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健康データベースを作りたい<システム設計編>(構想vol.3)

あらすじ

多種多様な健康法を載せることにより、迷ってしまうのではないか?という疑念に対しての回答としてむしろ多すぎる情報によって、概念の破壊の必要性を論じた。

さて、今回はこのデータベースをどのような設計をすべきかという点だ。データベースには以下の要件を満たす必要がある。

  1. 健康についてのデータが揃っていること

  2. 元となった文献を参考にしやすいこと

  3. 情報の信用レベルがわかりやすいこと

  4. 健康法の相似性、相関性、グループ分けがなされていること

  5. 決して身体やヘルスに関係することではなく、「健康(いわゆるウェルビーイング)に関係すること」であれば問わないこと

  6. 各健康法に偏見を持たないこと

  7. ユーザーフレンドリーであること

それぞれに関して、要件の詳細を考えていく。

1. 健康についてのデータが揃っていること

データベースというのだから、膨大なデータ量が必要になる。「有用」と言われているデータを、ひとつひとつではなく大量に羅列されている必要がある。

2. 元となった文献を参考にしやすいこと

このデータベースは新たに健康を研究するのではなく、あるものを丁寧にまとめていくことが重要だ。そのためどの文献を参考にしたのか、またその文献はどの論文から導き出されたものなのかといったトレーサビリティを高める必要がある。健康業界の怠慢な点のひとつは、「証明されています」の信用度がとても低くなってしまったことだ。なんとも雑な検証が多くなってしまったせいで信用の治安が悪くなってしまった。そのためにもともとのデータにたどり着くための仕組みを作る必要がある。

3. 情報の信用レベルがわかりやすいこと

先述の通り、情報のレベルは重要だ。しかし論文があればいいというわけでもない。論文の質や実験方法によっても信用のレベルが高い。また、逆に論文だけでは判断できない例もある。例えば東洋医学は検証されているのはここ20年ほどで、その前は臨床的な結果、しかもデータの蓄積方法も十分ではなかった。これは現代科学的には十分な検証がされているとは言い難いが、ひとつの医療として確立している。これは全く信用できないわけではない。というより、信用の出どころが違うわけだ。歴史が信用を担保している例になる。他にも、心理的なものであったりするとこのような科学的データはむしろ枷になってしまう。その点も加味した上での信用レベルという評価軸を構築しなければならない。

4. 健康法の相似性、相関性、グループ分けがなされていること

多くの健康法を集める上で、必ず似たもののグループが形成されるはずだ。その共通項をわかりやすい軸でまとめる必要がある。なぜならばエビデンスベースで健康法を評価すると系統の判別がつきにくく、むしろ判別しにくいからだ。そもそもエビデンスの生まれ方が西洋医学なのか東洋医学なのか医学史なのかローカルなのかなどなど、バラバラになっている。単純に横並びで比較することは難しいため、横並びにするための材料を整理する必要がある。

5. 決して身体やヘルスに関係することではなく、「健康(いわゆるウェルビーイング)に関係すること」であれば問わないこと

健康というと身体やヘルスなどに囚われてしまうが、決してそれだけで健康は構築されない。そのためさまざまな健康に関することのデータも含めないといけない。もちろん最初は優先度は低いかもしれないが、思想として持っておく必要がある。

6. 各健康法に偏見を持たないこと

これはとても難しい。できるだけ中立であるべきだと思っていても、人が管理する上でこの点は解決できない問題であろう。先ほどのエビデンスの話だと、「エビデンスベースだ」という偏見がある。特段何かを批判することが目的ではない。ただ、単純に情報があるだけでは混乱してしまう。そのために整然とデータを並べる必要がある。ここは決して一人ではできないし、常に批判される箇所だと思う。

7. ユーザーフレンドリーであること

間違ってはいけないのが、このデータベースの最終目的は「健康に迷う人がいなくなるにすること」である。よって健康情報を求めてきた人が、健康になるというとてもシンプルな目的を達成する必要がある。

私は世間に出ている健康情報が全く健康に寄与していないとは考えない。ある人には有益で、ある人には枷になる構造があることが問題だと考えている。よってこの有益な点を引き出す必要がある。
そのためにはデータを、有効に提示する必要がある。健康になりたいという要望は、どのような方法によって実現するのか。それはその人の生活レベル、求めている健康像、そして何を信じているのか、こういった要因を考慮して健康情報を供与しなければいけない。SNSがたびたび虚栄心を煽り、不健康の一因となるのはただ単に膨大なデータを供与しているからだ。

まとめ

これらの要件を同時に満たすことはおそらくできない。まずはひとつひとつ健康情報を載せ、アクセスできるようにし、その後既存の健康業界、例えばパーソナルトレーナーとのアドバイスの組み合わせ、もしくはChatGPTとの組み合わせをしていくべきだろう。

次回は、そろそろ既存の健康手法の紹介、もしくは分類の話になっていくと思う。

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