#01 自己治癒の力
薬を使う効能と使わない効能について、精神科の先生のお話を聞いてみましょう
※2017年7月発刊COCORO第8号に掲載された内容をもとに5回に分けて掲載します。
働いている人に一般的に見られる心の疾患には、大まかにいってうつ病と適応障害があります。
適応障害というのは、簡単にいうと、うつ症状が見られるが、まだ本格的なうつ病にいたる手前の状態を指します。
そんな心の疾患に対して、薬物治療を行うのが良いかどうかは、賛否両論があります。
とくに適応障害など軽症な方は、薬を用いなくても環境調整を行うことによって、大分良くなられる方も多いのです。
どんな薬にも副作用がありますから、可能であれば使わないにこしたことはありません。
薬以外の道筋が残っているのなら、まず先にそちらをやるべきだと考えています。
実際、精神科の「ハードル」が下がったせいもあるでしょう、軽症なレベルで相談に来られる方が、かつてより多くなっていますから。
先に述べた環境調整というのは、文字通り、病の原因(ストレス源)となっている環境を見直してみるということです。
たとえば残業が多かったり、職場の人間関係で悩まれている方は「お薬を飲みましょう」というよりも、まずは環境を改善しなければならないでしょう。
ご承知の通り、やはり業務量を減らすとか、人間関係の問題であれば異動を考えてもらうといった環境調整が大切になるのです。
軽いうつ病や適応障害には、運動療法も効果があるといわれていますし、薬を使わなくても人間には回復させる力(自己治癒力)があります。
薬を使うときのリスクと使わないときのリスクを天秤にかけると、軽度の場合は薬の副作用の方が、どうしても重くなってしまいます。
そのリスクを考えると、薬以外の方法で回復させることができるのであれば、やはりそちらを優先させるべきです。
たとえば、転ぶなどして傷を負ったとしても大抵の傷は化膿させないように消毒だけしていれば、何もしなくても自然と治ります。
風邪も同じです。風邪をひいた直後は、炎症を抑える薬は用いるかもしれませんが、まずはゆっくり休むでしょう。
そのように人間の自己治癒力をサポートするような形で薬が使われると、本当はいちばんいいと思います。
薬を全否定するのではなく、薬をあくまで補助的に使っていく。
自己治癒力が働くような環境を整えるために、補助として適正にお薬を使うという考え方です。
どのような人には薬を使い、どのような人には使わないほうがいいのか。
そして、薬を使った後はいつまで続けるのか。その点を見極めるのが、精神科医の役割の一つです。
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著者プロフィール
高橋 一志( たかはし ひとし)
1995年秋田大学医学部卒業。医学博士。
秋田大学医学部付属病院、横手興生病院、厚生連由利組合総合病院勤務を経て、米国エモリー大学医学部精神科留学。
2007年東京女子医科大学医学部神経精神科勤務。
東京女子医科大学医学部神経精神科・心身医療科講師、ウェルリンク株式会社顧問。
日本医師会認定産業医、精神保健指定医、日本精神神経学会精神科専門医。
専門分野は、臨床精神薬理学、精神科治療学。学術論文を多数執筆。