コーヒーの教科書 第三章

【これまでの進捗(概要)】
• はじめに
• 第1章:コーヒーの歴史と文化
• 第2章:コーヒーの植物学(アラビカ、ロブスタ、品種など)
• 第3章:生産地のテロワール(アフリカ、中南米、アジア)途中まで

前回はアジア地域までカバーしましたが、ややざっくりとしていましたので、もう少しアジア地域とその他地域の特性を補足し、その後に第3章のまとめと第4章へ進みます。

【第3章:生産地のテロワール――アフリカ、中南米、アジア各地の特徴(続き)】

3-5. その他の地域

コーヒーは主に「コーヒーベルト」と呼ばれる北回帰線と南回帰線の間(赤道を中心とした北緯25度から南緯25度程度)の熱帯・亜熱帯地域で栽培されます。主要産地はアフリカ、中南米、アジアですが、これら以外にも少量生産されている地域があります。

ハワイ(アメリカ):
コナコーヒーが有名。ハワイ島(ビッグアイランド)の火山性土壌と安定した気候、標高が風味豊かな豆を育む。ナッツやキャラメル、柔らかな酸などバランスの良いカップが特徴で、アメリカ国内で高値で取引される。

オセアニア・太平洋地域:
パプアニューギニアやソロモン諸島など、独特の環境下で育つコーヒーはフルーティーかつワイルドな特性を持つことがある。流通量は限られるが、スペシャルティ市場で注目を集めることも多い。

中国雲南省:
近年品質が向上している新興生産地域。チョコレートやスパイス、時にフローラルな特徴を持つロットが報告されており、今後さらに品質向上が見込まれる。

3-6. テロワールによる味わいの一般的傾向まとめ
• アフリカ:華やかでフローラル、フルーティー、ティーライク(紅茶的)。明るい酸味が際立つ。
• 中南米:バランス型が多く、チョコレート、ナッツ、キャラメル、シトラス系、トロピカルフルーツなど多彩なフレーバー。比較的扱いやすいプロファイルが多い。
• アジア:低酸で重厚なボディ、アーシー、スパイシー、ハーブ系が目立つ地域も多い。一方、インドネシア以外にも、東南アジアやパプアニューギニアではフルーティーでクリーンなカップも存在。
• その他地域:ハワイのコナや中国雲南など、新興かつ特徴的な地域が存在し、今後の発展が期待される。

テロワールは品種や精製方法、焙煎による影響と複合的に作用します。一概に「アフリカ産はこういう味」と決めつけることはできず、同じ国の中でも地域や農園によって多様性が生まれます。この多様性こそがコーヒーの魅力でもあります。

3-7. テロワールとトレーサビリティ、サステナビリティ

スペシャルティコーヒーの台頭により、生産地情報の開示(トレーサビリティ)が重視されるようになりました。消費者は「この豆がどの農園で、誰によって、どんな方法で育てられたか」を知ることで、風味の背景にある物語を理解し、農家への正当な報酬や持続可能な農業を支持する動きが拡大しています。

テロワールは単なる味わいの違いをもたらすだけでなく、生産者がその土地固有の強みを生かし、高付加価値を生み出すためのキーポイントでもあります。気候変動や市場価格変動に対して強いブランド価値を築くために、生産者は産地固有のテロワールを際立たせる戦略を取り始めています。

第3章まとめ

この章では、コーヒーの風味特性が品種だけでなく、テロワール(産地の気候・土壌・標高・生態系)に大きく依存することを見てきました。アフリカ、中南米、アジアなど主要な生産地域ごとに特徴があり、それらは収穫後の精製方法やローストによっても変化します。
次の章では、このテロワールから収穫されたコーヒーチェリーが、実際に生豆として仕上がるまでの「収穫から生豆加工まで――精製方法と品質管理」に焦点を当てます。精製方法はテロワールと並んでコーヒーの風味に大きく影響を与える重要なプロセスです。

【第4章:収穫から生豆加工まで――精製方法と品質管理】

コーヒーチェリーが果実として熟し、収穫された後、その内部にある種子(生豆)を取り出し、輸出・焙煎可能な状態にするために様々な工程が行われます。これらの工程を総称して「精製(Processing)」と呼びます。精製方法は、最終的な風味に劇的な影響を及ぼし、同じ品種・産地でも精製が異なれば、カッププロファイルは大きく変わります。

4-1. 収穫とチェリーの選別

手摘み vs 機械収穫:
高品質コーヒーは通常、手摘みによって完熟チェリーのみを選りすぐります。未熟チェリーや過熟チェリーを取り除くことで、均一でクリアな風味が得られます。一方、ブラジルなど大規模プランテーションでは機械収穫も行われますが、選別工程が重要となります。

フローティング(浮選):
収穫後、チェリーを水槽に入れて浮かせることで、比重の軽い不良チェリー(未熟、欠点果実)を除去します。これにより、より健全な果実が精製工程に進むことができます。

4-2. 精製方法の種類

大きく分けて、ウォッシュト(Washed)、ナチュラル(Natural)、ハニー(Honey)といったカテゴリが存在し、最近ではアナエロビック(嫌気発酵)や炭酸ガス浸漬などの実験的な精製も増えています。

ウォッシュト(Washed、水洗式精製)

手順:
1. 果肉除去器でチェリーの果肉を取り除き、パーチメント(内果皮)を残す。
2. 発酵槽で粘液質(ミューシレージ)を分解発酵させる。
3. 水で洗い流してパーチメントだけを残し、乾燥させる。

風味特性:
ウォッシュト精製は、クリーンで透き通った風味、明るい酸味、繊細なフレーバーを引き出す傾向があります。品種や産地特性が際立ちやすく、エチオピアやケニア、中央アメリカのスペシャルティコーヒーで多く見られます。

ナチュラル(Natural、乾式精製)

手順:
1. チェリーを果肉ごと乾燥させる。
2. 完全に乾燥後、脱殻機で果肉とパーチメントを除去して生豆を取り出す。

風味特性:
ナチュラル精製は、果肉由来の甘みやフルーティーな香りが豆に移り、ワイニー、ベリー系の風味、独特のコクが出やすくなります。しかし、欠点豆が紛れ込むリスクや不均一な発酵、風味欠点(フォールティー)が出やすいため、管理が難しい。近年、熟練の生産者による精密なナチュラルプロセスが高評価を得る例も増えています。

ハニー(Honey、パルプドナチュラル)

手順:
1. 果肉除去器で果肉を除き、粘液質(ミューシレージ)を一部、または全部残した状態で乾燥させる。
2. 粘液質の残存量によってホワイトハニー、イエローハニー、レッドハニー、ブラックハニーなど呼ばれ、粘液質が多いほど甘みやボディが増す傾向がある。

風味特性:
ウォッシュトほどクリーンではないが、ナチュラルほどフルーティーに振れすぎない中間的な風味。バランス良く、甘さが増し、酸味はやや穏やかになることが多い。コスタリカなどで特に人気。

4-3. 発酵と乾燥プロセス

発酵は粘液質を分解し、生豆表面をクリーンにする工程ですが、その微生物活動が風味形成に大きな役割を果たします。発酵時間や水質、温度管理が異なれば、同じウォッシュトでも味が変わります。

乾燥は日光乾燥が一般的ですが、アフリカンベッド(高床式乾燥台)や機械乾燥もあります。乾燥過程で水分値を10〜12%程度まで落とし、これによって豆は保存可能な状態になります。この乾燥プロセスの微妙な違いが、風味や保管時の劣化スピードに影響します。

4-4. アナエロビック発酵やその他新潮流

近年は発酵プロセスを精密にコントロールする実験が行われています。密閉タンクで嫌気発酵(アナエロビック)、炭酸ガス浸漬(Carbonic Maceration)など、ワイン醸造のような手法を取り入れ、独特のフレーバー(発酵フルーツ、ワイニー、スパイス)を引き出す試みが増えています。

これらの実験的プロセスは、スペシャルティ競技会やオークションで注目され、高価格で取引されることも多い。ただし、過剰な発酵が欠点風味につながるリスクもあり、生産者には高度な技術と管理が求められます。

4-5. 脱殻、グレーディング、パッケージング

乾燥後のパーチメントコーヒーは、脱殻機でパーチメントを除去して生豆を露出させます。その後、サイズ別、欠点豆数別、色別にグレーディングされ、欠点豆を取り除くハンドピックや光学選別機による精製度向上が行われます。

グレード区分は国や輸出組織ごとに異なりますが、高品質なスペシャルティコーヒーは欠点豆が極めて少なく、粒が揃い、密度が高く、スクリーンサイズ(豆の大きさ)や水分値が適正であるなど、厳しい基準をクリアしています。

生豆は麻袋、グレインプロと呼ばれる内袋、真空パックなど多様なパッケージで輸出されます。適切な保存条件(低温、低湿、暗所)が保たれれば、風味劣化を最小限に抑えることが可能です。

4-6. 品質管理とトレーサビリティ

生産者は精製プロセスで品質を左右する多くの要因をコントロールしなければなりません。水資源や発酵時間、乾燥方法、衛生管理、脱殻・選別など、すべてが最終的なカップクオリティに影響します。

トレーサビリティ重視の時代には、ロットごとに生産履歴や精製条件、日々のデータを記録することが求められ、これが生豆のブランド価値向上や、生産者・ロースター・バリスタ・消費者間の信頼構築につながります。

第4章まとめ

この章では、収穫されたコーヒーチェリーが生豆になるまでのプロセスを見てきました。ウォッシュト、ナチュラル、ハニー、そして新たな発酵手法など、多様な精製方法は、それぞれ独特の風味特徴を生み出します。テロワールや品種と並ぶ、風味を決定づける重要な要素が、この精製プロセスです。

次章では、流通とサプライチェーンに目を向けます。生豆が生産地から消費地へと渡り、フェアトレードやダイレクトトレード、サステナビリティや気候変動への対応がどのように行われているか、国際的なコーヒービジネスの構造と課題を探っていきます。

いいなと思ったら応援しよう!