花音とモモのふしぎなぼうけん 第三話「春のオオカミ」
柚木一乃 作 安井寿磨子 絵
その朝めざめると、部屋の中が昨日よりひんやりとしている感じがして、花音(かのん)はいきおいよくベッドからとびおりました。さいきん、どんどんさむくなるので、雪がふるのではないかと、とても楽しみにしているのです。
あわててカーテンをあけますが、外はいつもどおりのけしき。雪はまだのようでした。
花音は急にさむくなって、大いそぎできがえると、あたたかいリビングへと、かけこみます。モモがうれしそうに、しっぽをふってむかえてくれました。だきつくと、モモの大きな背中はあたたかく、花音がくるまでストーブの前でねむっていたのがわかります。
モモはさむがりのくせに、「早くさんぽにいこう、いこう」と、せかします。
花音は大いそぎで朝ごはんを食べ、モモとさんぽにでかけました。あちこちの小さな水たまりに氷がはっていて、晴れた青い空をうつして、きらきらひかっています。花音が足で氷をわると、パリンと気もちのいい音がしました。
モモは、そんな花音をうれしそうに見ていましたが、急に立ちどまると、なにかのにおいをかぐように、はなを空高く向けました。そして、しっぽをぴんと立てて、花音の方をふりむきます。いつもの「ついてきて」というあいずです。
花音があわててリードをつかむと、モモがとことこと歩きはじめました。
「モモどうしたの?」
花音が声をかけても、モモはふりむくことなく、歩いていきます。 花音が前にもこんなことがあったなあと思ったとたん、モモは、とつぜん立ちどまり、それからまっすぐに走りだしました。
リードをひっぱられて、花音もいっしょに走りだします。花音がどんどん走っていくうち、とうとういきがきれて、
「もうだめ、モモ!」
思わず目をとじたとき、手から、するりとリードがぬけてしまいました。
あわてて目をあけると、モモはどこにもいかず、花音のとなりにすわって、ちょっととくいそうに花音を見つめていました。
ほっとした花音のほほを、ビューと氷のような風がうちました。花音がつめたさにどきっとして、あたりを見わたすと、あたりはまっ白。まぶしい雪げしきが広がっています。
まちにまった雪の原を見て、花音はわくわくしてきました。
モモもなんだか、おおはしゃぎ。雪の中をころがるようにして、走りはじめます。まるで子犬のようです。
よく見ると、むこうのほうには、雪のぼうしをかぶった木々が立ちならんでいました。
「モモ、あっちの森までいってみようよ」
二人で、ふかい雪の上を歩きます。
花音は、足をとられないように大またで、モモも半分うまりながら、でも楽しそうにすすみます。ずんずん森の方にあるいていくと、なにかがきらりと光りました。
近づいてみると、それは大きな池でした。すっかりこおりついています。
花音はおそるおそる、足の先で氷をけってみました。びくともしません。とてもあつい氷のようです。花音は前に読んだ本に、池や川がこおってできた、しぜんのスケートリンクのことが書かれていたのを思いだしました。
思いきって、池の岸につきでた木のえだをしっかりつかみながら、そっと、氷の上にのってみました。少し、はねてみましたが、やっぱりびくともしません。
「モモ、この上、歩けるよ!」
岸でじっとようすを見ていたモモに声をかけます。
すっかりうれしくなった花音は「やっ!」とばかり、えだから手をはなすと、つるりん。ころんでしまいました。
モモもかけよろうとして、つるりん。
モモはあきらめて岸べにもどると、花音のちかくの岸を、行ったりきたりしています。
花音は、しぜんが作ってくれたスケートリンクにむちゅう。ころんではすべり、ころんではすべりしながら、ほほをまっ赤にしてあそびます。
「モモ見て! わたし、立てるようになったよ」
うれしそうにさけんだとき、急にさむさを感じ、体がぶるぶるっとふるえました。あせをかいたからでしょうか。足の先からかみの毛まで、こおりつくようなさむさです。
花音は足をさすったり、手をこすったりしながら岸にもどると、モモのふかふかの毛に顔をうずめますが、どうにもふるえがとまりません。とにかく今すぐ、このさむさを何とかしないと、ほんとうに氷づけになってしまいます。
そのとき、モモがなにかに気がついたようです。
モモがみつめる先には、モコモコした毛皮をきた男の人と、やっぱりモコモコした毛皮をきた花音より小さい女の子が、ちょっとおどろいたように立っていました。
さむさで歯をカチカチいわせている花音を見て、男の人が声をかけてきました。
「あの、なにをしているのかな?」
ますます歯がカチカチいって、花音が話もできないでいると、男の人は、
「こんなところで、そんなかっこうをしていたら、こごえてしまうよ。二人ともうちにおいで。体をしっかりあたためよう」
花音はあたたかい部屋をそうぞうしただけで、もうとんでいきたい気分です。それでも知らない人についていっていいものか、心配になってモモをふりかえると、モモがだいさんせいとばかりにしっぽをふっていたので、ほっとしました。
男の人の家は森の中にあり、部屋には大きなだんろがすえられていました。
少し火の弱くなっているだんろを見て、新しいまきをかさねます。じわじわとほのおが新しいまきへとうつり、パチパチという音とともに、火花がちります。
花音が思わず手をのばすと、じーんというぬくもりが体中につたわってきます。
男の人があたたかいスープを手わたしてくれました。花音はそれをりょう手でかかえるようにして飲みます。
スープを飲みおえてひといきつくと、まだ、名前もいっていなかったことを思いだしました。
「わたしは花音、こっちはモモです。
あたたかいお部屋と飲みものをありがとうございます」
花音がこんどは、きちんとおれいをいうと、男の人は、
「ぼくはカノープス、この子はむすめのスピカだよ」
と、こたえました。
スピカといわれた女の子は花音にわらいかけました。もう、すっかりモモとなかよくなったようで、くつろいでころがっているモモのせなかを、スピカがやさしくなでていました。でも、スピカはかぜをひいているのでしょうか、ときどき小さくせきをしています。
花音はカノープスさんのほうを見ると、
「カノープスさん、ここはいつもこんなにさむいの?」
と、たずねました。
「そうだね、雪がないのは、一年のうち四か月くらいなんだよ。だから春がくるのを、みんな楽しみにしているんだ。
ただ、今年はおかしくてね、ほんとうは、もうとっくに雪がとけているはずなのに、まだ冬のままなんだ。それどころか、さむさは日に日にひどくなって、スピカはかぜをひくし、ふもとの村の人たちはジャガイモのうえつけもできなくて、こまりはてているんだよ」
「どうしたのかしら?」
花音がいうと、
「春のオオカミが、まだこないんだよ」
カノープスさんが教えてくれました。
モモをなでながら、スピカが、あたりまえのように話します。
「春のオオカミがきて、つめたい冬を食べつくしてくれると、あたたかい春がくるといわれているのよ」
花音はおどろいていいました。
「そんな話、はじめて聞いたわ!
でも、そのオオカミさんは、どうしてこないのかしら?」
「だれにもわからないの」
スピカがこたえます。花音は少しかんがえて、ききました。
「スピカ、その春のオオカミはどこからくるの?」
「たしか南のほうからくるはずよ」
それを聞いて、花音は元気よくいいました。
「ねえ、春のオオカミがこないなら、むかえにいってみようよ!」
花音のことばに、
「春のオオカミをむかえにいく!?」
二人はおどろいたようでしたが、カノープスさんが、かんがえかんがえ、いいました。
「いやまて。
たしかに、この長い冬をおわらせるには、まっているだけではだめだ。やれることはなんでもやってみよう!」
それを聞くなり、モモが外にとびだし、ぴんとしっぽを立て、南の空に向かってとおぼえをはじめました。
「ワオオー。
ワオオー」
「モモもそうしようといっているわ!」
スピカがいいました。するとカノープスさんが、
「花音、モモ、ちょっとこっちにきてくれるかい」
と、よびました。
家のうらにまわると、小屋があります。花音が中をのぞきこむと、そこには、それはそれはりっぱな二頭の犬がいました。モモよりもずっと大きい犬で、太い足はまるでライオンのようです。
二頭は小屋から出てくると、モモに、ちょっと、はなを近づけてあいさつをしました。そして、むかしからの知りあいのように、三頭はしっぽをおいかけあって、楽しそうにあそびはじめました。
カノープスさんはわらいながら、
「白いのがマーニ、黒と白のがソール。そりをひいて走る犬だよ。力もちで、つかれしらずの犬たちだ。
二人とも、明日から走れるだけ走ってもらうよ」
そういうと、あたたかい部屋にもどり、南へむかうルートのかくにんです。
花音とスピカたちがベッドに入ったあとも、カノープスさんは一人ねっしんに、たびの計画をたてていました。
一方、スピカと花音、モモは、ひとつのベッドで、ほかほかとしながらそれぞれの国の話をたくさんしました。夜はふかまり、あくびをひとつした花音がモモをふりかえると、モモはもう、しずかにねいきをたてています。花音とスピカも、モモにつられるように、いつしか、ここちよいねむりについていたのでした。
つぎの朝、かぜをひいているスピカを村に住んでいるおばあさんのところにあずけるため、ふもとの村に立ちよりました。そして、村長さんに春のオオカミをさがしにいくことをつたえると、出発です!
モモは、はなさきを上に向け、空気のにおいをもういちどかくにんすると、うれしそうにしっぽをぴんと立て、大きく「ワオー」と空に向かってほえました。
「さあ、いくぞー!」
カノープスさんが大きな声をあげると、マーニとソールがまっていましたとばかり、かけだします。
モモは、走るのはわかい二頭にまかせて、そりのいちばん前にかまえ、かざみどりのように、じまんのはなで方向をしめします。
そりは、つめたい空気を切りさくように走ります。
カノープスさんがあやつるそりの後ろのせきで、花音は毛皮にくるまったままふりかえると、赤や緑の光がゆらゆらとゆれています。まるで夜空に光のカーテンをつるしたようなふしぎな光景です。
「カノープスさん、あれはなに?」
「ああ、あれはオーロラだよ」
花音は名前だけは聞いたことがあります。もっとよく見ようと後ろに身をのりだす花音に、カノープスさんが声をかけました。
「ほら、あんまりみとれていると、そりからおちるよ!」
花音は、さいごにもういちど、なごりおしそうにふりかえると、きっと前を見つめます。
オーロラを背に、そりは走りつづけました。どれくらい走ったでしょうか、そりのスピードがおそくなったような気がしました。
すすむにつれて、雪が少しずつとけて、ずぶずぶと重くなり、マーニとソールも走りにくそうです。
そうです。あたたかくなってきたのです。
とうとう雪はまだらまだらになり、地面はとけた雪で半分どろぬまになってしまいました。これでは犬ぞりはむりです。カノープスさんはそりをおりると、歩いていくことにしました。マーニとソールは、そりを守ってまっていることになりました。
モモを先頭に二人がすすんでいくと、おそろしいじひびきのような音が聞こえてきました。
「ガガガガガー。
ガガガガガー」
用心しながらしんちょうに近よっていくと、いました!
びっくりするほど大きいオオカミが、銀の毛を日の光にかがやかしながら、ねそべっていました。どうやらねむっているようすです。
さっきから聞こえていた音は、このオオカミのいびきだったのです。
オオカミは、ぽってりとしたおなかを見せて、ごろんとねがえりをうちました。ぐっすりねむっていて、なかなかおきそうもありません。
ついにモモが前に出ると、いびきより大きな声で「ワン!」とほえました。
オオカミは、
「なーに? なにかあったのー?」
と、まだ半分ねぼけ顔です。
「あなたは、春のオオカミ?」
花音が、たずねます。
「そうだよ」
「それならどうして、こんなところで昼ねなんかしていたの。
みんなこまっているのよ」
するとオオカミは急にしょんぼりして、
「だって、ぼく、まいごなの」
と、いうではありませんか!
「まいご!?」
「うん、去年までおじいちゃんといっしょだったんだけど、おじいちゃんがこしをわるくしたから、ぼくはじめて一人できたの。そしたら、道にまよっちゃって・・・・・・。
このあたりの冬はぜんぶ食べちゃったし、しかたなくねてたんだ。もう、おなかぺこぺこだよー」
三人ともことばがありません。でもなぜかちょっとおかしくなってきて、花音はわらってしまいました。カノープスさんも、そしてたぶん、モモも。
みんなが、いつまでもわらっているので、オオカミはすっかりすねてしまいました。
カノープスさんが、まじめな顔をすると、
「これから冬のたくさんあるところにつれていってあげるから、おなかいっぱい食べるといいよ」
それを聞くなり、オオカミはおきあがると、口を大きくあけたままグーとせのびをし、銀の毛をブルブルとふるいます。立ちあがれば、やっぱり、それはそれは大きいオオカミでした。
さっそくみんなで、そりへともどります。
そりは雪の原をよこぎり、春を知らせるいなずまのように走りますが、春のオオカミは、道のあちこちにある冬を食べながら、かるがるとついてきます。
そりをひたすら走らせながら、カノープスさんがうれしそうに、いいました。
「村についたら、みんなおどろくだろうな。春になったら、すぐ、いつものまつりのじゅんびだ!」
まもなく村が見えてきました。そりがつくと、村長さんから話を聞いていた村のみんなが、大あわてで外にとびだしてきました。本物の春のオオカミにびっくりして、目をぱちぱちしています。
でも、春のオオカミはそんなことにはおかまいなしに村にとびこむと、あっというまに冬を食べてしまいました。村のまわりの森にある冬も、ぜんぶです。
それまでずっと、空をおおっていた雪雲がきえ、やわらかなひざしが、あたりをやさしくつつみこみます。こおりついていた川が流れ、雪の下にうもれていたスノードロップがあわてて花をさかせました。するとほかの花や草もまけてはいられないと、いっせいに、わかばを空にむけてのばしはじめました。
春のオオカミがおなかいっぱいになったころには、村はすっかり春になっていました。
村のみんなが手をとりあったり、声をかけあったりしている間に、春のオオカミは、すっとすがたをけしていました。
さあ、春のおまつりです。
町の広場に、みんなが春まつりのためにとってあった、たくさんの料理やのみものが、つぎつぎ用意されました。
すると、きらめくいしょうに身をつつんだ子どもたちがあらわれます。なかでもひときわきらびやかなドレスをきて、頭にスノードロップの花かんむりをかぶった女の子が、しずかに歩みでてきました。
スピカです。
すっかり元気になったスピカは、花音とモモの前にくると、
「春をつれてきてくれてありがとう」
かぶっていた花かんむりを花音の頭にのせました。
それをあいずに、ほかの子どもたちが歌いおどりはじめます。
気づけば、村のみんなも声をあわせ、わを作って歌いおどります。
長い旅で少しつかれていた花音は、おどりをながめているうちに、春のぽかぽかようきでねむたくなってきました。モモにもたれかかり、いつのまにか二人ともねむっていたのでした。
気がつくと花音は、つめたい地面にすわっていました。モモがほほを一心になめてくれています。
花音は、頭にあった花かんむりをそっとはずし見つめます。
スピカの顔がうかびます。それから、ニーナやキリンの親子、ぼうけんで出会ったみんなの顔が、つぎつぎとうかんできたのです。
花音は花かんむりをまたかぶると、
「ありがとう、モモ」
と、モモにぎゅっとだきつきました。
二人のまわりをいつしか、花びらのようにかろやかな雪が、しずかにまっていました。
一年がたちました。今も花音とモモはいちばんのなかよしです。でも、モモはもう「おさんぽ、おさんぽ」とはいわず、いつもソファーでまんぞくそうにねむっています。
ちょっぴりだけお姉さんになった花音は、モモをおこさないよう、しずかによこにすわります。モモのねいきを聞いていると、二人でしたふしぎなぼうけんが、いつも思いだされるのでした。 (了)
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