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岸辺のファンタジー


 それは、ファンタジーを通り越した、もはやメルヘンな世界。そう。おとぎ話である。

 戦争の真っ只中にある、とある国の大統領は、戦争の出来ない、とある国の首相と対面した。
 奇跡的なタイミングでの首脳会議。大統領は各国に助けを求める最大のチャンス。
 そして、これもまた奇跡的なタイミングになった訳だが、現在の首相の故郷は、世界にたった2つしかない、核兵器を落とされた街だ。
 戦争によって焼け野原になり、復興を遂げた街。その街から輩出された首相。
 侵略戦争により、現在進行形で街を焼かれている国の大統領。
 2人は、ほんのわずかな時間だけ、たった2人で密会した。
 「時間がないので、手短に話します」
 お互い、相手の国の言葉はわからないが、通訳は機械によって瞬時に行われている。
 通訳を同伴せずに話す事は誤解が生じる可能性が高い。しかし、それ以上に、いかに短時間であれ、この2人が密会した事を外部に知られる訳にはいかなかった。
 通訳に関しては、機械を通す。だが、機械の翻訳にミスがないよう、入念な準備は行われている。
 「随分と危険なランデブーです。その危険を冒してまで、首相、あなたは何をしようとしているのです?」
 大統領は聞いた。
 「とりあえず、まずはこの首脳会議にご参加いただいた事を深く感謝いたします」
 首相がにっこりと笑いながら言った。
 「あなたの国が礼儀を重んじる事は知っていますが、手短に、と言ったのもあなたですよ」
 大統領はわざと、少しだけ落胆の表情を見せた。
 「いいえ。礼を言わねばなりません。あなたがこのサミットに参加してくれる事が、最高の囮になったんですよ」
 首相の笑顔が怪しく歪む。ドラマで見るような悪巧みをしている悪党の表情。
 仮にも政治家のトップだ。酸いも甘いも嗅ぎ分けてきて当然。悪い事の1つや2つ、何食わぬ顔で出来ずにどうする。だが、首相の顔はもっと邪悪な何かに見えたのだ。
 「囮? 何の話だ? あなたはいったい…」
 戦争の真っ最中の国の大統領である。戦線も経験した。修羅場は潜ってきたつもりだ。だが、その大統領でさえ寒気を感じるようなドス黒い何かが、首相の内部から滲み出ている。
 「ちょうど今、あなたの祖国に、素晴らしいプレゼントが届いている頃です」
 首相はたまらなく込み上げてくる笑いを我慢するように、大統領に告げた。まさか、この首脳会議が、いや、この密会が罠なのか。そんな大それた事をやるはずがない。その確信はある。だが、それをやりかねない「怖さ」が首相に感じられるのだ。
 「まさか、いや、どういう意味で言ってる?」
 大統領が動揺気味に問う。総理の思惑がまるで読み取れない。大統領は自分の経歴から、相手が愛想笑いなのか、本心で笑っているのか、表情を読み取る事は得意なつもりでいた。だが、目の前の男はまるでそれが読めない。とんだ食わせ者だ。
 「私は以前、あなたにシャモジを贈りましたね」
 そう告げた総理から、急に怖い気配が消える。表情も途端に穏やかなものに変わっている。まるで読めない。それに、以前贈与された、敵を「召し取る」という「縁起物」が一体どうしたと言うのか。必勝祈願の縁起物で、仮にも一国の総理からの贈り物である。ひょっとして、からかわれているのか。虚仮にされているのか。総理のメリットも真意もわからない。
 「それがどう関係ある?」
 「我が国は平和の国であり、法によってあなたの国に兵器を供与する事は許されない」

 総理は大統領に背を向け、突然として無感情にそう言った。
 「存じています」
 そう。先の大戦に負けたこの国は、軍事大国らによって牙を抜かれた。その時に、軍事力を保有する事を禁じられたのだ。
 だが、軍事大国も自らの兵力を割いてまで、この極東の国の面倒を見るつもりはない。結局は警察予備隊という警察力だけでは管理が及ばぬと「自衛」に限って「自衛力」を持たせる事にしたのである。
 しかし、それでも条約と憲法と敗戦の傷は大きかった。
 この国は、どんな無礼を働かれようとも、自ら喧嘩する権利を剥奪されたのだ。そして、それによって、武器・兵器の輸出入にも大きな制限がかけられている事は、大統領も承知である。
 そう。この国は兵器を輸出できない。
 「だから、組み立てれば兵器となるパーツを、カモフラージュして、あなたに贈ったのです」
 総理が背を向けたまま続けた。
 「まさか、あれが?」
 大統領が愕然とする。総理とのコンタクトはかなり早い段階から始まっていた。おそらく、どちらの国に肩入れするか、どの国だって判断しかねていただろう。
 どちらに正義があるかなんてのは、本心を言ってしまえばどうでいい。自国の有利になる選択をせねばならないだけだ。あちらに付くか、こちらに付くか。それも、可能な限り日和見を決め込んで、品定めしなければならない。
 尻馬に乗って負け戦では目も当てられぬ。だが総理は既に、あの段階から大統領側に肩入れしていたと言う事なのか。
 いや、あるいはどちらにも加担している素振りを見せているのかも知れない。この底知れぬ男なら、それぐらいやりかねないだろう。
 「他にも幾つかお贈りしましたが、それらを組み立てれば、もしもの時、必ずやあなたの祖国の役に立つと信じています」
 大統領の方に向き直る総理は、唇を固く結び、少しだけ口角を上げた。
 「なんということだ」
 「まさか、ガラクタだと思って捨てたとか?」

 総理がニコニコと笑った。
 「まさか! 全部保管してある。しかしまさか、あれが貴国の秘密兵器だとは夢にも」
 大統領が思わず、本心から喋ってしまう。
 「まだ貴方にも気付かれたくはなかったので、ご勘弁いただきたい。だが、一番最後の大きなパーツだけは、どうしてもカモフラージュが難しくてね。あなた自身が我が国での首脳会談に出席されるこのタイミングでしか、届けられなかった」
 総理が満足げに言う。大きな仕事をやり遂げた男の顔だ。確かに、食えない男かも知れない。だが、唯一の戦争被爆国の総理なのだと、その街が生んだ男なのだと、大統領は感じた。
 「首相…」
 「だから、我々は密会などしていない。我が国は兵器など作ってはいないし、供与など有り得るはずがない。そうですね? 大統領」

 総理が少しだけ悪戯げに笑った。
 「感謝します、いえ、承知いたしました、首相」
 大統領は総理に向け、軍隊式に敬礼した。
 「起動キーはあの杓子です。それでは御武運を」
 握手する事もなく、総理は再び踵を返し、何事もなかったかのように部屋を出た。

 大統領の帰国後、3ヶ月が経過した頃、恐るべきニュースが世界を駆け巡った。
 大統領の国に、核兵器が撃ち込まれたと言うものだ。
 核の発射は、軍事大国の衛星が映像で捉えている。間違いようのない事実だ。世界中に緊張感と衝撃が走る。
 着弾までの数分間、デマを含めたニュースが世界中を震撼させた。だが、発射自体がデマだったのかと思うほどに、着弾の続報は届かない。
 何なら、核と思しき飛行物体を捉えた映像はいくつもある。
 しかし、核ミサイルは着弾前に忽然と消えたのだ。
 混乱し、誰もが首を傾げたが、脅威が消えた事に安堵した。
 ある者は、核ミサイルこそがハッタリだと言う。
 ある者は、核ミサイルに不備があっただけだと言う。
 またある者は、大統領の国に秘密兵器があったのだと言う。
 神の御業と言うものもいれば、軍事大国が秘密裏に手助けしたと言う者もいる。
 もっとも信頼できそうな軍事メディアは、掻き集めた写真や映像から、核ミサイルは迎撃された可能性が高いと言う見解を示しただけで、それが誰の仕業か、どんな兵器が使われたのかはわからないと言う。

 首相官邸。
 陸上幕僚長が執務室に入って、総理に告げる。
 「首相、データが届きました」
 「お手柄だね」

 書類を受け取り、総理が満足げに笑う。
 「いえ、すべては首相の筋書き通りです」
 陸幕長の本音である。
 「筋書きとは言っても、まさかあの秘密警察長官が、本当に核を撃つとは思ってなかったけどねぇ。いや、内心ビクビクしてたよ。こっちとは環境も違うから、試算通りに【ドラゴン】が動くかわからないしさ」
 「それは、まあ」
 【ドラゴン】 総理が大統領に贈った、核ミサイル迎撃用秘密兵器の名前である。
 「でも、結果としては、撃ってくれて良かったよ。そしてドラゴンも予定通り、期待以上の成果を上げた。なにしろ世界を救ったんだからね」
 もし核ミサイルが本当に着弾していたら、世界の大混乱は避けられなかっただろう。下手をすれば第三次世界大戦の勃発だ。それを回避しただけでも、世界を救ったと言えるだろう。
 「お陰で実戦データが取れました。この上ない成果かと」
 陸幕長が総理に手渡した資料を指差す。
 「正直、北から撃ってくるあの虚仮威しに、何度【ドラゴン】をぶちかましてやろうかと思ってたけど」
 この【ドラゴン】の本来の目的は、北からの「飛翔体」が本土に着弾するならば、瞬時に迎撃する為のもの。理論上は99%以上の確率で完封できる。しかし、実用例は未だゼロ。いや、これで1になった。
 「他国にドラゴンの存在を知られる訳にはいきませんからね」
 我が国には核ミサイルさえも完封できる迎撃能力がある、、知られる訳にはいかない。まして、それが自国で秘密裏に開発されているなどと知られる訳にはいかないのだ。
 その存在やデータを取られる訳にはいかない。伝家の宝刀はその時まで抜いてはならぬ。だが、いざ抜く時になまくらでも使い物にならないのだ。
 「大戦は避けられ、世界は救われた。核を使った事で秘密警察上がりを糾弾もしやすくなった。大統領に恩も売れて、【ドラゴン】の存在を気取られず、我が国は実戦データを得られる。言うことなしだ」
 結果として言うならば、むしろ撃ってくれた事に感謝したいぐらいである。
 「正直に言うなら、我が国の成果ですと言えないもどかしさはありますが」
 陸幕長が、苦笑まじりに言った。
 「ダメダメ。政治家なんてのは、無能なフリして叩かれて、その間に裏で事を進めるぐらいでなくちゃ」
 ああ、でも、キミは政治家じゃないか、と付け加える。
 「いえ。組織の長として、勉強になります」
 「とりあえず報告ありがとう。ああ、これで話が進めやすくなった。ドラゴンの配備箇所を8箇所増やすように伝えて」

 総理が話を切り上げにかかった。これで少なくとも【ドラゴン】の存在が知れ、「対ドラゴン対策」が取られるまでは、かりそめの平和が得られる。
 「畏まりました」
 と敬礼した陸幕長が、バツの悪そうな表情で踵を返し損ねている。いつもきびきび動く陸幕長にしては珍しい素振りなので、それは総理の目にも明らかだった。
 「どうしたの?」
 不思議そうに問う総理。
 「ひとつ、お聞きしてよろしいですか?」
 陸幕長が諦めて居直るように、ハッキリとした口調で問い返す。これには総理も些か毒気を抜かれる。
 「なに? 改まって」
 「この【ドラゴン】のコードネームは首相がお付けになったとお伺いしてますが、なぜ【ドラゴン】なんです?」

 陸上幕僚長とは思えぬ質問に、総理が破顔する。
 「あれ? 登竜門って知らない?」
 「実力を試される難関の事ですか?」

 立身出世の関門や、必ず通るであろう試練なども登竜門と呼ぶが、これは故事成語的なものに過ぎない。
 「まあ、そうだけど。それ、元は滝を登りきった【鯉】が竜になる、って伝説から来てるんだよ」
 首相が底意地の悪そうな表情でにやりと笑った。



 (´・Д・)」 この小説はフィクションであり、実在の人物、団体、事件とは一切関係がありません。
 また、ワタクシの思想や理念、支持政党、応援する政治家とも、まぁほとんど関係がありませんので、投げ銭(¥100)した人以外からのクレームは受け付けません。

 ※ このお伽話はすべて無料で読めますが、楽しめた人も楽しめなかった人も投げ銭(¥100)をお願いします。
 なお、この先にはあとがき的なものしか書かれてません。


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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。