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#19 授業中
ふと学生時代のことを思い出していたんだけどさ。
授業中に隣の席の学友と話していたら、当たりのキツイ年配の国語教師に「ぺちゃくちゃ喋ってうるさいのう、授業聞かんかい!」と叱られたんだ。
「授業中だし絶対ヒソヒソ話してたと思うんだけど、なんであの時先生はぺちゃくちゃなんて言ったんだと思う?」
急に話を振られた。僕はその場に立ち会っていないし、当たり障りなく返事をした。
「教壇に立っている先生からしたら、教室の話し声なんてぺちゃくちゃ話してるように聞こえるんじゃないか?」
「俺の中で"ぺちゃくちゃ喋る"って、ひっきりなしに話して喧しいイメージがあって、ヒソヒソ話すってのは第三者からは聞き耳を立てないと会話を聞き取れない声量のイメージがあるんだよね。」
「まあ僕がその言葉に持つ印象も似たようなものかな。」
「でもさ、同じ状況を指しているのにぺちゃくちゃとヒソヒソっていう表現はだいぶ乖離してると思うわないか?」
コイツは国語教師に異議があるわけでなくて、単に副詞の使い方について語りたのか?
「確かにその二つの言葉は一つの状況を指す言葉として相反してるけど、話している当人はヒソヒソだと主張して、教壇の教師がぺちゃくちゃ喧しいと感じても違和感はないよ。」
まあ教壇からどのくらい教室の声が聞こえるか僕にはわからないけど。
「俺も違和感はないんだよ。ただ違和感がないのが違和感というか、その状況を示す適切な言葉があると思うんだよな。俺も国語教師もきっと納得する言葉が見つかると思うんだ。だって同じ状況の話だぜ?」
「まあ確かに。広辞苑を隅から隅まで読んだら見つかるかもしれない。」
だんだんと鬱陶しくなってきた。ヒソヒソでもぺちゃくちゃでも間違ってないんじゃなかろうか。
「流石に広辞苑を引く気は起きないな。そもそも擬音がどの程度辞書に載ってるかも知らない。」
まあ僕も知らないけどね。
「ヒソヒソって漢字で書くと"密密"って書くんだよ。密かに密かに話してる内容をぺちゃくちゃと言うのは教壇に立っていたとしても表現が正しいとは思えないってのが俺の立場。教師の立場からぺちゃくちゃって言葉を選ぶってことはさ───。」
途中から僕の耳に入った彼の持論は、反対側の耳から見事に抜けていた。
「結局俺も国語教師も正しい言葉選びができていないと思うんだよな。なあお前どう思う?」
「国語の教師が正しかったんじゃないかな。だって君話し始めると止まらないタイプだろう?少なくともここ数分の君はぺちゃくちゃ喋っていたよ。」
「それは言えてるかもしれないな。流石国語教師ってことか。」
きっとそこに国語教師は関係ないけどね。