4.4 水道、ガス、電気関係の基礎工事
派手に石膏ボードの束を倒してしまった際に、その一部が割れてしまっていた。カナメがそれとなくミズキさんに話してくれた。怪我のことは隠しておいてくれたので有り難かった。
左膝は見事に腫れ上がっていたが歩けないことはない。カナメにリノベ作業の現場は任せておいたので、実際の作業については実は良く見ていない。ミズキさんが必要な時に必要なプロの人材を呼んで、作業を一つずつ前に進めてくださる。
この数日間、電気、ガス、水道の基礎工事をするということだった。細かい作業内容については良くわからなかったのだが、夕方になって見に行くと、開けた床の下に色々な配管がキレイに、いや本当に実に美しく配置されていて、プロの妙技を見る思いだった。なるほど、こうやって上水道を引き、ここに排水していくのかと深く感じ入った。家の中における将来の水の流れが手にとるように見えた気がした。
この間に私がしたことといえば、午前と午後に差し入れ(*3)を入れることだけだった。が、ミズキさんにちょっと声をかけられた。そういうことはしなくていいよと。差し入れについての考え方は色々とあるので解のない世界かも.....
現場で私たちができることは一切なかったのだが、なぜかめちゃくちゃ忙しかった。というのは、リノベで必要なモノをすべて発注かけておかなければならない。それがビックリするほど大量にあったのだ。壁紙や床材も発注しなければならないのだが、なかなか決まらない.......
そんな時にしばしば、業者さんから呼ばれて5階に降りては、質問されたことに答えたり、逆に彼らから準備するように言われたものもある。
例えば、照明についてはスポットライトをつけられるように、レールを這わせる予定にしていた。作業の手を止めた電気工事のサトルさんに呼び止められた。
サトルさんは、雰囲気は大工のイチローさんに似た細身の長身なのだが、若い時にはちと遊んでいたかも?的なチャラい雰囲気が漂うタイプだ。地元の方なのだが、何故か私には江戸っ子気質を感じた。サトルさんがサラッと言う。
「ここのレール買っといてね。えっとリビングとキッチンとここで3本。そやね。3メートルのやつがあればいいか。あと吊具もね。50センチかな。よろしく。」
は???
思わず横にいたカナメの方を見た。カナメは何のこっちゃという顔で私に言った。
「ヨロシク!バンリちゃん!」
え???私が担当???
「マジでオレ、分からへんから。サトルさんの話メモっといてね。」
電気関係は、まぁ私が担当するのが妥当だよなと思いながらポケットのAndroidを取り出した。怪我したことがトラウマすぎて、どこに行くにもスマホを持っていくようになった。
我ながら学習してる(汗)。
「えっと.........。レールを3本と、吊具がいるんですよね。」
Android上のGoogle Keepに入力していく。照明、レール、3......
サトルさんは意外と優しい。色々と教えてくださる。
「そうそう。天井にそのままレール這わすと高すぎるから、少し下におろしてね。スポットライトみたいにするんだよね。一本につき、そやな。3つあればいいから、全部で6個用意しといて。」
「あ、レールは3本だから、一本につき吊具は3個。9個ですよね。」と私。掛け算くらいできるわい。
「いや、吊るのは2本だから。そっち側のは天井に直接つけられるから。」
解せない。玄関からすぐのオフィスエリアだけは、高い天井にそのままつけていいのかな?
「あ、そっちは天井つけるらしいから、そこに直接つければええ。」
え?天井?
話が見えずにカナメに視線を向けた。気まずそうな顔のカナメが見えた。「ちょっと、私に隠してることない?」と口に出そうとした時だった。サトシさんの声が聞こえた。
「.......インとエンドも3個ずつね。」
は?なんですか、それ。
「レールの端にスタートとエンドのキャップをつけるんだけど、これ、全部一続きじゃなくて、それぞれにスイッチつけるんだよね。続けるんだったら3個もいらないんだけど。」
「あ、スイッチはそれぞれにつけてください。その方がいいよね。」とカナメは私の顔を見た。完全に話題逸らされてる?
えっと、その最初と最後のキャップ、あああ、なるほど。SCSIのターミネータみたいなもんか。なるほど。理解理解。最初と最後のキャップを3個、とGoogle Keepにタイプした。たぶん分かるだろう。
こういうモノは電気工事のサトルさんが発注してくださるのかと思っていたのだが、ミズキさんから「彼らはコスト下げるために色々と自分でやるって言っているから、必要なものは本人に用意させて」と言われてるのだろうなと想像がついた。ありがたいことだ。が、イチイチ素人の自分が恨めしい。
6階に戻り、縦横無尽に検索をかけ、これだ!と思うモノに発注をかける。ショップは複数あるけれど、その中からこちらの望むモノがすべて揃う店舗を探すのに意外と時間がかかってしまった。在庫があることを確認して、一つずつダブルチェックしながらカートに入れる。発注ミスは許されない。
ライティングレール(黒、3M)を3本
フィードインキャップとエンドキャップ(黒)を3個ずつ
ライティングレール用パイプ吊具(黒、50cm)を....
吊具の個数を入力しようとして、さっきの会話を突然思出だしたーっ!!!!!!!
なに?天井つけるって何?
いつまでも隠し通せないと思ったのだろう、カナメが白状した。私が足を怪我して大人しく6階にこもっている間、ミズキさんに一度抜いた天井をもう一度張り直してもらうようにお願いしたらしい。
「でもね!」
カナメは声を上げて行った。
「天井を作ると言っても、前よりもかなり高くなるねん。ミズキさんにギリギリのところまで上げてもらったから。前よりも、たぶん20センチぐらいは上げられる。」
天井抜くのが私の希望だったのに.....。そこ、私もオフィスとして使うところだよ.......。
カナメは言うことはちゃんと言っておかないと、と思ったのだろう。畳み掛けるように言葉を続けた。
「もうさ、オレ、本当にイヤなんだよ。音も嫌だけど、デスクの上で、あの排水管の中にウ〇〇が流れているんだなと思うだけで気分が悪いわけよ。もう決めたんだし。オレが嫌だって言ってるんだから。」
ミクロ視点しかない私、カナメの論理が破綻していることをミクロに突く。
「カナメくん.......、あの......6階に誰も住んでへんねんけど.......。うちらが上で何かしない限り、何も流れてこないんやけど......。」
カナメ完全無視で話を逸らす。
「ほらあれ、棟上げ式のアレ(棟上セットのこと)。アレも隠れる。ミズキさんによると、アレはフロアごとに置いたりしないから、このビルであそこにしかないらしい。嫌やん、そういうの勝手に外すの、なんか嫌やん。だから残すしかないんやけど、天井つけたら隠れるねん。」
この言葉が決定打になった。あの棟上セットを拝みながら生活したくない.....orz
ふと我に帰る。画面がスリープモードになっているのでキーボードを叩く。あああ、発注画面だ。
ということで、吊具は3個掛ける2で6個ね..........。
こうやってドタバタと、一つずつ発注をかけて、到着日が分かったら、それもGoogle Calendarに入れてカナメとシェアする。毎日のようにモノが届き、リストを消し込んでいく。
とりあえず、一つずつ前に進めなければ。
(*3)差し入れについては、ミズキさんの言う通り、しなくていいと思うんだけど(実際、彼らはそれぞれのタイミングで休憩を取られるので、特に必要ないといえばそうかと)、実は多少なりとも功を奏した点があるように思う。彼らが休憩している時に、私とカナメは彼らを質問攻めにした。これから自分たちで内装に手を入れるのだが、いかんせん素人だ。本を読み、Youtube動画を見て手順を脳内でシミュレーションしてみるのだが、わからない点も多いし、カナメについては、電動工具などの選択にかなり迷っていたので、そうい道具の選定などのアドバイスも多々いただけた。本当に細かいこと、例えばコンクリート面のガタガタや、天井から飛び出ている金属や木の板をどうやって撤去するのか、というような細かい所まで、本当に色々と教えていただいたし、その場でチャチャっと作業してくださったりということもあった。プロの道具を実際に触らせても頂いた。道具類は用途によってもオススメが違うし、プロが使うものと日曜大工レベルで使うものは違う。それぞれ持ち場で違う作業をしている彼らから、休憩の雑談風を装って、色々なテクを盗ませていただき、知識を分けて頂いた。