうど、「ディベート部がBOXに移ると、トロフィーが増える」という議論をしていたときのことだ。
ロダン先輩が、「仮想ディベート部」となって、
「ディベート部がBOXに移ると、ディベート部はより広い環境で遅くまで部活動に従事することができる。昨年全国大会決勝まで残ったディベート部は、より良い環境を得ることでより良い成績をあげることができる可能性がある。したがって、優勝トロフィーの数が増加し、文科系部としても実績が増えるということになる。」
と主張したとき、リョーキちゃんがふと気づいて尋ねたのだ。
「あれ?探偵討議部の昨年の成績は?どうだったんですかー?」
即座にデストロイ先輩が苦い顔をする。
ロダン先輩が慌てたように、教えてくれた。
「あんな、がっかりするかもしれんけど、去年僕たちは二回戦敗退で、全国大会には行けてないんよ・・。」
「えーー!!」
と思わず声が出たのは、僕とリョーキちゃん同時だった。
「デストロイ先輩もロダン先輩もいたんでしょう?そしてあのシューリンガン先輩も??大会ってどれだけレベル高いんですか!!しんじられなーい!」
僕の想いをリョーキちゃんが代弁してくれる。
「それにはな、ちょっとした事情があるんよ、、。」
と話し始めるロダン先輩を制して、デストロイ先輩が「それは今話すことではない。時間もない。議論を先に進めよう。」と気になる話題を切り上げてしまった。
ちょうどその時、部室のドアがバタンと締まり、全員の注意がそれた。入口の方をみると、扉のところに買いたてのたこ焼きだけがそっと置いてあった、、。
それから三日間、、僕は心の底から僕以外の三人の能力に驚かされた。ロダン先輩は、30もの「BOXにディベート部が移ると部長会が喜ぶ理由」を紡ぎ出した。それらしい理由をつけて。それらをことごとくデストロイ先輩は完膚なきまでに潰した。
「ロダン先輩は普通の方で、努力したら追いつけるかもしれない存在」と思っていたが、自分の思い上がりにひとり赤面する思いだ。こういう先輩方でも敗退してしまうなんて、いったいどのような事情があったのだろう、、。
リョーキちゃんに驚かされたのは、20もの「BOXにディベート部が移ると、部長会が困る理由」を披露してみせたことだ。リョーキちゃんの頭の回転の速さには気づいていたものの、これまた想像以上。正直に告白すれば、僕は先輩方と、リョーキちゃんの立てた議論をメモするので精一杯だった、、。
そして、例のたこ焼きは、毎日そっと届けられた。アロハ先輩はお礼を言われるのがいやなのか、あるいはグラサンに何かを告げられているのか、部室までは入ってこようとしなかった。
一方、このところ、シューリンガン先輩は部活に姿をみせない。先輩がいないとリョーキちゃんもテンションが下がっているように見える。たかが数日先輩がいないだけなのだが、部長に「君は三人もいらん。新入生には毒や。」とか言われてから始まったことなので、どうしても気になってしまう。そういう発言の張本人の部長は、というと、特に気にとめる様子もないようだ。デストロイプレゼンツの本日の活動である、「パズル」が並んだ円卓の上から知恵の輪をとりあげると、片手ではずしたりまたはめたりを繰り返している。とてつもなく器用な人だ。
「あの?部長??」
勇気を出して、質問してみる。
「どうしたん?ハシモーくん?」
部長はいつもの笑みで答えた。いまだこの人の名前を知らない。
「シューリンガン先輩、ここのところ姿が見えないのですが、体調でもお悪いのですか?」
その質問に、リョーキちゃんが食いついてるのがわかる。
「ふふ、まさかあ。シューリンガンくんは退部したよ。アメフト部に入部する、とかいうてね。元気そのものやんか。」
と衝撃的なことを部長は口にする。
「ええーーー!!」
声をあげたのは僕。思わずリョーキちゃんを見やると、言葉を失ったのか、黙り込んでうつむいている。
「ま、まさか一回生の教育係から外されたことが原因なのでは、、。」
僕はつい、気にしていたことを口にしてしまった。
「そうやね、まあ、関係ないことはないかもしれんね。でも、シューリンガンくんはほっといたらいいねん。あれも、自分がするべきことをわかってる種類の人やからね。それより、部室をかけた討議の準備はすすんでいるんかな?デストロイくん?」
とやけに冷たい部長。自分が厳しい言葉を投げかけたのに、気にしている様子もない。
「どうでしょうね。二人とも、見所はある、とだけ答えておきましょう。」
ニヒルな笑みで答えるデストロイ先輩。だが、僕は全く別のことを考えていた。
付き合いはわずか二日ほどだったが、シューリンガン先輩のことが頭を離れない。一回生討論会が決まった時、「僕が付いているからには負ける気遣いはない」と言ってくれた先輩。その差し伸べたはずの手を部長に邪険に払われたことがプライドを傷つけたのであろうか。自分が断ったわけではないのだが、あのとき、微笑みを浮かべて手を差し伸べてくれた先輩にお礼の一言も言わなかったことが悔やまれる。指導係から外され、何かを考えている様子だったあの時、パイポを吹かしながら退部を決意していたのだろうか、、。
僕が肩を落としている様子に気づいたのか、アロハ先輩が漫画から目をあげずに、「き、きにするな。」と最初にたこ焼きを持ってきてくれたときと同じセリフをボソッとつぶやいたのが聞こえた、、。
その日の部活の後、僕とリョーキちゃんはまた部室に残り、討論の準備をしていた。リョーキちゃんはさぞかし落ち込んでいるだろうと思ったが、気をとりなおした様子で思いの外元気である。
「リョーキちゃん、シューリンガン先輩のことだけれど、、、。」
と恐る恐る話しかける僕を遮る形でリョーキちゃんは言う。
「考えて結論の出ることは考える。結論が出ないことは後に回す。その代わり心の書棚の中に、付箋を貼っておいておく。謎が解ける時期が来たときにいつでも取り出せるように。シューリンガン先輩が私たちを放っておくのが得策、という判断をしているなら、今はその判断を信じるしかないわ。それより今私たちにできることをやりましょう。あなたはアニメしかみないから教えてあげるけれど、小説の中の名探偵は、しょっちゅう失踪して、なかなか登場しないものなのよ。しかも納得行きかねる理由で。」
リョーキちゃんが僕と話す時だけはお母さんみたいな口調になってしまうのが気になったが、その前向きな言葉を聞いて、なぜだか胸の中の雲が晴れたような気持になった。
$$
いよいよ明日は部室をかけた討論会、という日、デストロイ先輩はこう言った。
「以上だ。これでどのような議論を相手がふっかけてきたとしても、対処が可能になったと言えるだろう。あとは、ちゃんと頭に叩き込んでおくことだ。」
「二人とも、本当によくがんばったねえ、、。すごいよ。うんうん。」
とロダン先輩。
「最後の仕上げだ。インプレッションの練習をしよう。探偵討議であれ、討論会であれ、聴衆の心を惹きつける、ということが最後に勝敗を分ける。ハシモー、なにかお気に入りの決め台詞はあるか?」
とデストロイ先輩。
「決め台詞、ですか?」
月に変わってお仕置きよ、とかいうセリフが出てきたが、恥ずかしくて言えない。そんなに決め台詞が大事なのだろうか?
「はいはい、私ありまーす。」
と間に入ったのはリョーキちゃん。おもむろに俯くと、右手で顔を隠し、影のある表情で、「あンた、背中が煤けてるぜ!」と言い放ったのには驚いた。実際のところ、パクリなのだが、、。ルパン派の本領発揮、といったところか、、。
元ネタを知らないデストロイ先輩は、驚いたように眼鏡の奥の細い目をまるくした。
「いいじゃないか。ここぞ、というときはそれで行くんだな。で、ハシモーは?」
「あの、あのう、、。ありません。」
「いい年して決め台詞のひとつもないのか。よし、今回だけだが、俺のを貸してやるよ。言ってみろ。デストローーーイ!」
「ですとろーい。」
「声が小さい。地の底から響くような声で言うんだ。『ロ』の音を響かせろ。デストルオーーーーーーイ!!!!」
「で、デストローイ、、。」
「ハシモー、言いたくはないが、君のデストローイは、とろい。」
そこでロダン先輩が仲裁に入り、僕は明日までに自分の決め台詞を考えておく、という宿題をもらった。
ちなみに、そのあと小一時間かけて、デストロイ先輩によるダンス講座も受けたが、リョーキちゃんが早々に合格点をもらったのに対して、先輩が出した結論は、、。
「よし、ハシモー、踊ってはならない。」
であった。
泣いても笑っても、明日は討論会だ。一回生として、できる限りの準備はした。僕はリョーキちゃんにも、先輩方みたいにもなれないが、積み上げてきた準備には自信がもてる。いつものようにそっと差し入れされたたこ焼きを食べながらそんなことを考えているうちに、決め台詞が浮かんだ。
「僕にも、たった一つ信じられるものがある。」
考えてみれば、僕は探偵に興味があったわけでもなければ、謎解きができるほど頭の回転が早いわけでもない。探偵討議部に足を踏み入れることになったのは、全くの偶然にすぎない。でも、こんな僕でも、一週間の間、部活動に参加し、その後の時間を遅くまで先輩や、リョーキちゃんと過ごすなかで、すこしずつだが部員としての自覚が目覚め、部室にも愛着が湧いてきた。今では、少なくとも、あの部室で皆が集まる時間を失いたくない、という思いだけは真剣に討論会に向かうつもりだ。先輩たちに教えていただいたロジックで、自分にできる限り戦う。相手はディベート部期待の新入生だとしても、、。自分が積み上げてきた準備を信じて。
リョーキちゃんはどうだろう?彼女は最初から探偵や謎に対する興味があって、探偵討議部の門を入学早々に叩いた。僕が入部するまでの間にも、部に思い入れができるような僕の知らない出来事がたくさんあったに違いない。そのなかで、シューリンガン先輩の何がリョーキちゃんを惹きつけたのかはわからないが、、。先輩がいない今も、真剣に準備に取り組んでいる様子からも、シューリンガン先輩が手に入れたあの部室を失いたくない、という気持ちは僕より勝ることはあっても、劣ることはあるまい、、。
じゃあ、シューリンガン先輩は?僕たちとは比べられないくらい長い時間をあの部室で過ごした先輩は?一回生の指導係をはずされてくらいで部を辞めたことが未だに信じられない、、。何かもっと深い事情があったのだろうか、、。
などと考えているうちに眠りに落ちた。
$$
部室をかけた討論会の朝、少し早めにBOXの部室扉の前に立つ。ことと次第によっては、ここを部室として使うのは最後になるのかもしれない、と思いつつ、、。すでに室内には人がいて、話し声が聞こえる。万感の思いで扉を開けると、、。
シューリンガン先輩と、名無しの部長がいた、、。
「シュ、シューリンガン先輩!」
と思わず声が上がる。意外と喜んでいる自分がいるのに驚く。
「やあ、どうしたんだい?お化けでも見たような顔をして?」
見ると先輩は、少し日焼けしたように見える。
「どうしたんだい?ではないですよ。先輩は退部してアメフト部に入ったと聞いていたので、、。」
「いかにもその通り。そしてつい先ほど再入部させていただいた。ウチムラ・リンタロウ。コードネームも変わらずシューリンガン。これを機会にもっといいのに変えたかったが、どうか以後も変わらぬご愛顧を。」
と先輩は涼しい顔で言ってのけた。
「せ、先輩、、。」
といいかけた時、バタンと音がして、黒い影が僕の前に走り出た。
「せ、先輩!戻ってきたんですか??今頃?どうして??いや、むしろいったいどうしてアメフト部なんかに??」
リョーキちゃんだ。その言葉はめずらしく混乱していて、強い、すこし責めるような調子が含まれていた。
「討論会の担当を部長に外されてしまい、少し暇になったものでね。ちょうど、体を鍛え直す必要性を感じていたものだから、アメフト部にご厄介になることとした。アメフト部が、『兼部厳禁』とかいう謎ルールを主張するから、やむなく一時的に退部させていただいた次第だ。」
とリョーキちゃんの迫力にやや困惑した様子のシューリンガン先輩。
それを引き取る形で部長はこともなげに言った。
「だから言うたやん。ほっとけばいいって。シューリンガンくんは、こういう子やねん。」
「ほんとに心細かったんですから!先輩が獲得した部室を守ろうとみんなで夜遅くまで集まって、、。討論会の準備をして、、、。」
リョーキちゃんは目に涙を溜めながら先輩をなじるが、その言葉は途中で途切れてしまう、、。「シューリンガン先輩の判断を信じる」とかいって、あんなに落ち着いていたリョーキちゃんであったが、やはり心中は穏やかでなかったのだな、とその時初めて気づいた。
「まあ、まあ、、。その辺りもシューリンガンくんの計画には入っていたんちゃうかなあ。とりあえず落ち着いて、、。」
部長はとりなしたが、その目は、「なんとかしなさいよ」とシューリンガン先輩に向けられている。
シューリンガン先輩は珍しく慌てた様子で、
「どうやら怒らせてしまったようだね。決してこの部や君たちを見限ったわけでないことはわかってほしい。むしろ君たちや、部員たちへの信頼の表れだと思ってくれたら幸いだ。デストロイ、ロダンが付いているから、あまり僕が付け加えることもなかろうと思ったし、肝心の討論会の日には帰って来るつもりだったさ。予想よりアメフト部の引き留めがきつかったが、心配かけてすまなかった。この通りだ。それに、アメフト部に入って初めて気づいたこともあったよ。」
殊勝な謝罪の言葉ではあったが、リョーキちゃんはぶーとむくれてしまって返事をしない。代わりに僕が質問する。
「気づいたことって、なんですか?」
「うん。」
シューリンガン先輩は、慌てた色を消し、笑顔に戻ると、
「ラグビーとアメフトは、よく似ているようで全く別の競技だ。ボールを後ろにしか投げてはいけない、というただ一つの制約が、全く競技の様相を変え、取りうる戦術も根底から異なるものとしてしまうのだね。この分ではおそらく野球とクリケットや、弓道とアーチェリーも、やってみたら全く別の競技だった、となることは自明だ。おそらくバドミントンとセパタクローも違うだろう。」
と予想の斜め上のことを言い出した。バドミントンとセパタクローは、やってみなくても違うに決まっているのだが、、。
「この分では、僕の中では『だいたい同じ』という認識であった、花道と茶道なんかも、やってみるとやっぱり違うものってことになるんだろうな。なんで区別するのかな、と思っていたが、『みんな違って、みんないい』だ。」
となんだか罰当たりな一言で、先輩はアメフト部での冒険譚を締めくくった。
「シューリンガンくんの、現実世界に対する洞察がより深まったところで、討論会の準備の方は万端なんやね?ハシモーくん、リョーキちゃん?」
部長の一言で、シューリンガン先輩ののんきな謎コメントで緩んだ気が引き締まる。リョーキちゃんはまだむくれてあさっての方を向いている。
と、その時扉が開いて、僕たちに代わる形でデストロイ先輩が答えた。
「準備は万端ですよ。ディベート部は、ノーチャンスです。シューリンガンは今頃登場か。もう遅い。君の出番はない。」
後ろでにこやかに頷くロダン先輩、そのまた後方から恐る恐る顔をのぞかせるアロハ先輩。かくして、探偵討議部の戦闘態勢は整った。
討論会の会場である研修室への道すがら、勝負服に着替えるために席を外したリョーキちゃん不在の間にシューリンガン先輩は僕をつかまえ、語りかけてきた。
「ハシモー。君たちを放っておいて、留守にしていた僕から一言だけ、罪滅ぼしのアドバイスをさせてくれ。リョーキちゃんの方は聞いてくれそうもないから、、。」
そんな風に下手に出られては、話を聞かないわけにもいかない。
「なんでしょうか?」
「デストロイは、相手の議論を叩きつぶすためのありとあらゆる手段を君達に授けたはずだが、、。実はこの討論会の目的は、相手をねじ伏せることではない。文科系部長会を納得させることだ。君の好きなアニメ語で言えば、、。」
その一言は余計だよなあ。と、心の中でツッコミを入れる。いないと寂しいが、いると多少鬱陶しい先輩ではある、、。
「点をとるための力を尽くせ、会場の空気をも味方につけろ、だ。忘れないでくれ。」
$$
研修室の扉が開く。部室を賭けた討論会が開幕する。勝負服に着替えたリョーキちゃんは、淡いブルーのスーツに、ダークブルーのシャツとネクタイをしめ、ポケットにはハンカチをのぞかせ、革靴に、黒いウールのソックスという服装。青い、、。誰の服装なのだろう。
研修室のホワイトボードの前に、差し向かう形で長机が向き合って置かれていた。一つには「ディベート部」、もう一つには「探偵討論部」と書いた紙が貼り付けてある。僕とリョーキちゃんの机だ。各々の机には椅子が二つだけ。聴衆の椅子はホワイトボードに向かい合う形で並べてある。50近くあるだろうか。文科系部長達、探偵討議部ならびにディベート部の先輩方がここに座って、討議の行方を見守ることになる。つまり、討議が始まったらリョーキちゃんと二人だけでなんとか乗り切らないといけないということだ。
僕たち探偵討議部が入場すると、聴衆の席から紺のスーツの胸ポケットに、ネクタイと色を揃えた赤いチーフをさりげなく覗かせた天然パーマの男性がツカツカと歩み寄ってきた。ワイシャツの袖には、R.Mのイニシャルが入ったカフスボタン。マスモト・リキ先輩である。
「探偵討議部の皆さん、今日の日を楽しみにしてましたよ。是非、よろしくお願いします。一回生へのエデュケイシオンの成果をお互い遺憾無く披露しましょう。フェア・プレ、プレ、プレーイでね。失礼。昨日あまり寝ていないもので、舌がまわっていません。LとRの発音が、、。」
なぜか舌の動きを気にするリッキー先輩であるが、その態度はあくまで紳士的である。ただ、近い。パーソナルスペースが狭い部類の人のようだ。それにしても、「あまり寝てないアピール」をしているが、かなり準備に時間を使ったのであろうか。
「腰ぬかしたときのためのマッサージ師は呼んだんかな?胸から赤い血イでてるみたいやけど、大丈夫なん?リッキー?」
と好戦的なのは我らが部長。
リッキーさんは、それには取り合わず、
「くれぐれも、討議が始まったら、シニアからの助言、不規則発言、紙ヒコーキによる伝言などは『ヴァイオレイシオン』ということでお願いします。一回生のエデュケイシオンによろしくありませんので。」
と釘をさす。
「よっぽどうちの部員たちが怖いみたいやね。そんなに怖がらんでも噛み付いたりはせえへんよ。みんなちゃんとわきまえてるからね。」
と部長は先輩方を見やる。アロハ先輩が慌てて紙ヒコーキを隠したように見えたのはマボロシだろうか。マボロシであってほしい。
リッキーさんはニコニコと人差し指を立てると、「チッ、チッ、チッ。」とリズミカルに横に振る。
「怖くはありませんよ。ただ、彼の議論スタイルは邪道も邪道ですからね。プロダクティヴではないですし、エデュケイシオンにもよろしくない。それだけです。」
とリッキーさんはシューリンガン先輩の方をチラ見する。
「勝てばいい、というディベートは何も生み出しません。本日はフル、フル、フルートフルな討論を期待していますよ、ハナコサン。」
ハナコサン、ってなんだろうか?
部長たちの会話に気を取られていると、ディベート部から二人、見覚えのある顔がこちらに歩み寄ってきた。トップ入学と噂のヒデミネ・ガクトくんと、大人しく、クラスでもあまり目立たない女の子、ヨシザワ・ユウカさんの一回生コンビだ。以後、ヒデヨシコンビと呼ぶことを勝手に心に決める。ヒデミネくんは濃紺のスーツでスタイリッシュに決めているし、優香ちゃんも上品なワンピースだ。リョーキちゃんも勝負服で来たところをみると、Tシャツ一枚の自分が恥ずかしい。せめて勝負Tでくるんだった。「不思議の海凪や」のやつ。
ヒデミネくんは僕には目もくれず、リョーキちゃんの方に近づくと、「アマハネさん、今日はどうかよろしく。」と話しかけてくる。
リョーキちゃんの「誰だっけ?」という顔に気づく様子もなく、
「アマハネさん。トップ入学の僕がいうと少し嫌味に聞こえるかもしれないけど、本学に二番で入学したという噂の優秀な君には、ディベート部こそ、ふさわしい。」
といきなりものすごい直球を投げてきた。っていうか、リョーキちゃん、勉強できるんだなあ、、。
「は?あなた何言ってるの?というか、あなた、誰?」
とその球を豪快に打ち返したリョーキちゃん。
ヒデミネくんは少しプライドが傷ついた様子ではあったが、めげることなく
「学年トップのヒデミネです。以後、お見知り置きを、、。というより、この名はアマハネさんにとって、忘れがたい名前になると思うよ。君たちには悪いけれど、今日、君たちは僕たちの前にひれ伏すことになるのだから、、。悪く思わないでくださいね。役目だから仕方ないのです。」
と続ける。さりげなく「トップ入学」を「学年トップ」に言い換えている。入学してからはまだ試験ないだろ。その称号はフライングだろ。
「その青いスーツ、とても素敵だ。僕は以前からアマハネさん、あなたに注目していたんだよ。その能力、容姿、僕とつり合うのは学年を見回しても、いや、この大学全体を見回しても、あなたくらいだ。あなたとなら、全国トップになれる。あなたにはディベート部がふさわしい。学年トップと2位のコンビなんて、素晴らしいじゃないか、、。」
そう思うのは勝手だが、隣にたっているユウカさんをまるっきり無視してアマハネさんに言い寄る様子に少しむかつく。百歩譲って、僕をガン無視しているのは許してやらんこともないが。よくあることだから。
「悪いけどね、トップ入学かなんか知らないけれど、みた感じあなただと、私の隣に立つのには不足ね。ここにいるハシモーにさえ及ばないわ。少なくともハシモーは、目障りではないもの。いないのと変わらないくらい。」
と強烈なカウンターをお見舞いするリョーキちゃんは強い。もっとやれ!と思いつつ、自分の存在感の薄さを思い知らされ、改めて傷つく僕。
「ハシモー??君のことか。これは失敬。いるのに気づかなかったよ。君は学年何位なんだい?いずれにせよ、一位ではないわけか、、。失敬、失敬。」
と自己完結するヒデミネくん。じつに本人のいう通り、失敬な男だ。
なにか言い返してやろうと思ったが、何も思い浮かばないうちに、ヒデミネくんは続ける。
「アマハネさん、一つ賭けをしないか?僕が君の横に立つにふさわしい男であるかどうかは、今日の討議で証明してみせよう。僕が勝ったら、ディベート部で僕のパートナーになってほしい。なんなら、ディベート部の外でも僕のパートナーとなっていただいても構わない。あなたは、僕の隣でこそ輝く女性だ。ハシモーだか、何モーだか知らないが、そこの君ではダメだね。」
「え!それは、、。」
とさすがに間に入ろうとする僕をリョーキちゃんは制して、
「上等だわ。万が一にも私たちが負けたら、あなたのパートナーにでも下僕にでもなろうじゃないの!でも覚えておくといいわ、『撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけ』なのよ。その代わり、私たちが勝ったら、、、。」
ここで少し言い淀み、
「あなたは、下僕としても別にいらないわね。そうね、あなたのあだ名を『ヒデモー』にしてあげるわ。『モーが名前のどこにもかかっていないの刑』よ。」
と締めくくった。あだ名にモーがつくのが罰ゲームなのが気になったが、いよいよこの勝負、負けられなくなった。
そのとき、ユウカさんが、「まけへんよ。」とつぶやいたのは、探偵討議部に負けないという意味だったのだろうか、それとも、リョーキちゃんに、だろうか、、。
続々と聴衆が入場し、本日の討論会の議長役としては茶道部部長の和装美人が選ばれた。前方席にはずらりと文科系部長のお歴々たちが並ぶ。その中には、我らが探偵討議部名無しの部長も、リッキーさんもいる。後方の席には探偵討議部の先輩方。デストロイ、ロダン、アロハ、そしてシューリンガン先輩が陣取っている。
「そろそろ出番やね。ハシモー、リョーキちゃん。みんなこの場におるから、伸び伸びと暴れたらいいねん。」
と部長に促され、僕もリョーキちゃんも自分の席に着く。いよいよ、二人だけでの戦いだ、、。
$$
「それでは、本日の討論会を始めます。テーマは、『ディベート部こそがBOXの部室にふさわしい』か否か。では、討論を提案したディベート部の方から、立論をお願いします。」
との議長の言葉で、ヒデミネくんが立ち上がる。
「皆様、本日は討論会へのご参集、ありがとうございます。ディベート部側としては、我々こそが現在探偵討議部の使用している部室の使用権を得るべきだと考えております。それは、我々ディベート部だけではなく、ここにご参集いただいた文科系の部全体のメリットを考えてのことです。そこで、全体の利益が最大になるように、以下にお話しするような計画を立案して参りました。」
そこで、ユウカさんが立ち上がる。ホワイトボードに向かい合って、ヒデミネくんの計画を板書する体制だ。
ヒデミネくんは用意してきた計画書を読み上げる。
「1. ディベート部は探偵討議部を吸収合併する。2. ディベート部部長が新生ディベート部長、探偵討議部長は副部長となる。3. 新生ディベート部のディベートセクションSQUAREにて、探偵討議セクションはBOXにて、今まで通りの活動を再開する。」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
リョーキちゃんは隣で考え込んでる風なので、僕がたまらず立ち上がる。
「今回の討論は、ディベート部がBOXに相応しいかどうかだったはずで、、。」
「その、通りですよ。」
とヒデミネくん。
「新生ディベート部は、あくまで『ディベート部』ですから、そのサブセクションの一つである探偵討議セクションがBOXを使用しても、『ディベート部がBOXを使っている』、ということになります。そのことが、以下のような理由で文科系部全体に大きなメリットをもたらすことになります。」
まずい、これはまずい。僕たちが一週間をかけて準備してきたのは、ディベート部がBOXを使うことのディメリット、探偵討議部がSQUAREに移ることのディメリットであり、相手が主張するであろう部室移動のメリットをこれらディメリットが上回る、という議論であった。探偵討議部の吸収合併を主張してくる、まして現探偵討議部員にBOXの継続利用を認める、なんてことは完全な想定外であり、なんらの反論も準備できていない。こちらの準備してきた部室移動に関する議論のほぼ全てが封じられることになる。
なにより、探偵討議部がBOXをそのまま利用できるなら、ディベート部がわざわざどうして合併を主張するんだ?と、考えてはたと気づく。あくまで、『探偵討議セクションはBOXにて、今まで通りの活動を再開』という記載にとどめてあることに。再開の後、新生ディベート部の新部長がリッキーさんになるならば、ディベートセクションと探偵討議セクションの場所の割り振りなどは『部内のこと』になるのだから、思いのままではないか。あとでなんとでもできる。これは、ディベート部の壮大な意趣返しなのだ。部室を取り換えられた仕返しとして、探偵討議部全体を管轄下におく、という。
チラッと先輩方の方を見る。前方席の部長は少し怒っているような表情で、隣のリッキーさんを睨んでいる。「邪道も邪道」と言われた前回の討論会を「邪道そのもの」の立案で返されたからか。リッキーさんのほうは、それに気づいているのか、いないのか、してやったり感満載の満面の笑みだ。後方席のロダン先輩は心配そうに見ている、デストロイ先輩は苦虫を噛み潰したような顔をしている。驚いたのはアロハ先輩で、漫画から顔を上げて、真剣な顔でこっちをみている。あんな先輩の表情は初めてだ、、。真剣な顔は意外とイケメンなことに気づく。そして、シューリンガン先輩は、、。涼しい顔でパイポをふかしていた。
ヒデミネくんの立論が続く。
「まず、現状分析ですが、第一に、ディベート部と探偵討議部合わせて約25名の現役部員が活動しています。ディベート部員の人数の方が多く、所帯の大きなディベート部が主体となって探偵討議部を吸収合併すべきです。第二に、昨年の実績についてですが、ディベート部は全国大会にて昨年惜しくも全国優勝を逃していますが、、。対する探偵討議部は地方大会の二回戦で「惜しくも」敗退しています。実績を上げるためのメソッドも供与することができますし、実績で上回る部がそうでない方を吸収すべきです。第三に、両者の活動内容及び必要機材は似通っています。双方とも、討論、討議を中心とした部活動であり、ロジックを磨き、議論のスキルを上げることが活動の主眼です。探偵討議部側にも、もちろんディベート部にも優秀な人材があり、、。」
そこでヒデミネくんは、ちらっとリョーキちゃんに目配せをする。
「合併による人材交流は、双方にポジティブな影響を与えることでしょう。」
いけない。呑まれそうだ。彼の立論のどこに穴があるのかわからない。明らかに無理筋の主張なのに、聞いていると隙がないように、合併がまるでいいことのように思えてくる。
「我々のプランは要約すると、『ディベート部は探偵討議部を吸収合併し、新生ディベート部としてBOXの使用権を得る』ということになります。現状分析より、この合併から得られる、文科系部長会全体のメリットは以下の通りです。現在両部に共通して必要な消耗品、書籍、機材などを共用で使用することによるコストカット。両部の人材の交流、適材適所の配置により、大会等でのパフォーマンスの向上。特に、前回全国大会の準優勝まで残ったディベート部においては、組織改革によって次は優勝まで視野に入ってきます。また、現ディベート部の教育、勝利のノウハウを探偵討議部、、合併ののちには『ディベート部の探偵討議セクション』となりますが、、にも、注入することにより、前回惜しくも地方大会二回戦敗退に終わった探偵討議部においても、さらなる成績の向上が期待できます。付随的なメリットとしては、類似する二つの部の連絡、指揮系統が統一されることにより、文科系部長会としても、業務連絡の簡素化が期待できます。私どもの主張の概要は、以上です。議長。」
ヒデヨシコンビは、議長に深々とお辞儀をすると、着席した。文科系部長会の聴衆からは、大胆なプランに感心したような声さえ漏れる。これはまずい状況だ。何がまずいと言って、今に至ってただの一つも反論を思いつかない自分の状態がまずい。説得されかけているのだ。
$$
「以上のようなディベート部の立論でしたが、探偵討議部、疑義、ないし反論がありますか?」
落ち着いた声で茶道部部長がこちらに水を向けるが、焦りだけが募り、言葉がでない。すると、、。
「もちろん、あります。」
頼もしくも立ち上がったのはリョーキちゃんであった。
「まず、立案そのものからです。私たちは、『部室を賭けた討論会』と聞いています。『合併』をテーマとした立案は、討論のトピックから外れていると言わざるを得ません。議長には、このプラン全体を廃棄し、部室の移動のみの議論に専念できるようにご指導をお願いいたします。」
「異議あり。」
とヒデミネくん。
「本計画は、紛れもなく『ディベート部がBOXの部室を使うこと』を含んでおり、トピックを外しているという探偵討議部の指摘は当たりません。繰り返しになりますが、合併後、『新生ディベート部』の『探偵討議セクション』はまぎれもなく BOX の部室を使用するわけですから。つまり、本計画は『ディベート部がBOXを使用する』ことが『文化系部長会全体の利益を最大にする』ために立案されたもので、合併はその手段に過ぎない、ということです。このプランそのもののディメリットを探偵討議部が証明できない限り、我々の計画の採択をお願い致します。」
当然想定していた反論なのであろう。ヒデミネくんはよどみなく答えた。
両者の意見を耳にして、議長は少し考えたが、
「そうね、トピックを大きく外した主張、とまでは言えないかしら。ディベート部の主張を認めます。討論を続けてください。」
と言った。
リョーキちゃんは少し悔しそうな顔をしたが、想定内だったのであろうか。すぐに二の矢を放つ。
「続いて、ですが、『ディベート部部長が新生ディベート部長、探偵討議部長は副部長となる』という点にも疑義があります。これはあまりにも恣意的な項目ではないでしょうか?合併後に新生ディベート部が探偵討議部を操作したい、という意図が透けて見えます。」
この反駁も、当然予想していたように、落ち着き払ってヒデミネくんが立ち上がる。
「マイノリティーである、探偵討議部の皆さんに十分敬意を払って立案したつもりですが、、。別にこの計画は、『新生ディベート部長、副部長は民主的に部員全員の投票で選出される』でよかったのですよ。そうなると、マジョリティーであるディベート部員の影響で、部長、副部長とも、元ディベート部出身、ということになりそうですがね。」
即座にユウカさんが立ち上がり、ホワイトボードの立案第二項目を書き換える。『2. 新生ディベート部長、副部長は民主的に部員全員の投票で選出される』と。この辺りは事前に打ち合わせまでされていたか、というくらい息のあったコンビだ。ヒデヨシコンビ。
これに対し、リョーキちゃんが三たび立ち上がる。立ち上がりざま、僕にそっと耳打ちした。
「ハシモー、私が時間を稼ぐ。じっくり考えて、逆転の芽を探すのよ。良い物語とはひねり出すものではなく、蒸留によって生み出されるものだから。」
立ち上がった淡いブルーのスーツ姿は、まるで倒されても倒されても起き上がる、タフガイのように見えた。
「議長、よろしいでしょうか?」
ここからリョーキちゃんの猛反撃が始まった。
「ディベート部の現状分析、『ディベート部と探偵討議部は活動内容に類似点が多い』にも異議があります。二つの部活動は全く異なるものです。」
「異議あり。」
とヒデミネくん。
「二つの部活動はいずれも討論、討議をメインフォーカスとするもので、本質的に似通っています。ここでこのような公開討論、が成り立つのも、両者の志向性が似ており、アフィニティーが高いことの何よりの傍証と考えます。」
「では、お伺いしますが、ディベート部にはコードネームがありますか?」
とリョーキちゃん。
「コードネーム??それがどうしたというのです。」
ここに来て、初めてと言っていい困惑の様子を見せるヒデミネくん。
「議長、少し議論が本筋からずれるかもしれませんが、コードネームの説明をさせてください。」
「よろしいでしょう。手短にお願いします」
と議長。
リョーキちゃんは続ける。
「パイポ愛用者だからシューリンガン、相手の議論を破壊するからデストロイ、彫刻のような美しい顔と体つきだから、ロダン、アロハを着ているという理由だけで、アロハ。「箸本」という苗字からハシモー、、、は少しダサいけど、私たちは探偵として部からコードネームをもらっています。一人一人が部活動中は探偵である、という自覚を持つためです。」
「申し上げては失礼ですが、子供の遊びみたいですね。コードネームの有無が、部活の本質的な違いを示しているとでも主張するつもりですか?」
とヒデミネくんは冷笑する。
「そう。子供の遊びかもしれません。あなたがたが、政策立案者のママゴトをしているのと同じくらいにはね、、。私のコードネームは、リョーキ。本名はアマハネですが、部活ではリョーキちゃんで通っています。リョーキとは、猟奇。猟奇的のリョーキ。そして、このコードネームこそが、両部の本質的な違いを示しています。猟奇的、とは奇怪で、異常なものを探し求めること。つまり、私たち探偵討議部員は皆探偵として不思議なもの、奇妙なもの、異常なものに惹かれ、その謎を解き明かすスキルを磨くことが部活動の主眼なのです。そのために部員はある時は不思議な謎を提示する出題者になり、ある時はそれを解き明かす探偵になります。『謎』に対する憧れと、畏敬、そしてそれに挑戦する好奇心。これが探偵討議部の本質なのです。ロジックは、あくまで謎に挑むための手段です。私の理解では、ディベートとは、公的な主題に対して異なる立場で議論する、というのが主眼であると考えます。あなたたちの部活動の中に討議、討論はあるかもしれない。ロジックも当然あるでしょう。でも『謎』に対する挑戦はあるの?」
「『謎』に対する挑戦の要素は、どの競技でも探せばあるでしょう。ディベートにおいても、試合の本番まで相手がどのような議論を持ち出してくるかはわからないのです。それだって、『謎』ではないですか。それは探偵討議部にユニークなもの、つまり専売特許ではありませんよ。」
とあくまでヒデミネくんは落ついている。
「専売特許、とは言えないかもしれません。でも、少なくとも、『謎』に対する敬意と、それに対する憧れがあります。それあっての、探偵討議部だわ。探偵討議は、そもそもコナン・ドイルとモーリス・ルブランの書簡交換に端を発しています。それゆえ、部員たちは古今東西の探偵小説や怪異現象に対する深い興味と愛情を持っています。そうした造詣を語り合う日もあります。謎を解き明かすスキルを磨くために、、パズルを解いたりすることもあります。時には部室にあるもので火をおこす訓練までしています。バカみたいに見えるかもしれませんが、どんな状況も切り抜けられるような訓練をしているのです。それは、私たちが『謎』に魅入られた『探偵』だからです。あなた方の部にはそういう活動はあって?」
食いさがるリョーキちゃん。
「そうですね。それはないかもしれません。火はライターがあればつきますし、歴史の話をするならば、ディベートは古代ギリシャまで遡れますけどね、、。だからこそ言っているではないですか。合併後は『探偵討議セクション』として、心ゆくまで『謎』と戯れていただけるようにわざわざ配慮してあるわけです。今までと環境も人員も変えずに。あなたがたの活動を否定しているわけではありませんよ。」
とあくまでヒデミネくんは鷹揚に構えるのだった。
$$
そうなのだ。「3. 新生ディベート部のディベートセクションSQUAREにて、探偵討議セクションはBOXにて、今まで通りの活動を再開する」という項目が曲者なのだ。
この項目がある限り、どんなに探偵討議部がディベート部と異なることを主張しても、「それは大切なことだと理解していますから、今まで通りの活動をすればいいのです。そう記載してあるではないですか。」という一言で躱されてしまうのだ。そんなことはリョーキちゃんにだって判っている。リョーキちゃんの放つ矢は、このトリッキーで、まるで空間を歪めるかのような項目のため、決して相手の築いた論理の牙城の中心を穿つことはない。躱される。それが判っていても、リョーキちゃんは止まらない、ひき下がらない。今日のリョーキちゃんはハードボイルドだ。
「いくら違いを強調しても、仮に我々がそれを認めたとしても、『ロジック』を使って競技するという点は変わらない。あなたがたの好きな『謎』と言ったって、オカルトそのものではなくロジックの産物でしょうに。その共通点がある限り、、『ロジック』や『討議、討論』が共通している以上、二つの部を統合したとしても大きな支障がでるとは思えません。ノープロブレムです。」
ヒデミネくんは締めくくる。リョーキちゃんは劣勢だが、同じ主張を譲らずに続ける。
「効率がいいから、業績が上がるから、だから統合すべきという主張は受け入れられません、、。私たちの部を、謎を、探偵小説を愛する思いまではあなたがたとは統合できません。私の今日の服装はフィリップ・マーロウ。不屈の私立探偵。その名前のもつ意味さえ、あなたにはわからないでしょう?私は、私たちの部を、その自由で独立した今まで通りの活動を絶対に守り抜く、という決意で今、ここに立っているの。」
もはやこれはロジックではない。反駁にもなっていない。単純に、探偵討議部を愛するリョーキちゃんの思いそのものだ。残念だが僕にも、フィリップ・マーロウはわからないのだが、その思いだけは痛いほどわかる。
「議長、同じ議論の繰り返しになっています。我々の提示した合併後のメリットについて、彼らがなんらの反駁も加えられずにいることをご記銘ください。だから申し上げているではないですか。部が統合しても、今までと同じ活動を保障します。あなたがたの大切にしているものを蔑ろにしているわけではありません。フィリップ・マーロウでも、フィリップ・コリンズでも名前がわかる方々で大事にされたらいいのです。そのためにわざわざこのような項目が設けてあるのです、、、。」
ヒデミネくんの反論が聞こえる。少しうんざりした口調になっている。このロジックがわからないのか、と言いたげだ。
こんな言葉で煙に巻かれて、探偵討議部はその器を奪われるのか。リョーキちゃんは彼のパートナーになってしまうのか。
僕は、、僕は今日何をしただろう?「僕にもたったひとつ、信じられるものがある」とかかっこよさげな決まり文句は作ったが、自分が信じていた準備が役に立たないと判った瞬間に、僕の自信は崩れ去り、反論の言葉さえ失ってしまった。こんな僕を信じてリョーキちゃんは自分でも敗色濃厚と判っている議論に臨んでいるというのに。僕の「信じられるもの」とはこんなものだったのだろうか?
僕の信じられるもの、、それは本当に「準備」だったのだろうか。毎日僕たちに付き合って、議論のイロハを叩き込んでくれたデストロイ先輩、褒めて伸ばそうと笑顔を絶やさないロダン先輩。そっとたこ焼きを差し入れてくれたアロハ先輩もそうだ。そういえばアロハ先輩はグラサンで、「僕の活躍する姿が見えた」と言ってくれた。その予見が正しい、と証明することもなく探偵討議部は吸収されてしまうのだろうか。そして、リョーキちゃん。今も僕を信じて食い下がってくれているリョーキちゃん。こういう僕を囲んでくれる先輩、仲間こそが僕が信じられるものではなかったか、、。リョーキちゃんの繰り返しの主張で、「二つの部活は本質的には違うものだ」という認識はほぼ通りかけている。あとは、なにか第3の項目によって生まれた空間の歪みを正す言葉さえ思いつけたら、、。この討論の中で、「信じられるもの」とは、、。
あ、忘れてた。シューリンガン先輩!シューリンガン先輩はなんといってたっけ、、。ええと、ええと。「バドミントンとセパタクローは違う」あれ、少し違うな。「茶道と花道は似ている」日本の伝統という意味では似ているかも、、。なんでわざわざ「似ているけど、違う」っていう話をしたんだろ。「みんな違って、みんないい。」とか、、。そして、「相手を叩きのめすことが目的でない。会場の空気を味方につけろ」。これはリョーキちゃんが半分はやってくれているよな。会場の空気が、リョーキちゃんの謎や探偵討議部に対する思いに同情してくれてはいるんだ。リョーキちゃんの言葉は相手の議論を崩せなくても、聴衆は少しずつ動かしている。ここでなにかあとひとつ、、。「信じられるもの」、、。
思考が巡る。頭がぼんやりする。強烈に鼻血がでそうな予感に襲われる。ハナヂデル、ハナヂデル、、。そして周囲の全てが僕の意識の中になだれ込む。隣にリョーキちゃんが立っている。誇り高く立っている。その目の光はまだ消えていない。ヒデミネくんの勝ち誇ったような顔。無表情なユウカさん。部長の怒ったような顔、リッキーさんの満面の笑み。ロダン先輩の心配そうな顔、デストロイ先輩の苦い顔、アロハ先輩の真剣な顔。そして、シューリンガン先輩の、、。
あれ?先輩は自信に満ちた瞳に口元を歪めたような笑みを浮かべている。そう、それはまるで「今だ、行け!」という顔、、。右手には猛烈な勢いでパイポが回転している。回転、回転、、僕の中の天地がひっくり返る、、。
リョーキちゃんの左手を掴み、座らせる。
「なにをするの?ハシモー?まだ負けてないわよ。」
「もういいんだ、リョーキちゃん。」
「もういい?あなたなにを言ってるの!?」
「もういいんだ、整ったから。」
「!?」
「議長、よろしいですか?」僕は挙手して立ち上がる。
$$
「もう時間がギリギリなの、、。論点を増やすならこれを最後にしてね。発言を許可します。」
議長の許可を得て、僕は先程来頭の中を巡っている思考を、言葉にする。
「ディベート部の立案に対する対案を出します。1. ディベート部は討議、討論を主眼とする部として探偵討議部と合併。2. 茶道部は、日本の伝統を重んじることを主眼とする部として花道部と合併。」
ここで明らかに茶道部部長である議長のいままで落ち着いていた表情が「なにいってんの、このガキ」と言いたげに変わる。想定内だ。僕は構わず続ける。
「3. 映像研究会は、映像の面白さと可能性を追求する部として写真部と合併。4. コーラス部は、音楽の楽しさ、美しさを主眼とするものとして軽音部と合併。5. 新聞部は、メディアと報道、広報に対する興味を主眼とするものとして広告研と合併。6. 囲碁部は、日本に昔からあるゲームに習熟することを主眼とするものとして将棋部と合併。7. その他、何か共通するものを主眼としている部についても今後極力精査し、合併の方向へ持っていく。」
会場の空気が一挙に変わる。今まで同情的だった部長たちも、議長と同じく「なにいってんだこのガキ」目線に変わるのがわかる。だが、僕は気にしない。
「以上の合併した部は、ディベート部の立案に従って、民主的に部員による投票によって部長と副部長を決定する。部室については、それぞれがサブセクションとして、今使っているものをそのまま使用する。これら対案から得られるメリットは、共通する機材、書籍、消耗品などの節約に対するコストカットと、部員の交流によるパフォーマンスの向上!指揮系統の整理による効率化!その波及効果は彼らの立案の少なくとも数倍となることは自明。彼らが今まで積み上げ得たロジックをそのまま適用してください。」
「な、、なにを言ってるんだ?頭でもおかしくなったか?そもそも対案になっていないし、花道部と茶道部なんか、全然違うものだろう!囲碁と将棋も!」
とさすがにこの不意打ちにはヒデミネくんも多少うろたえて見える。
僕は薄く笑って答える。
「そうだよ。全然違う。違うけど、『日本の伝統の追求』を主眼という意味では共通だ。君たちのロジックなら、そういう大切なものが共通してるなら大きな支障はでないのだろう?愛でるものが花であれ、茶であれ。なんなら、茶道、花道、囲碁、将棋、4つで合併してみるか?伝統を追求していることには変わりないのだから。僕は、君たちの作り上げた議論を否定しているのではない。むしろ、君たちが主張するところの「メリット」を文科系部全体に広げるとしたら、こんな方法があるよ、と言いたいだけだ。やるならここまでやったらいかがですか?ということだよ。」
僕は議長に対して話しかける。
「議長。いや、茶道部部長。無論、これは無理筋の議論です。ですが、同じ無理筋の議論に僕らだけではなく、危うくあなたも、聴衆のみなさんも巻き込まれ、説得されるところだった。こうして、あなた方の部にも同じことが起きる可能性を提示されなければ、ロジックと効率だけで判断させられていたはずです。探偵討議部とディベート部が全く異なるものであることは、リョーキ、、アマハネさんの熱弁でみなさんもご理解いただいたはずです。ディベート部でさえ二つの部に違いがあることは半ば以上認めている。それぞれの部に、それぞれ思い入れを持った部員たちがいて、日夜部活動をしているのです。そのことはアマハネさんの熱弁を聞くまでもなく、皆さんもよくご存知のはずです。それでも、「いくつかの共通点で強引にくくる」、ということが文科系部長の多数決で許されるならば!そのような暴挙が許されるならば、、。別の機会に、同じ問題提起が今後、皆さんの大切な部にも起こる可能性がある、ということを肝に命じていただきたい。果たして文科系部長会はそのような前例を作ってもよろしいのでしょうか?それこそが、文科系部長会にとって、ディベート部のプランの最大の欠点、『ディスアドバンテージ』です。」
シューリンガン先輩のアドバイス、「会場の空気を味方につけろ」そのためには、一度聴衆の鼻先に探偵討議部が置かれている苦境と同じものを突きつけて、「会場の空気を敵に回す」必要があった。一度緊張させてから、弛緩させることが、、。そう、これはディベートの試合ではない。どちらのロジックが通ったかは実は関係ないのだ。聴衆はディベーターではないのだから。探偵討議の探偵側に大切なのは、プリサイスネス、ロジック、そしてインプレッション。僕は最初からディベート部のロジックの土俵に乗りすぎていた。ロジックで勝てなくてもいいのだ。聴衆の心を動かすことさえできれば。恐らく、リョーキちゃんはそのことに気づいていた。気づいていたからインプレッションの杭を一本一本、打ち込む作業に専念していたのだ。たとえロジックで遅れをとったとしても、、。最初からインプレッションで勝ちに行く、が正解だった。
ヒデミネくんの方に向き直る。
「君の負けだよ、ヒデミネくん。君の立案の持つメリットはもしかしたら事実かもしれない。両方の部に確かに存在している一人一人の部員の思いを無視しさえすればね、、。外からみると似た活動をしている部であれ、中に入れば各々ワンアンドオンリーの矜持をもって、競技、活動に臨んでいるんだ。君はロジックでは勝ったかもしれないが、この勝負にはもう勝ち目はない。この討論会で、『たった一つ信じられるもの』があるとすれば、、、。それは、リョ、、アマハネさんの探偵討議にかける思いだけなのだから。君のディベートに対する愛のほうは、残念だがこの討論会では感じられなかった、、。君は率直に、アマハネさんを仲間に迎え入れて、素晴らしいディベートをする楽しみを、交流の素晴らしさこそを、もっと自分の言葉で語るべきだったのかも知れないな、、。残念だが、議長がいうように、もう時間がない。今からディベート愛を語っても、それは、、ニューアーギュメント、、。アンコート。」
最後の方は、自分でも何を言っているかわからなかったが、ディベートについて勉強してきた用語を自分なりにちりばめた。
「な、何を勝手に自己完結してやがるんだ!アンコートの使い方も間違えやがって!」
ヒデミネくんは立ち上がり、なおも反論しようとしたが、、。隣のユウカさんによって、引き止められた。
「わたしたちの、まけやん、、。ヒデミネくん。」
僕の意識は途切れ始める。鼻血が吹き出ているのがわかる。崩れ落ちる僕を支えようとして、リョーキちゃんが立ち上がる。僕に肩を貸したリョーキちゃんがヒデミネくんに向かって、「あンた、背中が煤けてるぜ!」というのを聞いたのが、最後だった、、。
$$
医務室のベッドで目覚めると、リョーキちゃんの顔が見えた。心配そうに覗き込んでいる、、。僕の両鼻にはこれでもかと布が詰め込んであり、息苦しい。
「は、ひょーひひゃん。ほめん、、。ほーほんかいは?(あ、リョーキちゃん、ごめん、、。討論会は?)」
「討論会は私たちの勝ちよ。ハシモーが倒れて、そのまま幕引きになってしまったけれど、その後の部長会議で正式にディベート部、探偵討議部ともに現状のまま活動を続けることが承認されたわ。看板も、戻った。」
「ほうは、ひょはっは、、。(そうか、よかった、、。)」
僕はまだぼんやりしている。先ほどのことが夢の中で起きたことのようだ。
リョーキちゃんは優しい声でいう。
「ハシモー、ありがとう。最後の一押しが効いたのよ。素晴らしかったわ。予想をはるかに超えた『蒸留』だった。」
考えてみれば、リョーキちゃんに褒めてもらうのは初めてだ。とても、うれしい、うれしいけれども、、。
鼻血は止まったようだ。息苦しいから鼻に詰まっていた布をとる。なんだか真っ赤になっている。やたらに大きな布が入っていることに驚く。
「いや、やはりリョーキちゃんなんだ。リョーキちゃんがあそこまで違いを、探偵討議部への思いを主張し続けてくれたから、、。聴衆の心は、動きはじめた。僕の考えもそれで整った。それに、デストロイ先輩、ロダン先輩、アロハ先輩、そして、シューリンガン先輩のアドバイス、、。僕の力ではないよ。」
「あなたには物を観察して、まとめる力があるのよ。観察している間の存在感は限りなくゼロに近いけれど、、ね。それくらいのこと、私が気づかないとでも思ってるの?それと、シューリンガン先輩ねえ、、。私、気づいたことあったの。」
とリョーキちゃんは言う。
「気づいたことって?」
「私たち、謎に対する食いつきが足りなかったのよ。なぜアメフト部に?と聞いた時、先輩は『体を鍛える必要を感じてね』と言った。でも、私たちはそこで、『なぜ、アメフト部でないといけなかったのか?』とさらに聞くべきだったのよ。体を鍛えるのは、他の部でもできるのだから。」
「?」
「アメフト部にしかないものって、なに?アメフトでは、ヘルメットを被るでしょう?顔をあんまり見られずにSQUAREを歩けるというわけ。あそこには体育会系の部室があるのだから。シューリンガン先輩は『要注意人物』として顔が割れているから、ヘルメットのまま4階のディベート部室の辺りをうろうろしていたに違いないわ。文科系部員は、体育会系の部員に、とくにアメフトなんかをやっている人には苦手意識があるから、、。見咎められたりすることもあまりなかったのでしょうね。」
「なるほど、、、。それで、なんらかの不穏な動き、特殊な立案を嗅ぎつけて、アドバイスをくれたわけか。かなり迂遠なアドバイスだったけどなあ、、。」
「彼なりにヴァイオレイシオオンにならない程度のアドバイスをしたつもりだったのでしょうね。それで十分、とハシモーのことを信じていたのかも。いずれにせよ、映画版のシューリンガン先輩も後輩には甘くて、どうも人は殺してないわねえ、、。がっかりだわ。」
それだけいうと、リョーキちゃんは可愛い笑顔を見せた。口ではそう言っているが、リョーキちゃんはシューリンガン先輩の話をしているときとても嬉しそうで、少しだけ、悔しかった。
「先輩には勝てないなあ、、。」
僕はようやくそれだけを絞り出した。
$$
気分がずいぶん良くなってきたので、リョーキちゃんと共に、部室に戻る。「探偵討議部」の毛筆で書いた看板が、そこにある。ここに戻ってこれた、という安心感に似た感慨が生まれる。
部室のドアを開けると、先輩方が一斉にこっちに振り向く。漫画から顔を上げないアロハ先輩を除いて。
「あ、凱旋将軍がきたね。本当にすごい討論だったよーーー。二人ともがんばったねえ。まあ、まあ、奥に入って、、。コーラででも、乾杯しようよ!」
満面の笑みで戸口まで出迎えてくれたのは、ロダン先輩だ。日の丸でも振りそうな勢いだ。
「ギムレットには早すぎますね。」
とリョーキちゃん。いまひとつ、何を言ってるのかわからない。
「もう体のほうは大丈夫なん?」
心配そうに歩み寄ってきてくれたのは部長。
「ええ、なんだかお騒がせしました。」
鼻血を振りまいて倒れた自分の姿を想像するだけで恥ずかしい、、。
「やっぱし、体にも心にもかなりの負担がかかったんやろねえ、、。すまんかったねえ、、リッキーのやつ、あんな『びっくりプラン』を持ち出してくるとは少しも思わんかったから、、。やたらに正々堂々とかいうてくるなあ、とは思ったんやけどね、、。邪道でとられたものは、邪道でとりかえすつもりやったんかな、、。ほんとに食えないやつやわ。やっぱ、粘着質、ってことなんかねえ。悪い子ではないんやけれど、、。ごめんやで。」
ほんとうに申し訳なさそうな顔で手を合わせている。
「ハシモーくんが倒れた時、最前列から飛び出して、手を貸してくれたのもまたリッキーやったからね、、。胸のハンカチを割いて応急処置に使ってくれたし、、。」
なんと!鼻に詰まっていたのは血染めの布かと思っていたが、リッキーさんの胸から覗いていた『血イ』だったのか、、。後でお礼は言わなければ、、。
「『グッドディベイト!ヴェリインプレッシブ!』とかいうて褒めてたよ。『頭でっかちになりがちのうちの一回生に、人を説得するとはどうやるのかを教えてもらいました。グッド、プラ、プラ、プラクティス!またやりましょう』、とかニコニコしていうてた。舌はまわってへんかったけどね。」
そうか。「ヒデヨシコンビ」にしたって、同じ一回生なんだ。大学入学したばかり。これから色々な事を学ぶ、という点では同じ立場だ。ただし、リッキーさんには悪いが、もう二度と、こんな経験はしたくない。
「ほんまに、ありがとうね、部室を守ってくれて、、。すごい子—らや。」
こんな美人に頭を下げられて、悪い気はしない。こんなの、生まれて初めてかもしれない、、。顔が火照っているのを感じる。
「よかったじゃん、ハシモー。ハナヂ甲斐があったね!ウリウリウリ。」
リョーキちゃんが横からいらない茶々をいれてくる。
「インプレッションの締めに鼻血をもってくるとは、予想以上だったな。」
とデストロイ先輩。先輩には悪いが、わざわざもってきたわけではなく、自然に放出されただけだ。
「最後の演説もよかったぞ。聞いてて自然に腰が動いた。すごいバイブスだったぜ。」
これは先輩としては最高の褒め言葉だ。ありがたく受け取っておく。
「いやー。あのスプラッターにはほんとにテンションあがりましたー!さすがのヒデモーも青い顔してましたし!」
リョーキちゃん、もうヒデモー呼ばわりしているのか。
「ま、まさに鮮烈な出ブーやったな。」
漫画から顔もあげずにうまいこというのはアロハ先輩。爆笑するリョーキちゃん。鼻血をこれ以上は引っ張らないでほしい、、。だが、最初の印象とほんとに一番変わったのはこの先輩かもしれない。たこ焼きの力は偉大だ。
「いや、本当に先輩方みなさんのおかげなんです。あと、リョーキちゃんと。」
「鼻血の練習はさせてないぜ。」
先ほどからまるで鼻血で勝ったかのような物言いのデストロイ先輩。
「させてないぜ。」
とリョーキちゃんがそれに続く。だが、僕は改めて言い直す。
「先輩方のおかげです。探偵討議の歴史も、叩き込んでいただいたロジックも、インプレッションを磨くことも、タコ焼きも。一週間にやったことで、無駄なものは一つもありませんでした。(ダンス以外には、と口から出かけたが、言わなかった。)それから、、シューリンガン先輩の最後のアドバイスも、、。」
横でリョーキちゃんが「うんうん」と頷いている。
「他の連中はともかく、僕は本当に何もしていない。と、いうより、今回は、『僕は何もしない』というのが正解だったんだ。部長が一番初めにした判断の通りだ。この勝利は、実は邪道に対して正論を通した君たちの『ロジックを超えたひたむきさ』がもたらしたものだ。最後の最後でハシモーくんから、僕が普段『毒皿』と呼んでいる詭弁テクニックが飛び出したけどね、、。それさえも、正論を通すための方便のようなものだった。ディベート的なルールに縛られない限り、本当は正論をまっすぐに、聴衆の心まで届くように訴えることが一番強いのだよ。リョーキちゃんがそこに早々に気づき、貫いたように。邪道に対して、それを上回る邪道で論破する、などということは、、、。」
シューリンガン先輩はそこで一旦言葉を切り、「僕みたいなひねくれ者のすることだ。」と締めくくった。
ザ・ひねくれ者らしい謙遜の仕方で、それでもシューリンガン先輩は本当に嬉しげに笑った。
「ひねくれ者といえば、いつまでも、『禁煙が嫌だから部室を取替えに行った』で通してるのもどうかとは思うけどねえ、、。」
とロダン先輩が気になる事を口にする。が、シューリンガン先輩はそれには取り合わずさりげなく話題を変える。
部長の方に目をやると、
「部長、一回生が見事勝利を手にして凱旋したわけだから、そろそろいいのではないですか?」
とウインクした。
「賛成だ。」
とデストロイ先輩。
「いいって、何のこと?」
部長はすこしドギマギしているように見える。挙動不審だ。
「またまたあーー。わかっていらっしゃるでしょう?」
とロダン先輩。なんのことだろう?
「ぶ、部長から直々にお、お言葉や!心して聞くんやな。」
アロハ先輩の一言で観念したのか、部長は真っ赤に照れた様子で、、
「探偵討議部部長、ヤマダ・ハナコ。コードネームはブチョー。私の持ってる能力は、、。いい後輩に恵まれることかもしれんね。以後、宜しくね。」
とだけ言った。
どうも、この間から自己紹介できていなかった事をずっと気にしていたらしい。名前が当たり前すぎて、イメージとも合わないというので、なかなか人に名前を言わないんだそうだ。綺麗でいい名前だと思うんだけどな、、。コードネームが「ブチョー」なら、みんな「部長」としか呼ばないはずだ、、。それにしても、確かに部長に最も必要な能力とは、後輩に恵まれ、その後輩を信じる力なのかも知れない。シューリンガン先輩の動きを気にする様子もなかったのも、その能力ゆえなのだろう、、。
「これで探偵討議部本来の部活動に邁進できますね。まずは、春の新人戦ですか、、。」
シューリンガン先輩が心地よさげにパイポを吸いながら呟いた。
僕たちのほんとうの戦いは、これからだ。 (第1章 了)
読んでいただけるだけで、丸儲けです。