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しゃべりたい(後編)

店員に声を掛け、何杯目かのビールを頼む。
「そういえばお前、社内コンペどうなった?10万取った?今日、お前のおごりでいい?」
こないだ亮介が言っていた話の結果を聞いてみた。社内で新事業のアイデア募集があって、亮介のアイデアが最終選考まで残っていたらしい。
「いやそれがさ・・」亮介は、ビールをぐびぐびっと飲んで続ける。
「聞いてくれよ。新事業の募集のくせによ、『君のアイデア、悪くないんだけど、どうなんだろうね。我が社の伝統を否定しているようなところがあるよね』だってよ」
亮介は、そう言うと枝豆を乱暴に取って口に入れ、皮を皿に放り投げた。枝豆を咀嚼しながら続ける。
「それをスマホいじりながら言うんだぜ。しかもこないだ出た最新のやつ。新しいものを嫌うんならずっとガラケー使ってろよ。なあ?」
確かに亮介の言うことは一理ある。携帯電話やら家電は、どんどん買い換えるくせに、仕事の話になると急に伝統を持ち出す。そういうのはうちの会社にもたくさんいる。
「そうだ、そうだ。お前は間違ってない。だから今日はお前のおごりな」
「だからあ、10万取り損ねたんだから、お前がおごってくれよ」「ヤだよ」

店員がラストオーダーを取りに来た。もう何も頼まないことを告げる。
亮介が店の中を眺めながら口を開く。
「世界中に男と女ってだいたい半々だよな?」
「何だよ急に」亮介に顔を見た。亮介は構わず続ける。
「じゃあ、話をしたい奴と話を聞きたい奴はどうだ?」
「そりゃ、圧倒的に話をしたい奴のほうが多いだろうな」
「お前もそう思う?」「そりゃ、そうだろう」
「俺もそう思う。だからさ、こういう店もあるわけだし」
「じゃあさ、聞いてもらえなかった話はどうなるんだ?」今度は俺が聞いてみる。
「そりゃあさ、熱い想いが詰まってんだから、積乱雲みたいにどんどん、どんどん膨れ上がってさ、どっかに雨でも降らしてんじゃないの」適当な奴だ。
天井を見上げる。ここでできた積乱雲が、どんどん膨らみ、天井を突き破って空まで届く。
やがてどこかで雨になる。
そういえば、今年は真夜中の通り雨が多い。なんてね。
「おいおい、お前聞いてんのかよ」「え?何か言った?」
「だからお前はモテないの。ひとの話はちゃんと聞けよ」
「聞いてるよ。雨が降り出す前に帰ろうぜ」
「え、今日雨降るの?」「お前が話をちゃんと聞かないから降るかもな」「何だよ、それ」
携帯電話で時刻を確認したのと同じタイミングで、店員が伝票を持ってきた。

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