結局のところ、世界は僕達の視界に映る分しか残っていなかった。どこへ行っても湿度は80パーセント。 ぐったりとするカピバラの毛並みは北へ先端を向けている。亡骸。僕達もそろそろだ。彼のあどけない横顔を見て感じる。 乾ききった土地。 いかにも荒廃といった様子の砂漠。 なんて開放的だろう。僕は思った。 地平線に囲まれているみたいな、天動説の証拠みたいな場所。 どこまで行っても変化が起きない。定期的にカピバラの死骸か白骨が落ちているのみで、それ以外は無い。生は過去。死は進行形
「だから僕はこんな人間になっちゃったんだ…」 彼を想いながら、薄汚い部屋で呟く。僕は結局、なんの倫理もなく、ただ性欲だけを求めている目線と媒体に過ぎないんだ。 それに比べ、彼の、純白、純潔、純正の瞳、角膜、内斜視よ。全部が僕の背中に波として打ち付けている。 ああ、僕は部屋で一人、好きなロックナンバー(大昔の洋楽とか、長尺のテクノとかではない。少しマイナーな邦楽)を聞いてぼーっとしているとき、彼が泣いている姿を想像する。 そして想像だけで自慰が済まないか考え、済まず、結
まどの外 ガラスの雪崩が起こっている この街にホームレスがやってきたんだ 寺山修司を読むな 村上春樹を読むな 三島由紀夫を読むな どうせお前には分からないから 理解を定義する父親は私と同じ道から来ている ばかばかばかしんでしまえ かってにふかいやみのなか 馬鹿は早朝に死ね 深い空洞がある 明朝体の中身が大事なのであって 字列はまったく1円にもならず ただ真面目なだけの公務員 ぼくたち公務員 公務員 1円にもならず ロックバンドのエッセイだけがぼくたちの手元にある 「
誰かの口笛が窓から聞こえてくる。 先の豪雨も鳴りを潜めた。鼻を纏うゲオスミンとは土中のバクテリア、カビの臭い。目を閉じるなどをしてみる。 「私以外にも人が存在する」不変の事実への意識。巨大なクエスチョンマーク。 重たい。私にはあまりにも重い社会。時間の流れが早い。痛い。閉鎖的な口笛が帯状となり、いつまでも私の首元から離れない_____ 私の中ではまだ父の手に押さえつけられた稚児が眠っているのに。←それは甘えに過ぎない甘えでしかない大馬鹿者の
なんの診断も受けていないから何も言えないし、適当を言ったらその時点でヘドロ、悪人、大馬鹿者になるのは分かっているけど言いたい。 私は多分、ADHDのグレーゾーンだ。 物忘れが酷い。提出物出さない。忘れ物が多い。 感情の浮き沈みが激しい。特に前から入っていた予定が急に消えた時は押しつぶされるような悲しみがある。 集中がすぐ切れて途端にぼーっとしてしまう。授業とか興味のない話には、集中しようと思っても頭の段差が擦れてできない。何回もキャリーケースを開ける荷造り。部屋汚い。
「生きてるんだ。」 「あくまで?」 「あくまで。」 ぐちゃりと粘度を持つ泥にはスイカの種が混じっている。 ──ピンと張った思考のセンサーがその事実に触れた時、直線的な畏怖を感ずる。もうそろそろ発芽する。胃の中に溜まった泥が食道を這いずりあがってきて、喉が詰まった。彼が此方を見る。 涙交じりに見た彼の起伏の無い瞼。白眼視するな。お前は太陽だから、そういうジットリと濡れた歌舞伎町の阿婆擦れみたいな視線を誰かに向けちゃいけないんだ。 湿気の籠った空気が暖かい皮膚に触れ結露を
彼は何を考えているか定かじゃない。それこそが彼と同じ音楽を聴く理由である。 ギターソロ、煩雑として鳴り止まない。アンプが天井に突き刺さったのか?全体に音が反響・蔓延、私達を取り囲む。浮遊するような刺突するような死ぬようなそれらの波。荒れ狂い、制御不能な、独立した波を、単調なベースが手繰り寄せ、現世に繋ぎ止めていた。 パンク・ロックというか、サイケデリック・ロックというか、ともかく強大で精悍で、ある種中二病的魅力も兼ねられたそのバンドこそが僕と彼の出会い、と言ったらキメエが、間
泣きじゃくる彼 椅子の床に伏し 顔をこちらへ向けようとしない 丸まった背骨 二の腕の柵に乗っかる髪の毛 僕は思い出した 人は泣く時 奥歯を削るか 下唇を突出させる 彼の唇は今 どこに位置するか 上の方 より鼻の近くにあるのか 下の方 より顎の近くにあるのか どちらでもいい 僕はさながら阿弥陀如来像 そこにいるだけの静謐
衝立の奥に潜む僻地その先の蝙蝠、軋轢だの軌跡だのと喚く。まるでお前の父親みたいだ。 ぼうっと世界一色丸裸で佇むお前そしてお前の父親の幻影。半円の夕日に霞むような温さ。投影出来なかった。18年の露呈。お前らのためのアルカディア。
足首のところまで生い茂った雑草が上空から湧き出る夥しい風圧に靡いていた。比喩ではない。その時俺たちはまさに隕石を仰ぎ見ていた。今はまだ小さいが、予報では、何を言っていたか、まあ、滅亡。 「なんでそう思う?」 なんでだろう。ハエが足元から這いずるように飛び上がって喉元。世界は正しく回っているが、美しく回っているが、なんでだろう。なんでだろう。 彼の下瞼が正確な重さと清らかな円弧を有している僕の胸に留まる。瞬、ある意味で僕は唯物論者とも言える。言えるか?
そういえばあれはおじいちゃんの骨だったな。高く伸びる線香のような煙。バールのようなもの。
漂っていた。辺り一帯シクラメンの香りが広がり、無洗米の彼は「そうじゃないなあ」と頻りに呟く。彼の着る麻布製薄ら寒いTシャツ、仏様が糸を引くように地上へと引き付けられ、背中側の布が彼の背骨から脇腹にかけてびっちりと張り付いていた。 陽光を透かすみなもが山岳のように揺蕩い、しかしある1点で裂けている。その中は光を全て吸収した夜闇。平面か空間か判別し難いほどの闇。むしろ黒。 私は私たちはそんな黒から落ちてきた、この水中まで、そして浮かびゆくのみ、一目散。
世界砂塗れ。 「寝転んだ私の頭から溢れ出た脳しょうが、枕に染み込んで、床に届いて、土を抉って、その内に段々固体化していって、最後には内核まで到達するよ」 彼の淡々としてかつ叙情的な発言に私は曖昧な頷きをした。彼と私の間には時たまそういうことがあった。 大抵の場合、彼は喉を乾かしたいだけで、私は呆然と広がる音の狭間に挟まるだけだ。 ああしかし事切れてしまえば起こりえぬ春。 形相の無い事柄はそれだけでアリストテレスを激怒させるか。 私にとって彼とは存在意義であっても、世界
樹海がこんなにも色音溢れる場所だなんて僕は知らなかった。 死のために用意されたような濃い暗闇の中、小動物、雑草、風、柳、それぞれが神々しく眩い。 樹海なんてものは、鬱屈とした、死だけを養分に生き長らえる樹木どもの奈落だとばかり思っていたのに。 足を止めて様々なものに視界を巡らせる。僕のスーツの周りを蝶が悠々と舞う。蛇が僕の足許に絡み付いて、その滑らかな曲線を蛸のようにぬめらせていく。 あの時漠然と感じた性が、今に至っても恋として顬の周辺をうろついていた。 溜息。 「結
雲が綿飴のようにしゅわりと消えて、体の物理的な拠り所を失った私はそこから真っ逆さまに落ちていく。 天国から堕ちていく事の本能的な怖さ、又現世に戻る予兆であることを期待する希望的観測が入り交じる手汗が、空気抵抗の風流で上へ飛び上がり頬を刺激する。 しかし虚しく現世を透明のまま気付かれぬまま気付かぬまますり抜けて、空気と地面の境目が無くなった体で地底に勢いよく潜り込み、落ちていき、落ちていき、マントルとマグマの間の、ちょうど暗くてねちっこくてひんやりした空洞を通って、地獄まで
結局私の生活は全て夏の延長上にあるのかもしれない。 私が何かを決断する時。考える時。感じる時。 全ては燃えるような刹那の清涼に扇がれながらだった。ずーっと。何時でも。 そんなことで私は、すっかりパブロフの犬になってしまった。 何かを決断する時。考える時。感じる時。 私は夏を探さなければいけない。 その時、透明少女という曲は何よりも道標になる。歌っていればいずれ、側溝から、爪の隙間から、夏がやってくる歌だ。 爽やかでどこまでも尖っているギターは、高校生の私に青春の膜を張