生身
その日記を発見してから、どのくらい経ったんだろうか。きっかけが何だったかすら思い出せない。ブログ公開サイトのおすすめで出てきたのを何気なくタップしたのが最初だっただろうか、そんなことさえも思い出せないほど自然に、気付けばのめり込んでいた。
書けることがあった日にしか書かない、と説明欄に記載されていたそれは、確かに更新日が不定期だった。次の話がいつ上がるのか、今日は更新されていないのか、と思いながら一日に何度も日記のページを見に行く。
一記事ごとに値段を設定することも可能なそのサイトではあまり見られないくらいの安価で、昼食にお菓子を一つ追加するくらいの気軽さで購入することができる日記は、ユエヅさんという人の手によって書かれている。
インターネットに公開されている卑猥な文章は今までに何本も読み漁ってきたけれど、悲しいくらいにヘテロの僕は、文章中に少しでも男性の気配を感じると萎えてしまい、かといって文章を読むということをやめることもできず、長い間放浪してきた。
もちろんイラスト投稿サイトに何千何万と存在する絵をおかずにすることもある。えっちな漫画が買えるサイトでそういうのを買うこともある。でもそれだけじゃ足りないのだ。文章で育ってきたら、文章で興奮するのが一番気持ちいい。
だからこの日記の存在、それを書いているユエヅさんという人に行きついたときは、本当に奇跡だと思った。
まず、内容はそれほど難しくない。平易な言葉で淡々と書かれている。それから感嘆符以外の記号は使われていない。Twitterには時々ハートを使った文章が上がっているけれど、ユエヅさんの文章は作文の作法に則って書かれている。
小説が読みたいとき、ハートマークで興奮や快楽を表現しているものが読みたいわけではないのだ。あくまで官能小説ではあまり見られない女性上位というジャンルの代替品、最低限小説の体を成している文章が読みたいのだから。
日記が更新される度、ユエヅさんのTwitterを見に行って、感想を送ろうとDMを開いてはやめてしまう。読んでいる最中は脳が発熱して文章への称賛が次々に浮かぶのに、いざ感想を送ろうとDMを開くと、何を送ればいいのか、どんな感想を伝えればいいのか途端にわからなくなってしまう。
それでも、どうしても、僕がユエヅさんに感謝しているということ、あなたの文章が好きなので書き続けてほしいですということを伝えておきたかった。そうしてどうにかこうにか綴った拙い手紙に彼女は想像以上に丁寧に返信をくれた。
何を上げても絶対に買ってくれる人がいて面白いということ、感想は滅多に来ないということ、日記は実際に現実世界でそういうことをしたときにしか書かないので、どうしても更新が滞りがちだということ。
話はいつの間にか好きな本や音楽、映画の話になり、僕は彼女がリアルタイムで紡いでくれる美しい言葉、彼女が生み出す文章の一つ一つが目に入る度に恋をした。彼女が書く文章に恋をしていた。ずっと話していたいくらい夢中になって、それで……それで。
それで、どうして僕はここに座っているんだっけ。
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嫌いじゃないですよ、あなたみたいなマゾ。