1.6 ひとり葛藤中
カナメ曰く、とりあえず日本にしばらく住んで、それからマレーシアのリタイアメントビザを取得し、日本、マレーシア、そしてその他の国々を自由に行き来する、そう、グローバルノマドの様な生活ができればいいな、と言っていたのはウソではない、らしい。
カナメの脳内では「グローバルノマドまたは海外長期生活を続けるなら、国内の住居にはお金をかけたくない、つまり実家に住むことは決定事項」らしい。
そう言われれば、それは実に合理的な考えの様にも思える。
が、しかし。
カナメはかなり勘違いをしているのだが、実家に住むのはタダではない。酸素吸ってるだけでもかかってくる維持コストが、半端ではないのであーる。現時点では、家の所有者である義母がすべてを負担してくれているから「無料で住める」気になっているのかもしれないが、全くもって無料ではなーい。ちなみに義母は別のところに住んでいるため、実家といっても無人になって久しいのである。
実家は、敷地面積で言えばかなり狭いが、6階建てのビルになっている。かつては複数のテナントが入り不動産収入もあったが、今はほぼ廃墟と化している。海外にいる時も、時々「外壁が落ちそうだから修理しろ」とクレームが入って修理の手配をしたり、「入り口にゴミが散乱して放火でもされたら大変だから清掃業者さんにお願いしなきゃ」というような細々としたトラブルがあった。
6階建なのでエレベーターが設置されているのであるが、その「エレベーターの保守管理費」が月額35,000円ほどかかっている。しかも数年前にそのモデルが廃盤になったそうで、今後、故障してパーツに在庫がない場合には修理が不可能になってしまうので、そのためにエレベーター本体を、そろそろ交換した方がいいとメーカーさんから丁寧な説明を受けている状態だ。
エレベーターの交換代.......ざっくり言うと、最低限のシステム交換だけなら400万円、筐体すべてを交換すると1,000万円かかるらしい。
うそやーん。
大都会の一等地のビルならいざ知らず、駅前からすでに寂れて商店街もシャッター街になって久しいこの町の、これまた築40年ほどになる、管理が全く行き届いてないビルに、新たに1,000万円投入してペイするわけがないことくらい、Fラン私大卒の私でもわかるがな。
それ以外にも、固定資産税、全く動かしていないエレベーターの待機電流だけでも相当な電気代がかかっており、過去にはエレベーターの修理、定期的なビルの清掃や美装、外壁や水道管の修理など、維持費用も相当かかっている。これらの維持費をざっくり月額に直すと8万円弱かかっている。「それなら地方都市の築浅2LDKマンションを賃貸で借りたらいいのに」という気持ちがムクムク湧き上がってくるのである。
要するに、この土地のこの物件に、さらにお金をかけるメリットがよくわからないし、かつ、長く住むのならばエレベーターの一部にしろ全部にしろ、交換は必至で、そこそこまとまった金額が出て行ってしまうため、私の中でかなりの葛藤がうずまいているのである。
しかし。
一度、その葛藤をカナメに吐露したことがあったのだが、すでに彼の中では決定事項であるため、それに難癖つける私に心底腹が立ったみたいで、まったく話し合いにならないのである。ここでお互い譲り合わずにいると、まずいことになるということだけは分かった。ああ熟年離婚ってこういう経緯をたどるのだな、と妙に納得したりもした。
熟年離婚したくないけど、田舎に一生住むことも、田舎の物件にお金をかけて住むのもいやだなぁ、と思っているときに、新たな問題が発生してしまったのである。
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