見出し画像

真夏の空とロミオとジュリエットとブルックナー

ベッドに横たわりながら、見上げれば真夏の空。
青い空と白い雲。
絵に描いたような。

まぎれもなく、夏休みである。
そこが、病室であるということを除けば。


その名を「横紋筋肉腫」という、がんとともに生きる日々は、
あっという間に季節を春から夏へと進めていた。

抗がん剤治療の副作用が落ち着いて、
あとは白血球の数がもう少し増えれば、外泊できるか、という頃。
体調はわるくないだけに、一番退屈する時期でもある。

面会に来てくれた友人からの差し入れは、文庫本だった。
現代版ロミオとジュリエットともいうべき、小説。


大学を休学しての治療。
春からずっと夏休みのような日々を過ごしていた私。
読み始めたら一気に最後まで読みたいのを、ぐっと我慢して、
少しずつ少しずつ、読み進めていた。


いよいよ、物語の終盤に差し掛かった日。


ポータブルプレーヤーにCDを入れ、聴くのは、
ブルックナーの交響曲第8番。
1曲80分という天文学的な長さ。
じっくりと読み進めるは、現代版ロミオとジュリエット。

まぎれもなく、夏休みである。


ロミオとジュリエットということは、
つまり、この先に、死のようなものが待ち受けているのかもしれない。

そんなことがふと頭をよぎったのは、
半分ぐらいまで読んでからだった。

病床で、
そんな物語を読み進める。



自分の人生は、いまどこまで進んでいるのだろう。
半分ぐらいなのか、
二割ぐらいなのか、
九割八分なのか。

わからないなぁ、
とごまかして、読み進める。

読むことに集中したふりをして、
さっき湧いたばかりの問いを、ほったらかす。



ブルックナーの交響曲第8番。
その中盤には、「天国的な」といわれるのではないか、と思うほど、
美しい旋律がある。

病床で、
そんな音楽を聴きながら、
物語を読み進める。



ブルックナーの交響曲第8番。
その終盤は、何を描いているのか、描いていないのか、
よくわからないが、
ともかくエネルギーに満ち溢れている。
弦楽器がうねり、管楽器が叫ぶかのごとく。
なんとなく、天に向かって、一本の筋がみえるような気がしたりもする。



病床で、
生きるか死ぬかせめぎ合っている病人が読んでいるのは、
生きるか死ぬかせめぎ合っている主人公たちの物語。


病床で、
生きるか死ぬかせめぎ合っている病人が聴いているのは、
生きると死ぬが渾然一体ごちゃまぜになったような音楽。


音楽のクライマックスと、
物語のクライマックスは、
いつしか、ぴったりと重なっていた。


80分かけて聴いた音楽の、最後の音が鳴るとき、
80分かけて読んだ物語は、最後の1ページへと。


そして、
心の中で叫んだ。



俺は生きる!



見上げれば、真夏の空。
青い空と白い雲。
絵に描いたような。


あれから十回目の夏を、もうすぐ迎える。

いいなと思ったら応援しよう!