2.0 実家の片付け問題
リノベとは関係ないが、今回住むことになった場所は、カナメの実家が保有する小さいビルのワンフロア。築40年弱になる6階建の5階と6階部分が居住空間になっており、1階から4階までは、かつてはテナントが入っていた。バブルの頃には相当な不動産収入があったようで、十余年前に義父が亡くなった時にはローンはキレイに完済されていた。しかし次第にテナントフロアに空き家が目立つようになり、田舎の少子高齢化と人口減少は止まらず、テナント収入は期待できない状況にある。
残された義母に経済的な問題はなかったのだが、とにかくビルの補修を自分でやっていたり、仕事関係で色々な備品を持ち帰っていた義父が残したモノの量は想像を絶するほどだった。義父の友人の方(実は今回のリノベでお世話になった工務店のミズキさん)経由で解体業者さんにお願いして、父の私物以外の、義母が絶対使わないであろうモノを一気に廃棄して頂いた。大型トラックに無造作に運び込まれる大量のモノを見ていると、「そんなものがどこに隠れていたの?」というほどの量であった。屋上にも倉庫があり、そこに有毒な薬品類もあり、補修材の予備が大量にあった。
廃棄するにも無条件でというわけにはいかず、取り敢えず義母と一緒に、これは残すもの、これは廃棄するもの、と分別するのが一苦労であった。なんでも残そうとする義母を説得しつつ、本人がどうしてもというものは、もちろん残しておいた。だが、まだ使えるという理由で保管されていて二度と使われないであろうもの(古くて大量に残された使い古しのストッキングの束など)は、義母に隠れてごっそり廃棄したりということを続けていた。これはかなり精神的に堪えるもので、「私って鬼嫁では?」という思いと「残された義母が一人で管理できる分量にしておかないと、逆に義母が困る!」という大義との間で葛藤したものだ。
その時の経験は、トラウマの様に、私のその後の人生に影響を与えた。
敷地面積ではそれほど大きくないビルであるが、6階建のビルのすべてを倉庫として使える状況においては、自分の持ち物を取捨選択して捨てたり、整理整頓しておこうというモチベーションなど保てるわけがない。誰に迷惑かけているわけでもなく、自分の稼いだお金で購入したモノが増えることが、それほど悪いことではないし、戦前生まれの義父母にとっては、モノを大切に扱い、まだ使えるものを捨てずにとっておいて再利用しようとするのは善以外のなにものでもない。
でも残された方は、本当に本当にキツイのだ。彼らの残したモノの整理を、なぜ私がやらないといけないのか、と思ってしまうのだ。
自分たちには自分たちの生活があるし、時間も経済的な余裕もなく、できれば仕事も休みたくないと思っている世代にとって、親の残したものを整理するための時間とエネルギーを捻出すること、それ自体が相当なストレスだった。
当時の私はフリーランスだったので、仕事を休むことに問題はなかったが、もちろん私の収入は途絶える。カナメは会社員だから時間の捻出は難しく、私がやるしかなかったのだが、悶々としなかったと言えばウソになる。
モノは多くない方がいい。必要のないものは捨てておいた方がいい。
もうこんな片付けは二度とやりたくないとも思った。自分たちがモノを残すと子供たちが困るなぁ、と心の底から思うようになった。それから「まだ使えるモノを捨てること」に罪悪感が消えたように思う。
そして、今回はその「2回目」である。
義父が亡くなってすでに13年が過ぎたので、前回全く手をつけていなかった義父の身の回り品の処分と、別所に住む義母の持ち物のうち、今後使わないと思われるもの、カビやシミがついていて使えないものを中心に片付けを行うことにした。それと同時に私たちが住む予定の5階部分の押入れや、複数の洋服ダンス、和ダンス、本棚や机などを一旦退避させるついでに、中に入っているものも大掛かりに整理することにした。その中にはカナメが幼少期から大学進学時に実家を離れるまでに使っていたほとんどのものも、そのまま残されていた。
今回の片付け作業は前回とは別の意味で大変な作業だった。前回は「誰が見ても明らかに不要なもの」「義母の生活に必要のないもの」を捨てるというわかりやすい指針があったため、私物の多くは廃棄ではなく別のフロアに移動させるだけで良かった。その時に義母にとって不要なものは、物理的にまとまった場所におかれていたので、「このエリアのものをすべて撤去してください」という指示を出すだけで、ざっくりと作業を進めることができた。が、今回は違う。
義父の残したものすべて、義母のもので、かつ汚れていて使えないものを分別し、かつ「親族であったカナメが手元においておこうと思うものを残す」という「判断」が必要になるため、非常に時間がかかる作業であった。だから今まで手をつけることができなかったのである。
カナメがアーリーリタイアメントをした後にどこに住むかを考えたときに、とりあえず実家に戻って実家の整理をしたいと言ったのは、長い間そのことが気になっていたからだそうだ。ずっと脳裏に宿題のように残されたそれを、キチンと納得のいく形でミッションコンプしない限りは、自分の第二の人生をスタートさせることができない、そう思っていたようだ。
そしてその時が来たわけだ。
前回の経験があるので、その作業は一週間程度で終わるのではないかと考えていたが、完全に甘い考えだった。
長い間、誰も住んでいなかった家というのは、ここまで色々と老朽化が進むのだと思い知らされた。トイレの水が漏れる、温水が出ない、洗濯機に給水ができない、壁はカビが生え、天井からは水漏れがしていた。屋上の給水タンクは長年清掃もしていなかったので、とてもじゃないが飲めそうにもない。浄水器をつけていたが、フィルターも10年以上交換していない。冷蔵庫にはモノが入ったままで、なぜかカビとサビで真っ黒。通電はするけれども使う気にはなれず。
天井の水漏れを確認しようと屋上に上がると、排水口の周辺に汚泥が積み上がっていて、それを段ボールを破って掻き出すと排水口がようやく見えた。その周囲を見ると、どこから飛んできたのかは分からないが相当量の砂が一面にはりついていて、それをすべて取り除かない限り、雨が降るたびに、それが泥となって排水口をまた詰まらせることは容易に想像できた。
マンションではなく、小さいとは言えビルの片付けが、私たちの想像を超えた作業なのかもしれないと、実家に着いた初日で理解したように思う。それが2019年6月の初旬であった。
当初は漫然と、実家に住みながら、仕事もしながら、空いた時間にボツボツ片付ければいいか、と思っていたが、そんなことでは何年かかっても終わらないんじゃないかとまで思えた。
海外でそれなりに良い住環境にいた私たちにとっては、いきなりのストレートパンチを食らってしまった。
特に二重窓がデフォのソウル暮らしが長かったので、薄いアルミサッシ一枚で仕切られただけの実家は、外の騒音が「え、窓開けてる?」というくらいにダイレクトに伝わり、音に敏感なカナメには、それが相当こたえたらしい。
「オレ、このままじゃ住めないわ。ってかうるさくて寝られない。二重窓にしないと…」と言い出した。
そして当面は別の場所に住んで、実家の方に通いながら実家の片付けをすることに決めた。
そう。まずやるべきことはリノベではなく、「片付け」だったのである。
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