水曜日
小説本編です。
「あの! 僕、苦手なんですよ、羞恥プレイ」 「そうでしたっけ? 初対面の時に好きって言ってませんでした?」 「そんなこと言ってません!」 「渋谷の半透明の公衆トイレでいじめられるツイートが好きって」 「や、その、自分がされるのはあの、違って」 「電車内でお腹撫でられてイきそうになってたのに?」 危ないから動かないでくださいね、と伝えるだけの気遣いは忘れず、乳首の周辺から摘まみ上げた布地を切り裂く音で、体の内側もはさみのように冷えたような気がしてしまう。多少雑に切られた円から
こんばんは、水曜日です。このような場所に上げるつもりはありませんでしたが、wordの文書をスマホで見るというのはかなりの労力を要する行為であるため、この場をお借りします。これなら読み返すのも苦ではないと思うので。 本noteは全く学術的要素を含みません。全てわたしの偏見であり、あくまでわたしがレポを書く際に気を付けていること、また以下の要素を取り入れればレポが少し書きやすく、読んでいて多少面白く感じてもらえるかもしれないと思ったことのみを記載しています。Fラン私文中国語学
「貸出期限は来週の水曜日までです」 藍色に赤いラインが入ったジャージを着ているということは一年生なんだろう。肌が白く小さな手がボールペンで刻んでいく文字は、『刻む』と形容するのがこれほどしっくり来たことはないと言えるほど筆圧が高い。一定の秩序とバランスを保ちながら僕が上限いっぱいまで借りた本の名前を書く彼女の胸元には、赤羽という名字が刻まれている。 下を向いて本の名前を書き、下を向いたまま貸出期限を呟くように、しかしはっきり聞こえる声で告げる。図書局のローテーションを確認
壁と床が白い講義室だったから、全身が真っ黒の赤羽先輩はひときわ目立った。人の少ない講義室で先輩は前の方に座っていて、ぼくなら普段はあんまり座らないところだけれど、何となく先輩の隣に座りたかったから近付いてみた。 先輩はイヤホンで音楽を聴いているみたいだった。話しかける勇気もないからただ黙って座るだけだ。先輩は向こうの端に座って真ん中の座席に荷物を置いているので、ぼくは床に荷物を下ろして反対側の端に座る。三人がけの席に二人きり。でもきっと問題ないくらい学生の人数は少ないと思
眠っている間に雨が降っていたようで、温まったアスファルトから少し生臭い雨の匂いがむっと立ち昇ってきた。十条の駅前は特別空気が綺麗というわけではないけれど、やっぱり朝起きると一番に窓を開けたくなる。 少し向こうの十条銀座で買い物をする人々の話し声、散歩中の犬の鳴き声、肉屋のコロッケやカフェのコーヒーの匂い。わたしより早く起きてシャワーを浴びた町が、日光を乱反射してきらきら光っている。ぼうっと眺めていると急に夢の中で見たような気がする懐かしいあの顔を、熱くて大きな手のひらを
喋る前にお菓子を飲み込み、懐紙ごと机の上に置く。赤羽先輩は食事やお茶の最中に話そうとするときはいつでも手を止める、そういうところもたまらなく好きだ。会話を大事にするあまり他のことを疎かにする。それが意図的かどうかはわからない、きっと無意識なのだろうけれど、一旦話に集中しようとするのが愛おしい。 そうして話し始めると手も一緒に動くのも好きだ。別に会話の説明のために手を動かすわけじゃなく、楽器から音を出すために指を動かすのと同じ、言葉を発するための自然な手の動き。 思い出せ
がちゃ、と誰もいないはずの部室のドアを開けると、赤羽さんがどこから見つけてきたのか薄手のタオルケットに包まって目を閉じていた。夕方の太陽はオレンジに近い黄色で、赤羽さんの腰の辺りを暖かく照らす。 「赤羽さん」 声をかけても起きる気配がない。靴を脱いで赤羽さんの近くに座り、でも勝手に触れるわけにはいかないから、赤羽さん、と再度呼びかけると、ただでさえ眠そうな彼女の目が普段よりも眠そうに薄く開き、二度、三度と瞬きをする。それから視線を上の方、僕の顔に向けてずっと移動させた。
動悸。息切れ。青い空気の早朝には似つかわしくない灼熱地獄の悪夢から目を覚ますと、隣で寝ている月子が頭を撫でてくれた。起きてるの、と聞いても返事がない、無意識でこんなことをしてくれるなんて。 寝ている月子に抱き着くともう一度頭を撫でてくれた。嬉しい。悪夢から起きて甘えられる人がいるってこんなに嬉しい、悪夢なんてなかったことにしてくれるくらい甘やかしてくれる人がいるって嬉しい。月子の胸は脂肪が厚いから心臓の音は聞こえないけれど、呼吸の度に上下するから確かに生きていると思えて安
「ああ、暑いのに来てくれてありがとうございます、先輩」 抱き締めたくて仕方がないのを一生懸命抑えていると先輩が両手を広げてくれたので、気兼ねなく抱きついて存在しない尻尾をたくさん振った。先輩からはいつものいい匂いがして、背中には普段より少し大きめのリュックが背負われていた。 先輩、赤羽先輩。僕の大好きで大切な先輩。僕のご主人様。好きです、大好き。いつの間にか口から溢れ出てしまっていた心の声を聞いても先輩は軽く笑って優しく僕の肩を叩いただけだった。 「先輩、今日はどこに行き
宮野先輩は妙にそわそわした様子で北口に立っていたけれど、改札を通ろうとしたわたしの姿に気付いた途端に嬉しそうな顔をした。飼いマゾでもないくせにわたしの顔を見ただけで嬉しそうな顔をするんだ、ふーん可愛いじゃん、と思いながら近付く。 漫画の売り上げが入ったからお礼がしたいと宮野先輩が言い出したのはつい先週のことだった。先輩の想像以上に百合えすえむ漫画が売れたらしく、新しい話も書きたいと言い出したので、名目上は次作のための資料集めだ。 あくまで表向きは。そもそもお礼と資料集め
「ままがね、誕生日プレゼントにマンション買ってくれたんだけど」 「最初から最後まで聞きなれない文章すぎて脳が拒絶しちゃった。何て?」 「ままが誕生日プレゼントにマンション買ってくれたんだけど、ほらあたし超可愛いじゃん? いくらセキュリティがちがちとはいえ一人で住むの不安じゃん?」 「今まで一人暮らしだったくせに……」 「だから月子、一緒に住も?」 「嫌……どこなの」 「赤坂!」 「本当に嫌……」 えーなんで、と言いながらうららの吐いた煙が窓の外に吸い込まれるように消えていく
長かった夏休みが終わり、講義はレジュメだけ渡されてすぐ学校祭準備期間に入る。漫研は部誌を出すということで話がまとまっていたけれど、印刷の関係もあって夏休み中にもう原稿は完成しているので、印刷された部誌を受け取る以上のやるべきことはこれ以上特にない。 なので僕に限らず部員はいつも通り部室に集まってまったりしていた。夏休み中と何も変わらない、クーラーが寒いくらい効いた部屋で漫画を読んだり、ソシャゲをやったり、お菓子を食べたりするだけだ。 赤羽さんも来ませんか、と聞くと五限の
「……そしたらそのクローゼットから聞こえてくるんだよ、外に出ようとして夜な夜な扉を引っ掻く音が」 「ひっ……」 「爪も剥がれて、剥き出しになった指の骨で……かり、かり……開けて……ここから出して……かり……かり……」 「やだやだやだやだ」 「俺が物音を立てたら引っ掻く音が止まったんだよ。そこでああやっぱり気のせいだったのか……と思ったら……バーン!」 「わああああああああああ!!!!!」 吉田が大きな声を出したところで急に電気が消え、僕と青山さんは叫んで、暴れて、青山さんの
何度も彼女のことを夢に見る。何度も彼女の声を思い出す。片頬で微笑む姿、眠そうなのに鋭い目で射貫くように見つめる顔、柔らかく褒める低い声。魔法のように快楽をもたらす指先、絡めた舌と唇の柔らかさ。近付いた時にだけ感じられるバニラと白檀の重い香り。 何度でも思い出す。何度でも気持ちよくなれる。あの夏の日は夢だったのだろうか? いや、違う。紛れもない現実で、この身体に深く刻み込まれている。刻み込まれた身体は自分で慰めるだけでは満足もできなくなり、気付けば彼女の名前を何度も呼んでい
人の多いところが怖い。既にコミュニティがあったり、自分の知り合いが別の知り合いと仲良くして自分のことを忘れてしまったりしそうだから、人の多いところを避けていたい。 でも人のぬくもりがほしい。誰かと仲良くしたいという欲もある。相反した二つの感情を抱えて、今日もTwitterの裏垢を開く。タイムラインに並ぶ一方的にフォローしている人たちのツイートを眺めていると、最近あまり見かけなくなっていた人のアカウントが見えた。 『今度このイベントにこっそり行きます。お友達と一緒ですが、他
父がやっている家庭菜園が今年は妙に豊作だったらしく、誰かお友達にあげるあてがないかと聞かれて、真っ先に思い浮かんだのが赤羽さんだった。お友達、というかご主人様だけれど。僕が勝手にそう呼んでいるだけだけれど。 新しいバイトに受かったものの始まるのはまだだと言っていた赤羽さんは今日も暇らしく、今から行ってもいいかと聞いたらすぐにいいよと返してくれた。僕は茄子を五本ビニール袋に入れ、財布とスマホをポケットに入れただけの身軽さで電車に乗る。 戸田から十条までは埼京線一本で行ける