眠れません!③ 睡眠覚醒の要素
前回は概日リズムを取り上げた。
今回も睡眠覚醒を決める要素について。
不眠の正体とは果たして何なのか?
■睡眠の恒常性・睡眠負債
概日リズムの他に眠くなる要因として、睡眠の恒常性(homeostatic drive, sleep drive)がある。Process SのSは"sleep drive"から来ている。睡眠負債と言われるものだ。
これは、徹夜したり寝付けなかったりした翌日に眠たくなる、というやつだ。
睡眠の恒常性にはアデノシンが関わっている。
アデノシンは起きている間、脳に蓄積されていく。この蓄積量によって眠気が生じてくる。
アデノシンは、アデノシン受容体というところに作用する。
このアデノシン受容体でアデノシンをブロックするのがカフェインである。
アデノシンとカフェインは形が似ていて、同じようなところで拮抗する。
▲ ○で囲ったところが類似している
カフェインによって、アデノシンが貯まっている状態を一時的に感じなくなるので眠気が覚めるのである。
■2-プロセスモデル
これまでに出てきたProcess SとProcess Cによって睡眠を説明するのがtwo-process modelだ。
上のグラフを御覧いただきたい。
赤い線はProcess Sである。覚醒状態だとアデノシンが蓄積してどんどん眠たくなってくる。
青い線がProcess Cである。凡そ24時間で周期している。
このProcess SとProcess Cの幅が乖離したところで睡眠閾値となり眠りに入る。グラフでいうと斜線部は睡眠している時間である。アデノシン量が減少していくと覚醒する。
前回までに高齢者は早寝早起きになり、10代は3時間ほど概日リズムがズレると書いた。
この青いProcess Cが全体的に左にずれているのが高齢者、右にずれているのが10代(特に後半)である。
それぞれ前進睡眠覚醒相、後退睡眠覚醒相という。
ごちゃごちゃ書いたが、「夜が来たよー、寝ようよー」という信号と「睡眠、足りてないよー」という信号で成り立っている。
■眠気のキャンセラー、覚醒
睡眠は2つのプロセスで説明されるが、これらをキャンセルできるのが覚醒(arousal)である。
「夜になったから」、「睡眠足りないから」といって寝てしまっては社会活動は成り立たない。
従って、この覚醒の力は眠気の力よりも強く設定されている。
睡眠/覚醒スイッチは視床下部が統制している。
ここからは趣味の領域でまとめる。ちょっとむずかしい。
覚醒スイッチは視床下部の結節乳頭核(TMN)にある。
睡眠スイッチは視床下部腹外側視索前野(VLPO)にある。
TMNが活動しているとき、ヒスタミンが皮質とVLPOに伝達される。ヒスタミンは、覚醒スイッチをONにし、睡眠スイッチを抑制(OFF)にする。
VLPOが活動しているとき、GABAがTMNに伝達される。GABAは覚醒スイッチをOFFにして、睡眠スイッチをONにする。
そしてこれらをさらに「上流」で制御しているのが、オレキシン/ヒポクレチンである。これは覚醒状態を安定させる働きをする。
*オレキシンとヒポクレチン(ハイポクレチン)
これらは同じ物質を指すが、同時期に見つかったため呼び名が統一されていない。
オレキシン:1998年日本の櫻井・柳沢によって発見。摂食行動と関連していると考えられ、ギリシャ語で食欲を意味する「orexis」から名付けられた。
ヒポクレチン:1998年UCSDのDe Leceaとスタンフォード大学のKilduffが発見。視床下部(Hypothalamus)由来のペプチドとして命名。
よって日本ではオレキシンと呼ばれることが多い。
睡眠覚醒に関わる脳内物質についてはまた改めてまとめたい。
■まだまだある!睡眠と覚醒の要素
Process CとProcess S、そして覚醒スイッチ。
この3つで不眠の説明がつくかというとそうはいかない。
まだまだ眠れない要素はある。
最初(眠れません!①)に「不眠は睡眠と覚醒のバランスが、何らかの理由で覚醒に傾いている状態」と書いた。
この「何らかの理由」として、概日リズムのズレや覚醒スイッチの制御不能が挙げられる。
他にも体の痛みや発熱でうまく眠れない、躁・うつ・認知症といった疾患の症状、睡眠時無呼吸症候群やむずむず脚症候群などの睡眠関連疾患、薬の副作用など色々な要素が絡んでいる。
ここに不眠治療の難しさがある。
睡眠剤を飲んでも不眠が改善されない場合、何か解決していない問題が潜んでいると思われる。
薬の他に、カウンセリングや認知行動療法が必要だったり、専門医の診察でないとわからない疾患がある可能性もある。
一方で患者としてはとにかく眠りたいので、睡眠剤を只々お願いすることになる。思ったように効かないと増量、追加され薬の量が増えていく。
必要以上の薬を飲むことになり、副作用がでるかもしれない。
不眠治療には個人個人にあったオーダーメイド医療が必要だが、現在の医療体制では時間が取られる上に加算も取れないので難しい。
なにか出来ることありそうだけどなぁ、と日々思っております。
また次回。
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