見出し画像

休日(4)

線路沿いの路地を歩くと、源さんの店はある。駅のすぐそばにも関わらず、人通りは意外と少ない。
この町は、駅から出てまっすぐ、線路と垂直に大通りがはしっていて、ひとの流れはそっちがメインだ。駅に近いのに、穴場のような雰囲気がある。
「いらっしゃいませー」
扉を開けて店に入ると、若い店員から声が掛かる。見たことの無い娘だった。新しいバイトの娘かな。
「アンチョビとルッコラのピザに、生タマゴと梅干しを載せてもらえますか」僕は言った。
「あの、当店にはそういった料理はメニューにありませんので・・」
女の子は困った顔をしている。変な客が来たと思っているのを隠そうとしているが、残念ながら全然隠せていない。
「店長に言ってもらえば分かるので」「はあ、少々お待ちください」
文字通り踵を返して、女の子はそそくさと店の奥に戻っていった。すぐに源さんが出てくる。
「おい、ヒロ。久しぶりに顔を出したと思ったら、変なこと言うんじゃねえよ」
相変わらず、寿司職人か大工といった和の風情だ。町で見かけても、イタリアンのシェフだとは誰も思わないだろう。
「あ、源さんご無沙汰してます。梅干しが無いなら、アンチョビとルッコラのピザをテイクアウトで」
「はいよ。まったく、詩織を困らせんなよ」
源さんが、さっきの女の子にちらっと目を向ける。「新しいバイトの娘」
詩織ちゃんは、少し離れたところに立ってこちらの様子を伺っている。
「わりい、詩織。こいつ、ヒロ。前にうちでバイトしてんだよ。んで、新しいバイトの娘が入ると、いつもこうやってからかうの」
「ああ、そういうことだったんですね」
詩織ちゃんは、安心したような、大して興味がないような、そんな声で言った。休日のランチタイムは、それほど混雑していない。それは僕がバイトをしている頃からそうだった。空いているカウンターに座らせてもらい、ピザが焼きあがるのを待った。店はいわゆる洒落たイタリアンレストランという感じではなく、イタリアの大衆食堂(行ったことはないけど)といった雰囲気で、夜も賑やかだ。カウンターの脇においてあるおもちゃを手に取る。イタリア製のスクーターは、ゼンマイを巻くと前に進む。右手を離れたスクーターを左手が受け止める。それを何度も繰り返す。
「ほれ」
源さんがマカロニを揚げたおつまみをカウンターテーブルの上に置いた。
「お、いただきます」「おう」
つまんで口に運ぶ。ぽりぽりと小気味良い音がする。このフライドマカロニは結構人気があった。ビールやワインの合間についつい手がのびるのだ。

(続く)


いいなと思ったら応援しよう!