図書館の窓際
「また来たの?」
図書館の窓際で本を読んでいると、いつものように黒猫が顔を覗かせた。私は窓を少し開け、猫を中に入れる。
「今日は何を読もうか」
黒猫は本棚の前で立ち止まり、尻尾でノンフィクションの棚を指す。
「へぇ、今日は難しいのがいい気分?」
図書館に猫が来ることを、司書の山田さんは黙認してくれていた。誰にも迷惑をかけないし、本を傷つけることもない。ただ、私の隣で本を読むだけ。
「あの子、あなたが読んでる本の内容、わかってるみたいよ」
山田さんはそっと教えてくれた。確かに、面白い場面では耳を動かし、悲しい場面ではうなだれる。
ある雨の日、黒猫が来ないことがあった。心配になって外を探すと、図書館の裏で小さな女の子が泣いていた。
「ママに本を読んでもらえないの」
話を聞くと、お母さんは入院していて、なかなか会えないらしい。
「じゃあ、私が読んであげようか?」
その日から、窓際の読書会は三人になった。私が本を読み聞かせ、女の子が隣で聞き入り、黒猫が二人を見守る。
一ヶ月後、女の子のお母さんが退院してきた。
「不思議なの。入院中、毎晩夢で黒猫が本を読んでくれたの」
その日以来、黒猫の姿は見なくなった。でも、誰かが本を必要とする時、図書館の窓際に、ふわりと黒い影が現れるという。
今日も私は窓際で本を読んでいる。そこに、新しい誰かが来るのを待ちながら。