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シリアルキラーの彼女とイモータルな俺。


 まず最初に、何から話そう。俺か? 俺の事は、まあ、正直どうでもいい。そこら辺にいるおっさんだ。だから俺にとっちゃ、そこは重要じゃない。だが、情報ひとつないのも話しにくいし、理解しづらいだろう。
 簡単に言うと、俺は俳優みたいなモノだ。
 基本的には、主役を張ったりはしない。大抵はどうでもいい端役。殺されたり、殺したり、捕まえたり、捕まったり、脅したり、脅されたり。どうでもいい役をあてがわれる。
 時折、役得で色っぽい役回りがあったりもするから、そう悪い仕事でもない。
 役者とは少し違うが、まあ、正確な所を把握するは、お芝居が仕事だと思ってもらう方が手っ取り早いだろう。
 基本的に報酬はない。仕事とは言ったが、俺はそうする事で存在している。
 これも説明しづらいが、「そういう存在」なのだ。
 わかるだろうか。電信柱の仕事は電気を各家庭に送り届ける事だろうが、電信柱自身は報酬を受け取らない。信号機もそうだろう? 郵便ポストでもいい。
 俺もそうなのだ。俺はただ、色んな現場に呼ばれ、「与えられた俺」という役割を果たす。それが生業なのだ。報酬はない、と言うより、そうやって与えられる「役割」こそが報酬なのかも知れない。
 考えてもみてくれ。カモメの一羽さえも寄り付かない、無人島に建てられた灯台があったとしよう。
 人もいなきゃ、船も近寄らない、そんな灯台に存在価値はあるか? 少なくとも灯台としての価値はないだろうよ。
 だから俺は「与えられた俺」という役割さえこなせれば、それでいい。不満がない訳じゃないし、悲喜交々もある。だが、それが俺の存在価値であり、存在理由なのだ。
 このところ、俺も少しは顔が売れてきたのか、色んな所から声が掛かるようになった。ありがたい話ではある。
 お陰様で役にも幅が出てきたし、演技力もついてきたように思う。それ自体は喜ばしい事だ。そう思う。その一方で、少し疑念が生まれない訳でもない。
 「役」を与えられていない「俺」とは、一体何者なのか? という事だ。
 考えるまでもなく「俺」は「俺」だろう? そう言いたいのはわかる。だが違う。
 よく、漫画家のセンセイなんかが言ってるだろ? キャラクタが勝手に動き出した、ってな。
 そう。こいつは何もメルヘンなおとぎ話をしてる訳でもなきゃ、ラリっちまった訳でもない。実にロジカルな話だ。
 別に何だっていいが、ドラえもんが四次元ポケットの未来道具に一切頼らず、ただひたすらにのび太の筋力を鍛え上げ、打撃を教え、投げ技を習得させ、関節技を紐解き、ジャイアンに対し己の肉体のみで戦って勝つように指導したらどう思う?
 おそらく大半の視聴者は「こんなのはドラえもんじゃない」と言うだろうよ。
 単純に相応しくないのだ。
 だが、ドラえもんが最初からそんな漫画だったとしたら、人気が出たかどうかはともかく納得はするだろうよ。つまり、物語が進むに連れ、キャラクタが出来上がるに連れ、そのキャラクタに与えられた状況で、そのキャラクタがどんな行動をするであろうか、あるいはどんな行動は取らないであろうか。
 それが固まってくる、というだけの事だ。キャラクタが自然と動き出すってのは、状況や、別のキャラクタさえ与えれば「どう反応するか」が明確になって来るだけの事なのである。
 何なら、そのキャラクタが「状況を作る」事だってあると言うこと。
 だから、逆に俺は思うのだ。「俺」は一体何者なのか、と。
 与えられた役をこなす。それが俺だ。どんな役でもやる。だが、無個性な訳じゃない。どちらかと言うと冴えないおっさんで、大役は回って来ない。そーゆー冴えない役がお似合い、という個性は持ってる。
 演技の幅はそれなりに広く、善人から悪人まで幅広くこなす。大体はチョイ役で、出番は少ない。出てる回数は多いけどね。
 出演幅もそれなりに広い。舞台は現代物からSF、ファンタジー。ジャンルはコメディからアクションからポルノまで仕事は選ばない方だ。
 ただの通りすがりの酔っ払いから、ちょっと気の良いおっさんもやる。容疑者役で連行されるだけだったり、モブとして殺される役だったり、色々な「俺」を演じてきた。
 俺は「俺」を演じてきたからこそ、一体俺は何者なのかと疑問を感じ始めたのだ。演じるのが生業の俺は「俺ならどう考えるのか」を考え始めてしまったのだ。
 いや、普通にしてれば、おそらくそんな余計な考えは生まれなかっただろう。だが、話がおかしくなってきた事には理由がある。発端が存在するのだ。
 それが彼女である。
 彼女、とは言っても「恋人」を意味する「彼女」ではない。単なる「She」の意味だ。
 名前はあるが伏せておく。何故なら、彼女はクライアント。つまり、依頼人だからだ。
 わかるだろうか。彼女は俺に仕事、つまり「役割」を与えてくれる存在なのである。
 金の受領が発生する訳ではないが、俺と彼女はビジネスの関係だ。だから名前は伏せる。もっとも、便宜上の名前はあった方がいいかも知れない。深い意味はないが、イニシャルから拝借して「アイ」と呼ぶ事にしよう。
 彼女、アイが如何にして俺を知ったのかは知らない。だが、とにかく俺の存在を知ったのだろう。
 俺は仕事相手を選ばない。基本的に素人だろうがプロだろうが、個人だろうが法人だろうが構わずに仕事をする。
 彼女、アイはいわゆる個人勢だ。特に表に出て来るような仕事じゃない。確か、一番最初の仕事は、何の脈絡もなく後ろから撃たれて殺される役だった。
 何の事はない。いつも通りの小さな仕事だ。そう思っていた。
 だが、翌日すぐに似たような仕事が舞い込んできたのだ。
 今度は後ろから刺されて死ぬ役だった。ある意味では、リテイクだったのかとも思ったが、どうやら違う。
 アイはその翌日も俺を呼びつけて殺した。その翌日も、そのまた翌日も。
 基本的には、つまらない殺され方をする役ばかりを与えられたのである。
 その後も、毎日ではないにしろ、相当な頻度で呼び出されては殺される日々が続いた。
 法人の仕事じゃないから、そのサイクルは彼女の創作次第。そしてその速度は、常識的に考えて尋常じゃなかった。
 呼び出されては、殺される。絞殺、撲殺、毒殺、圧殺、ありとあらゆる手段が用いられ、夥しい数の「俺」は何度も何度も死んでいった。
 幸いと言うか何と言うか、記憶している限り、同じ殺され方はしなかったのが救いか。今後の仕事の糧にはなってると思うしかない。
 別に殺される事にも慣れてるし、この仕事だって、別に嫌な訳じゃなかった。だが、さすがに常軌を逸した仕事量にはいささか狂気を感じずにはいられない。
 彼女からの仕事が30本を超えた辺りだろうか。とうとう仕事に変化が訪れた。
 とうとう俺は、殺されなかったのである。
 だが、単純にこれは彼女のアイデアが先に尽きただけの事だ。
 これまでは、ただ殺されればそれで終わりだったが、その日を境に、殺されるまでのドラマが付与される事となる。
 アイの頭の中はそれまで、俺をどう殺すかしか考えちゃいなかった。しかし、殺し方のアイデアが枯渇したにも関わらず、俺を殺したりなかったのだろう。
 彼女は俺をどう殺すかではなく、どうやって死に至るかを模索し始めたのだ。
 それまでの俺には「冴えないおっさん」という設定しかなかったが、おぼろげながらも過去が与えられ、死生観をも植え付けてきた。
 だから俺は考え始めたのだ。俺は一体何者で、どう「俺」を演じるべきなのか、と。
 俳優は与えられた役を演じればいいだけなのか。中にはキムタクのように、キムタクであればいいケースもある。
 ニコラス・ケージだって、役よりも自分を演じた方がウケた。道化役にハマって死を選んだ俳優だっている。
 俺はどうすればいい? 役に徹するべきか。それとも自分を出すべきか。
 だが、悩んでいたのは俺だけじゃなかった。彼女も、アイも悩んでいたのだ。おそらくは俺と言う存在の扱いに。
 これは憶測の域を出ないが、アイは偶然、俺のことを知り、その存在をオモチャにしていただけなのだ。最初は。
 様々な殺し方で、どう殺しても構わない、俺と言う存在を遊び尽くしたかっただけなのだ。だが、事情が変わっちまった。
 人間、気に入らない相手でも、三日一緒に過ごせば情が湧く。そんなモンだ。
 アイは面白半分で俺を殺していくうちに、俺に情を移してしまったのだろう。
 彼女が俺を呼び寄せる頻度が少し下がった。飽きられたのではない。その脚本が複雑になり始めたのだ。
 過去と未来を与えられた俺は、彼女の脚本の中で「俺」を演じる。
 最終的に死ぬ運命にある事は変わらなかったが、その死は次第にドラマ性の強い死へと変化していった。
 そして、相方の登場である。
 いつの頃からか、俺にはディーと言う相棒が付け加えられていた。おそらくは彼女が生んだオリジナルキャラクターである。
 ディーは美青年で、いわゆる主人公系のキャラクターだ。俺との友情と信頼が構築されるも、最終的に彼は何らかの形で俺を殺す。それは誤解だったり、裏切りだったり。無論、俺が裏切る事もある。
 そうやってディーとの化かし合いや裏切り合いや友情を育む訳だが、残念な事に、どうもティーのキャラクターが弱い。
 悲しいかな、アイが文才に恵まれている訳ではなかった。想像力も、創造力もそうだ。
 取ってつけたようなディーのキャラクターには、彼女自身も納得行っていなかったのだろう。ディーのキャラクターは次第に変化を見せ始める。
 有能な相棒ではなく、嫉妬深い恋人のポジションへの転身。
 俺には今ひとつ理解できない方向性ではあったが、女性と言うのはどうにも、このテの作品が嫌いじゃないらしい。控えめに言って。
 ポルノを演じた経験はあったが、方向性が変わるとは思わなかった。
 まあ、最終的に殺される路線には違いないのだが、それでも、その路線にも変化が現れ始める。
 やはり、ディーと言うキャラクターには無理があったようだ。
 アイはとうとうディーを降板させ、別の新しいキャラクターを想像しようとするが上手くいかず、今度は全く別の人物を当てがった。
 アイ本人である。
 どうやらアイ本人は気付かないうちに、俺に愛情を覚え始めていたのだ。
 そうして俺とアイの蜜月が始まる。
 それでも基本は俺が殺される役なのだが、気付けば俺は、女殺しの役割を演じる事となってしまったのである。
 「アイ…」
 俺は冴えない表情でアイに話しかける。
 「吉田さん…。ううん、輝和さん」
 アイは照れ臭そうに俺の名前を呼んだ。


 なお、この短編小説は「シリアルキラーの彼女とイモータルな俺。」というお題でYO!C-さんから有償依頼されたコミッションとなります。

 ※この短編はすべて無料で読めますが、お金がないので有償依頼はだいたい何でも受け付けてます。
 なお、この先にはあとがき的な話しか書かれてません。


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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。