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【インタビュー(上)】遅咲き27歳の挑戦、中国プロサッカーで目指す頂点
最後の交代枠が使い切られた。その瞬間、自然と涙が出てきた。自チームの敗北をベンチで眺めるしかできなかったサッカー少年は、中国留学を決意する。その先で待ち受ける試練を知らずに。
夏達龍(なつ・たつりゅう)選手(27)のサッカー人生はまさに波瀾万丈だ。日本でプロを目指すも挫折。中国留学を始めた。現地でプロサッカーへのチャンスを掴んだが、チームは解散。追い討ちをかけるように新型コロナウィルスが流行した。中国のプロリーグでプレーする夏選手に話を聞いた。
日本で経験した挫折
5歳から地元の名古屋にあるサッカーチームで、ボールを追いかけ始めた夏選手。小学校4年生でチームのキャプテンを任された。小学校の卒業アルバムには、プロサッカー選手になることが将来の夢だと書いた。
中学校卒業まで同チームでプレイし続けたものの、中学生になるとサッカーが楽しめなくなった。今では、身長190cm・体重86kgと大きな体格だが、当時は体が細かった。成長期を迎え、周囲の選手は体格が大きくなっていく中で、夏選手は思うようなプレーができなくなった。4年生から巻き続けたキャプテンマークもついに外すことになった。「メンタルはズタボロだった」と夏選手は振り返る。
高校時代の夏選手(写真は本人提供)
母校の東海学園高校は今年、7年ぶり4回目の選手権全国大会出場を果たした
高校はサッカー強豪校に進学し、そこでもサッカーを続けた。迎えた高校生活最後の全国高校サッカー選手権大会県予選。ベンチスタートで試合が始まったが、最後の交代枠でも出場機会を得ることはなかった。自チームの敗北をベンチで眺めるしかなかった。
挫折からプロを目指す夢を諦めた夏選手は、自らのルーツを辿る中国留学を決意する。
留学先で舞い込んだチャンス
夏選手は中国にもルーツを持つが、生まれも育ちも名古屋。中国語は全く話せなかった。そこで、まずは北京の大学にある語学コースで0から中国語を学んだ。次第に中国で大学に進学し、学位を修めたいと思うようになった。
しかし、夏選手の国籍は中国。留学生として受験することができない。当時、中国語は聞き取れないレベルだった。受験勉強のため、北京にある学習塾に通った。大学には「ギリギリ受かった」と話す。「メンタル的にはスーパーハードだったね」と当時を振り返る。
上海の大学に入学後、現地のアマチュアチームでサッカーを続けた。チームを転々とする中で、プロを目指す気持ちに再び火が付いた。「だんだんと中国プロで通用すると確信していった」と夏選手は述べる。
転機は2017年。大学2年生の時に訪れた。あるアマチュアチームのコーチから3部リーグでプレーしないかと声を掛けられたのだ。プロサッカー選手を諦めて数年が経過していたが、「本格的に(中国でプロ選手を)目指そうと決意した」。
※1、2、3部リーグがプロリーグ。4部リーグは日本のJFL(アマチュアリーグの最高峰)に相当。1部リーグはスーパーリーグと呼ばれる。
新天地での挑戦
しかし、このオファーは断るしかなくなった。3部リーグの選手登録をするには、中国の身分証が必要になる。夏選手の手元にはそれがなかった。身分証を取得するのに、まず戸籍登録もする必要があった夏選手。リーグの選手登録までに手続きを終えられなかったのだ。
それから1年半がたち、再び別チームからのオファーが舞い込む。広東省深セン市にある4部リーグのチームだ。
3部昇格を目指していたこともあり、夏選手は同チームでのプレーを決意する。1年前に申請していた身分証は、選手登録の締め切りにギリギリ間に合うタイミングで発行された。無事に同チームでプレーできたものの、リーグ終了時に3部昇格が叶わずチームは解散した。
大学はもう卒業した。プロ入りを果たすためのチーム探しが始まった。
19年1月、初めての入団テストに挑んだ。入団テストは書類と実技で選考される。2部・3部のチームでテストを受けるも、自らを受け入れてくれるチームは現れない。
3チーム目のテストに落ちた時点で、すでにリーグ開始まであと1ヶ月。次に受けた河北省の3部チーム、保定容大から土壇場でオファーが来た。夏選手は当時26歳。「ほぼ経験0で挑んだトライアウト(入団テスト)はきつかった」と振り返る。
※プレーシーズンは、おおよそ1部・2部では4月-10月、3部では3月-10月
こうして、夏選手のプロサッカー生活が始まったのである。
保定容大では「点取り屋」を意味する背番号9番を背負った(写真は本人提供)
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インタビュー(下)は来週更新予定です。
文/田村 康剛