読むべからず
彼が最初にその手紙を見つけたのは、駅のベンチだった。古びた便箋には「読むべからず」とだけ書かれている。何かの悪戯かと思い、無視して立ち去ろうとしたが、どうにも気になってしまい、手紙を開けてしまった。
「お元気ですか?最近、私のことを思い出してくれましたか?」
その一文を目にした瞬間、まるで誰かが自分を遠くからじっと見つめているような感覚に襲われた。覚えのない言葉なのに、なぜか心の奥に引っかかる。思わず背後を確認したが、周囲に人影はない。ただの悪戯だと思い込もうと、震える手で手紙を戻し、早々にその場を立ち去った。
翌日、同じベンチに「読むべからず」と書かれた手紙がまた置かれていた。その場を通りかかると、まるで自分を呼び止めるかのように、存在感を放っているように感じる。今度こそ駅員に話そうかと思ったが、ふと目を逸らした瞬間、手紙は消えていた。
それからというもの、手紙は彼の生活に浸透していくように現れ始めた。自宅のポスト、職場の机の上、さらに見覚えのない場所にまで、同じ手紙が現れるようになったのだ。家や職場という「自分だけの空間」にまで何者かが踏み込んでいることに、彼は日常の全てを蝕まれるような恐怖を感じ始めた。
ある夜、彼が帰宅すると、玄関の床に一通の手紙が落ちているのを見つけた。喉が張りつき、心臓が一瞬止まったように感じる。誰かが自宅に入り込んでいたのだ――彼の「内側」にまで。
全身が凍りつきそうになる中、彼は震える手で封を開けた。空っぽだった。ほんの一瞬、安堵の息が漏れたが、次の瞬間、封筒の底に小さな文字が目に入った。
「おかえり」