コーヒーの教科書 第六章
【第8章:抽出器具別ガイド――ドリップ、フレンチプレス、エスプレッソ、サイフォンなど】
前章では抽出理論とパラメータを説明しましたが、この章では具体的な抽出器具ごとの特徴や操作手順、長所・短所について詳しく解説します。器具ごとの特性を理解することで、自分の好みやライフスタイルに合った抽出方法を選択できるでしょう。
8-1. ペーパードリップ(ハンドドリップ)
概要:
円錐型や台形型のドリッパーにペーパーフィルターを装着し、コーヒー粉に湯を注いで抽出します。HARIO V60やKalitaウェーブ、メリタ式ドリッパーなど、多数のブランド・形状が存在します。フィルターにより微粒子やオイル分が除去され、クリーンな風味が得やすい。
メリット:
• 繊細な味わい、アロマが引き立つ
• 挽き目や注湯速度、湯量、湯温などを細かくコントロール可能
• 器具が比較的安価で、手入れも容易
デメリット:
• 技術・経験が味に直結するため、一定の習熟が必要
• 抽出の再現性には丁寧な計測や手順が求められる
8-2. フレンチプレス
概要:
シンプルな構造のガラスやステンレス製ポット内でコーヒー粉と湯を直接浸漬し、プランジャーで粉を押し下げて分離します。金属メッシュフィルターで濾過するため、オイル分や微粉がカップに残り、リッチなボディや風味が得られる。
メリット:
• 手順が簡単、スケールとタイマーがあれば安定した結果が得やすい
• フィルターが紙でないため、コーヒーのオイル分が残りコクが増す
• 一度に多めの量を抽出しやすい
デメリット:
• 微粉がカップに残り、舌触りがざらつくことがある
• 非常にクリアな味わいは出しづらい
8-3. サイフォン(サイホン)
概要:
上下2つのフラスコを用い、下部で湯を加熱することで蒸気圧で上部へ湯が移動。粉と接触後、熱源を外すと下部に液体が戻り、布・ペーパー・金属フィルターで粉を濾過する抽出方式。理科実験のような見た目と独特の風味が楽しめる。
メリット:
• クリーンかつ複雑なフレーバーを得やすい
• 抽出過程が視覚的に楽しめ、演出効果が高い
• 適正な温度・時間管理で繊細な味わいが再現しやすい
デメリット:
• 器具がやや高価、扱いに慣れが必要
• 清掃や準備が面倒
• 湯温や蒸らし時間などの管理が要求される
8-4. エアロプレス
概要:
シリンダーとプランジャー、紙または金属フィルターを使うコンパクトな器具。短時間抽出が可能で、レシピの自由度が高い。軽量で持ち運びやすく、旅行やアウトドアでも重宝される。
メリット:
• 多様なレシピ(浸漬型、ドリップ型、反転抽出など)が可能
• 手軽で迅速な抽出、洗浄も簡単
• クリーンからフルボディまで幅広い風味表現ができる
デメリット:
• 一度に抽出できる量が少なめ(1〜2杯分)
• パーツが複数あり、慣れが必要
8-5. コールドブリュー(水出し)
概要:
常温または冷水で長時間(8〜24時間)かけて抽出する方法。抽出される成分がゆるやかで苦味や酸味が抑えられ、まろやかな甘みが引き立つ。
メリット:
• 低酸でマイルドな味わい
• 冷蔵庫でストック可能、アイスコーヒーに最適
• 夏場に重宝し、アレンジも自在
デメリット:
• 抽出に時間がかかる
• フレーバーがやや単調になる場合がある
8-6. エスプレッソマシン
概要:
9バール前後の高圧力と約90〜95℃の湯で細挽きコーヒー粉から20〜30秒で濃厚なショットを抽出する。エスプレッソはカフェラテ、カプチーノなどミルク系ドリンクのベースともなる。
メリット:
• 濃縮された複雑なフレーバー、クレマが楽しめる
• ミルクスチーム併用で多様なカフェメニューを再現可能
• プロ仕様マシンなら安定度が高い
デメリット:
• 器具が高価で場所を取る
• 挽き目、タンピング圧、抽出時間などパラメータ管理が難しい
• メンテナンスやクリーニングが面倒
8-7. モカポット(マキネッタ)
概要:
イタリアで普及した直火式抽出器具。下部ポットに水、中間に粉、上部ポットに抽出液が溜まる。エスプレッソに似た濃厚なコーヒーが得られるが、圧力はエスプレッソマシンほど高くない。
メリット:
• シンプルな構造、家庭で手軽に濃いコーヒー
• コクがあり、砂糖やミルクとも相性が良い
• 機材コストが比較的低い
デメリット:
• 温度・圧力制御が限定的、酸味・繊細な香りを引き出しにくい
• 焦げやすく、苦味が出やすい
8-8. 各器具の総合比較
器具 風味傾向 難易度 手入れ 特徴
ペーパードリップ クリーンで繊細 中程度 簡単 控えめなボディ、酸味生かしやすい
フレンチプレス オイリーで豊潤 低〜中 簡単 ボディ重視、微粉残る
サイフォン クリーンで芳醇 中〜高 やや手間 見た目の演出力高い
エアロプレス 多様な表現 低〜中 簡単 携帯性◎、レシピ幅広い
コールドブリュー 低酸でまろやか 低 簡単 長時間抽出、夏向き
エスプレッソマシン 濃厚、複雑 高 手間 本格派、ミルク系アレンジ容易
モカポット 濃い味わい 中 普通 イタリア家庭の定番
自分の好み(酸味を生かすか、苦味重視か、ボディ感重視か)や生活スタイル(時間、コスト、器具の管理能力)に合わせて器具を選べば、日々のコーヒー体験が豊かになる。
第8章まとめ
各抽出器具には個性があり、同じ豆でも全く異なる味わいが得られる。ここまでで学んだテロワール、品種、精製、焙煎、抽出理論に加え、器具の特性を把握すれば、自分なりの理想的なカップを生み出す創造性が広がる。
次章では、テイスティングとカッピングについて取り上げる。客観的な評価基準や用語を理解することで、風味を的確に言語化し、他者と共有しやすくなる。
【第9章:テイスティングとカッピング――フレーバーホイール、評価基準】
コーヒーを専門家や愛好家同士で共有するためには、味や香りを客観的・定量的に評価する技術が必要だ。カッピング(Cupping)は、コーヒー業界で標準的に用いられる評価手法であり、フレーバーホイールなどのツールを使って風味を言語化する。
本章では、カッピングの手順、評価項目、用語集、フレーバーホイールの活用法など、コーヒーテイスティングの基礎を解説する。
9-1. カッピングとは
カッピングは、生豆の品質検査、焙煎度合いの確認、生産ロットの比較、バリスタコンペティションや品質基準の設定など、業界標準の評価プロセスである。基本的には、標準化された条件下(一定の焙煎、挽き目、湯温、比率)で粉と湯をボウルに入れ、定められた時間後に表面を崩してアロマを嗅ぎ、スプーンで液をすすり、味・香り・質感を評価する。
9-2. 評価項目
カッピングでは、以下の要素を主に評価する:
• フレグランス/アロマ(Fragrance/Aroma):粉時や液体時の香り
• フレーバー(Flavor):口に含んだときの味わい全般(酸味、甘み、苦み、風味特徴)
• アシディティ(酸質)(Acidity):鋭く尖った酸ではなく、リンゴ酸やシトリック酸のような心地よい酸質
• ボディ(Body):舌触りや口当たり、重さ、粘度
• バランス(Balance):酸味、甘み、苦味、アロマが調和しているか
• アフターテイスト(Aftertaste):飲み込んだ後の余韻、持続性や心地よさ
• クリーンカップ(Clean Cup):欠点や不快なフレーバーの有無
• スイートネス(Sweetness):果実由来の甘さ、カラメル的甘みが感じられるか
専門機関(SCAなど)ではスコアシートが用意され、各項目に数値評価(1〜10点など)が与えられ、総合点で品質を判定する。
9-3. フレーバーホイールの活用
フレーバーホイール(Flavor Wheel)は、コーヒーに感じられる可能性のあるフレーバーを樹状に体系化したチャートである。果実、フローラル、ナッツ、スパイス、チョコレート、キャラメル、ハーブ、発酵フルーツなど、多彩なカテゴリーに細分化されている。
ホイールを見ることで、単なる「酸っぱい」から「柑橘系のレモン、ライム」や「ベリー系のブルーベリー」という具体的な表現へと進化し、共通言語として風味を共有することができる。
9-4. 欠点風味の判別
カッピングで重要なのは、欠点風味(Defects)の検出である。カビ臭、過発酵臭、メタリック感、薬品臭、マスキングされない過剰な苦味などは欠点とされ、商品価値を下げる。欠点風味は生産・加工・輸送・焙煎のいずれかの工程で発生するため、それを特定することで改善策が見つかる。
9-5. テイスティングスキルの鍛え方
テイスティングスキルは訓練で向上する。定期的なカッピング、異なる産地・品種・精製方法のコーヒーの飲み比べ、フレーバーホイールを参照しながら言語化練習を続けることで、感度や表現力が高まる。
また、ワイン、チョコレート、紅茶など他分野のテイスティング経験も役立つ。嗅覚・味覚トレーニング用キット(アロマキット)を用いるプロもいる。