大家業を通して感じたあれこれ②―今も気になる入居者Aさんー
我が家は大家として自主管理をしているため比較的入居者との接点が多い。そんな中今どのようにして生きているだろうか、もうこの世にいないかもしれないと思い出す人がAさんだ。
Aさんは男性で30代くらいだった。家賃の滞納が3か月続いてしまい、退去の勧告の対象となった。電話に出ることもなくなったため管理会社の方がたびたび訪問してくれた。初めのうちは居留守を使っていたようでもあったが、そのうち電気メーターも止まり住んでいる気配がしなくなった。若い人なので部屋の中で亡くなる可能性は低いと思われ、家族やネットカフェなど別のところに行ってしまったかもしれないと管理会社の方が考え、万一部屋に荷物など取りに戻ったときに見てもらえるよう玄関扉に連絡用の電話番号を書き記したメモを貼り付けて連絡を待った。メモを無視して部屋に入ったとしても後でわかるように扉にテープを貼ったりもしてくれたが全く入室した気配はなかった。それどころかある日別のメモが貼られていたのだ。それはAさんの弟からのメモで「心配だから連絡をくれ」というものだった。勤務先にももちろん電話したがやめてしまったといい、転職先もわからない。
かつての勤め先から一つだけわかった事実があった。病気になり仕事ができなくなったという。病状はかなり悪いようだった。勤務先は一般企業ではなくフリーランス的に働いていたようで社会保障などは十分でなかったのだろう。Aさんの弟によると、父も自分も十分なお金がなくAさんをサポートしてあげられないのだという
そんな事情を抱えて行方をくらませたAさんを、不運のかたまりに思えて仕方がなかった。とはいえいつまでもその部屋をそのままにしておけない。管理会社によるとそのように困窮した人は、生活保護を申請すると認められるのではないかという。
このように本人が居なくなった部屋は、家主が勝手に家財を処分したり別の入居者を入れたりすると、万一何かあったときに訴えられてしまうかもしれないので弁護士に依頼して、弁護士の立会いの下、控えの鍵を使い部屋に入ることとなった。私も家主として立会い、管理会社の者も室内に入り、安否確認と連絡をつけるための手がかりを探すことになった。
扉を開け、室内を見渡す数秒は緊張感が走った。可能性はほとんどないものの本人が息絶えている姿だけは誰も見たくなかった。一通り部屋を調べたがどこかに隠れていたこともなくまずは一安心。引き続き室内で書類等を探してみた。部屋はきれいに整頓されており、布団も洋服もきちんとしていた。こざっぱりとした部屋からはAさんはきちんとした人なのではないかと思わせるものがあった。一番目立ったのは病院と薬局の領収証と飲み残した薬だった。
何と気の毒な人なのだろう。病名はわからないが長く治療をしていたようだ。病気で職を失ったため家賃を滞納し、部屋に居られなくなって出て行ったきりどこへ行ってしまったのだろう。我々が追い詰めてしまったような形にも見えるが、賃貸経営をする以上Aさんに無料で部屋に居てもらうわけにはいかないので然るべき法的手段で解約の手続きをすませた。家財は専門の業者に処分してもらった。
本当に気の毒で悲しい出来事だった。Aさんは今この世にいるのかもわからない。どこかで生きていて欲しいと願っている。
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