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「戦争と制裁」で視界不良は長期化 世界はインフレの時代へ|【特集】プーチンによる戦争に世界は決して屈しない[Part8]

ロシアのウクライナ侵攻は長期戦の様相を呈し始め、ロシア軍による市民の虐殺も明らかになった。日本を含めた世界はロシアとの対峙を覚悟し、経済制裁をいっそう強めつつある。もはや「戦前」には戻れない。安全保障、エネルギー、経済……不可逆の変化と向き合わねばならない。これ以上、戦火を広げないために、世界は、そして日本は何をすべきなのか。

コロナとの戦いにようやく光明が見えてきた世界経済に、再び暗雲が垂れ込めている。インフレが引き金となって起こり得る景気の低迷に〝救世主〟は現れるのだろうか……。

文・倉都康行(Yasuyuki Kuratsu)
RPテック代表取締役・国際資本システム研究所長
1979年東京大学経済学部卒。東京銀行、バンカース・トラストを経て、チェース・マンハッタン銀行。2001年に金融シンクタンクのRPテック株式会社を設立。近著に『危機の資本システム』(岩波書店)。

 年初、国際金融市場での注目点はコロナ禍からインフレ懸念へと移り始めていた。その過程で「最大リスクは米国の金融政策動向」というコンセンサスが生まれ、視線は米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長に集中していたが、2月24日にロシアがウクライナ侵攻に踏み切ったことで、景色が一変した。世界の耳目は一斉にプーチン大統領に注がれることになったのである。

 米国はロシアに対して予想以上に厳しい方針を打ち出し、金融そしてエネルギーに制裁対象を拡大した。特に前者に関し、国際銀行間通信協会(SWIFT)のネットワークからの排除やロシア中央銀行への制裁にまで踏み込んだことは、金融市場の想像を超えるものであった。あまりに「副反応」や「後遺症」が厳しいからだ。だが、当初は制裁に躊躇していた欧州諸国も、ロシア軍の厳しい攻撃姿勢を前に、米国に同調せざるを得なくなった。

 当初は「世界経済にとってロシアはさほど重要でない」といった楽観論もあった。国内総生産(GDP)規模では世界11位であり、貿易シェアもそれほど高くはないからだ。資本市場でもロシア関連取引のウエートは低い。

 だが、一方でロシアは世界最大級のエネルギー産出国であり、世界有数の穀物産地であり、核兵器も保有する世界第2位の軍事力を持ち、6300億㌦という高水準の外貨準備を持つ国である。この国に対して金融を「武器化」するリスクは小さくなかった。

 確かに厳しい金融制裁の結果、ロシアの通貨・株・債券は暴落し、今年の成長率は2桁マイナスが確実視されている。だが軍事攻撃と違い、「武器化された金融」は双方に被害をもたらす。西側諸国でも、対ロシア与信を掛ける銀行やロシアの国債や社債を保有する機関投資家などは直接の害を被っている。航空機リース業でも、多額の減損処理リスクは不可避とみられる。

 さらにロシア産原油の禁輸といったエネルギーに対する制裁も、市場に強い不安感を植え付けた。米国はロシアの石油やガスへの依存度は低いが、欧州はロシアなしでは経済が回らない。原油市場で3月に一時1バレル140㌦近くまで急騰したが、まだ原油価格が安定したとは言い切れず、コロナ禍からの脱却で光が差し始めた世界経済に、再び暗雲が垂れ込めている。

 それに拍車を掛けそうなのが穀物市場である。ロシア、ウクライナと言えば、……

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