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第15話 ロビンフッド流弓道・グレーテル後編

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 ホイスヘンを倒し、お菓子の要塞を爆破したグレーテルの存在は、彼女が助け出した子どもたちの口から広まっていきました。
 そのため、グレーテルの実力を知りそれに目をつけるものが現れたのです。
 グレーテルは、とある貴族の屋敷に呼び出されました
 
「私が望む人物を女王にするため、武闘会で武闘姫を倒し、集めたドレス・ストーンをその人物に渡してほしい」

 依頼内容は不正行為の加担でした。武闘会においてドレス・ストーンは他の武闘姫を倒して手に入れねばなりません。盗んだり、お金で買ったり、あるいは他の誰かが集めたものを譲渡するのは禁止されています。
 
「この件が運営側に漏れないようにする対策はとっているの?」

 グレーテルにとって武闘会で不正が行われても知ったことではありません。知るべきことは、この依頼が自分にとって利益であるかどうかです。
 
「その点は問題ない。段取りは完璧に整っている」
「ふぅん。それで、報酬は?」
「ドレス・ストーン1個につき神代貨幣1枚」

 神代貨幣はその名通り神代に造られた貨幣で、現代の技術では製造も加工も不可能な物質で造られています。今でも使われており、金貨100枚相当の価値を持ちます。
 
「分かった。それで依頼を受けるわ」
 
 話はすんなりとまとまり、グレーテルは貴族の屋敷から立ち去ります。
 実のところグレーテルは本当の依頼主が誰なのかおよそ見当がついていました。
 武闘会で不正を働ける。それ自体が黒幕の正体を物語っています。
 まず、武闘会で不正を働くのはかなり難しいのです。
 
 参加している武闘姫全員に、審判役の使い魔であるハピネスがついています。不正を働こうとすればすぐに分かってしまいますし、隠すためにハピネスになにかしようとすれば即失格です。
 それでも抜け穴がないわけではありません。
 
(おそらく本当の依頼主は現女王ね。代替わりした後も実権を握るために、傀儡を優勝させるといったところか)

 そう! 不正を行うのが運営そのものであれば、審判役の使い魔などなんの問題もありません。
 そしてこれは何も今回の武闘会に限ったことではありません。
 武闘会が開かられるたびに、この国の権力者たちは自分たちが望む人物を新しい女王にするために暗躍してきたのです。

 それからグレーテルは武闘会に参加者として登録し、権力者たちが次の女王に仕立て上げたい某のために、次々と武闘姫を倒していきました。
 多くの武闘姫は宮廷武術を自らの流派としています。過去の女王たちが身につけていたとされるそれは、最も由緒ある武術として広く普及しています。

 そのために、宮廷武術の対抗策というのも長年研究されており、当然グレーテルもそれを知っていました。
 加えて、真っ向勝負のみを前提とする宮廷武術は、勝利のためならば搦手すら使うロビンフッド流弓道との相性は最悪で、何十人もの武闘姫がグレーテルに敗北していきました。
 
 ある者は、グレーテルが仕掛けたトラップに捕まり、身動きがとれないままドレス・ストーンを奪われました。
 またある者は、姿を隠したグレーテルを見つけ出せず、一方的に倒されてしまいました。
 
「卑怯者! 正々堂々と勝負しろ!」

 なんと愚かなのかとグレーテルは冷淡に思いました。卑怯者を倒せる力があってこそ真の最強です。バカ正直に戦うしか能がないのならば、そもそも女王になる資格すらありません。
 そうして戦い続けて武闘会も残り一週間となりました。
 

 爆心湾にあるハンスの町から王都へ続く街道には途中に宿場町があります。
 シンデレラはその宿場町で一晩の宿を取ることにしました。
 
「お嬢さん、王都へ行くんなら諦めたほうが良いよ」
「どういうことですか?」

 宿屋の主人にシンデレラは尋ねます
 
「この先に進むにはトンネルを通る必要があるんだが、少し前に地震で崩落したんだ。爆心湾まで戻って別の街道を使ったほうが良い」
「トンネルが使えないなら迂回すれば良いのでは? あそこの壁にある地図を見る限り、わざわざ戻るほどではないと思うのですが」

 宿場町と王都の間には山がありますが、それほど大きなものではなく少し迂回すれば良いように見えます。
 
「あー、ダメダメ。迂回ルートの途中にはシャーウッドの森がある。あそこは魔物がはびこってるから命がいくつあっても足りないよ」
「その程度なら問題ありません」
「その程度って……ああ、そうか武闘会に参加している武闘姫だったのか。なら大丈夫だね」

 それから一晩明け、シンデレラはシャーウッドの森へと向かいました。

「ねえ、シンデレラ。なんか森の様子が変じゃない?」
 
 肩に止まっているハピネス371が言う通り、森が異様な雰囲気に包まれていました
 なにか異常な事態が起きている。そう判断してあらかじめ武闘姫に変身します。
 
「僕、ちょっと離れてるね」
 
 ハピネス371も危険を感じ取って一旦空へ逃げます。
 警戒しながら森を進んでいると、大きな何かが森の木々をなぎ倒しながら近づいてくる音が聞こえてきました。
 
 即座に構えたシンデレラの目の前に現れたのは、破城イノシシでした。驚異的な突進力をほこるそれは、まさに生きた破城槌ともいえる魔物です。
 破城イノシシは魔物とはいえあきらかに様子がおかしいようでした。口からよだれを垂れ流し、あきらかに狂った様子の目つきをしています。
 
 破城イノシシは狂乱しながらシンデレラは轢殺しようと突進してきます。
 シンデレラは飛び上がって轢殺突進を回避しつつ、破城イノシシの背中に取り付きます。ました。
 その時、破城イノシシの体に矢が突き刺さっているのを見つけます。状況ははっきりとしませんが、何者かが矢に薬を塗って魔物を狂わせているようです。
 
 それが何者かはともかく、まずは魔物を倒さなければなりません。
 シンデレラは破城イノシシの首にチョップを叩きつけます。
 頚椎を粉砕された破城イノシシは突進の勢いのまま倒れ、そのまま樹木を数本なぎ倒します。
 
 シンデレラが倒した破城イノシシから飛び降りた直後、また新たな魔物が現れました。
 バサバサと羽ばたく音を立てながら現れたのは、爆撃怪鳥でした。それは魔物でありながら炎の魔法の一種を使える恐ろしい存在です。
 そして、怪鳥の体にもまた矢が突き刺さっていました。
 
(誰かが魔物を狂わせている?)
 
 爆撃怪鳥は口から火球を放ちます。
 シンデレラは素早く飛び退って攻撃を回避しました。
 着弾した瞬間、火球が爆発! 熱く激しい風がシンデレラの頬をなでました。
 爆撃怪鳥は二発を放つために口を開きます。
 
 ですがすでにシンデレラは動いていました。
 飛び上がった彼女は爆撃怪鳥の下くちばしめがけて強烈なアッパーカットを叩きつけます。
 閉じられた口の中で火球が爆発し、爆撃怪鳥の頭は跡形もなく吹き飛ばされました。
 
 見事二体目の魔物を倒したシンデレラですが、まだまだ脅威は続きます。
 爆撃怪鳥が爆死した音を聞きつけたのか、森のあちこちから魔物が迫ってくる気配がやってきます。
 これは敵の武闘姫によるトラップだとシンデレラは理解しました。魔物を狂わせているのは自分を倒すためと!
 すでに試合は始まっていたのです!
 

 グレーテルは遠見の魔法を使ってシンデレラの様子を見ていました。
 
「何日も張り込んだかいがあったわ」

 王都へ続くトンネルの崩落を知ったグレーテルは、他の武闘姫がシャーウッドの森を通ると予想して以前からここで待ち構えていました。
 そしてシンデレラが現れたのを見て、行動を開始したのです。

 グレーテルは矢に薬を塗って魔物を発狂させてシンデレラにけしかけました。
 シンデレラは魔物を次々と撃破していきますが、グレーテルは焦りません。
 元々魔物をけしかけるのは小手試しです。仮にも終盤まで勝ち残った武闘姫です。たかが魔物程度で倒せるほど弱くないと分かっていました。
 
 魔物はシンデレラを消耗させるために襲わせたのです。
 グレーテルは魔力の物質化で矢を作り、それを弓につがえて引き絞ります。
 放たれた矢は途中にある木々を貫通し、それでいて威力を一切減じさせていません。
 魔物を全滅させた直後のシンデレラに襲いかかりました!
 

 シンデレラは突如襲いかかってきた矢に対応しました。
 ガラスの時間で自分を強化したシンデレラは、矢を最小限の動きで回避します。
 シンデレラはこの時を待っていました。魔物と戦っていれば、いずれ自分を狙う武闘姫が直接攻撃してくるはずです。

 シンデレラは矢が飛んできた方向へ走り出します。そこに今回の対戦相手がいるはずです。
 しかしある木の横を通り過ぎようとした瞬間、爆風が襲いかかってきました!
 
「!?」

 シンデレラはとっさに防御します。
 それはグレーテルが仕掛けた罠でした。誰かが近くを通り過ぎた瞬間に起動する指向性の爆弾を木に仕掛けていたのです。それは恐ろしく巧妙であり、トラップの達人でもそう簡単には見破れません。
 爆風に飛ばされたシンデレラは反対側にあった木に叩きつけられます。
 
 その瞬間、次のトラップが起動しました。
 真上から危険な色をした煙が降り注ぎぎます。毒ガス!
 シンデレラは素早くその場から離れますが、ほんの僅かながら毒ガスを吸い込んでしまいます!
 
 直後にシンデレラの手足がかすかにしびれ始めます。まだまだ体は動かせますが、超人たる武闘姫同士の戦いでは致命的!
 待ってましたと言わんばかりに、未だ姿を見せつ武闘姫の矢が襲いかかってきました。
 シンデレラは鋼のガラスで作って手甲で矢を弾きますが、動きは精細を欠いていました。
 

「うわー、えげつないことするね」

 グレーテルの担当ハピネスが引いたように言います。
 彼女が仕掛けた毒ガスのトラップはロビンフッド流弓道に伝わる秘伝の麻痺毒が用意られていました。
 それは相手を殺すほど強くない反面、解毒薬や解毒の魔法が通用しないという恐ろしい特性を持っていました。
 解毒手段は唯一つ。毒が抜けるまで数日間待つしかないのです。
 
「この程度、ロビンフッド流弓道では当たり前よ」
「とはいえ、かなりグレーゾーンだから気をつけてね。今回は相手が戦闘態勢にあったから、麻痺毒を使っても問題なしとした。僕があからさまな不正に目をつぶるのは、ドレス・ストーンの譲渡だけだよ」
「ええ。分かっているわ」

 グレーテルは矢を放ちます。
 遠見の魔法越しで見るシンデレラは懸命に体を動かして矢を弾きます。
 それを見たグレーテルはやはりここまで武闘会に勝ち残った武闘姫なだけあると感嘆しました。
 ぎこちない動きに見えて、シンデレラは手甲が貫通されないよう上手く矢を受け流しているのです。
 
 グレーテルは攻撃の手を変えることにしました。
 続けて第二射。グレーテルはまったく明後日の方向へ矢を放ちました。
 しかし矢は意思を持っているかのように軌道を変えて、正しくシンデレラに向かっていきました。

 矢の軌道を変えることなど、ロビンフッド流弓道にとって当たり前の技術なのです。
 シンデレラは予想外の方向からきた射撃に対応が遅れ、矢が足に突き刺さります。
 麻痺毒に加えて足の負傷。ついにシンデレラは膝をついてしまいます。
 グレーテルはそろそろ仕留める頃合いだと判断します。
 今度は斜め上に向かって射撃しました。
 
 放たれた矢は空中で無数の光線に変化し、殺傷力を持った光の雨となってシンデレラに降り注ぎます!
 シンデレラは膝をついた姿勢のまま無数の光線を防御します。直撃弾こそ防げましたが、完璧には程遠く、かすり傷を受けてしまいます。
 
「しぶとい!」

 光線矢で倒せると思っていたグレーテルはつい悪態が口に出てしまいます。
 魔力の消費が重たいのであまり使いたくありませんでしたが、グレーテルは奥の手を使うことを決断します。
 グレーテルは魔力の物質化で新しい弓を作り上げます。それは先程まで使っていたのより巨大で、長さが彼女の身長ほどはありました。
 
 続けて生成する矢も同様に巨大であり、まるで槍のようでした。
 巨大な弓と槍のような矢。さらにはそれらを使いこなすために、グレーテルは自分の体を強くする強靭の魔法を使います。これによって彼女が一日に使える魔力の3割を消費しました。
 グレーテルは歯を食いしばるほど力を込めて弓を引きます。
 
 この攻撃は何度も使えません。放つからには必ず当てなければなりませんが、グレーテルに緊張はなく普通の矢を放つ時と同じくらい冷静でした。
 そして必殺の一撃がついに放たれます。
 槍のように巨大な矢は途中にある木々を吹き飛ばしながらシンデレラへ迫ります!
 
 ですがシンデレラは自分に突き刺さる直前で、矢をつかみ取りました。それでも勢いは殺しきれずに数メートル後ろへ押し出されるほどです。
 グレーテル渾身の一撃をかろうじて受け止めた。そう思われた瞬間! 矢が凄まじい大爆発を引き起こしたのです!
 遠見の魔法を使わなくとも、グレーテルには森から吹き上がった爆炎がはっきりと見えました。

「アーッ!」

 空からシンデレラの戦いを見ていたハピネス371が爆風で飛ばされてしまいます。

「あらら、かわいそうに」

 グレーテルのハピネスは自分の兄弟に降り掛かった災難を他人事のように見ていました。

「よし」

 グレーテルは着弾点に向かい、状況を確認します。
 そこでは焼け焦げた地面の上で倒されているシンデレラの姿がありました。
 ドレス・ストーンを奪うためシンデレラの体を調べようとした時、グレーテルは彼女の体がかすかに動いたのを見ました。
 
「!」

 グレテールはすかさず後ろへ一歩飛びます。
 直後にやってきたのは攻撃でした。シンデレラが突然起き上がって拳を突き上げたのです。
 拳は紙一重でグレーテルの目の前を通り過ぎました。
 
「そんな、麻痺毒が通用しなかった!?」

 シンデレラの動きはあきらかに麻痺毒の影響を受けていませんでした。
 
「いいえ、毒は受けていたわ。だからガラスの時間を身体能力ではなく、免疫力の強化に使って治した」

 シンデレラは槍のような矢を受け止めたときにはすでに解毒が済んでいました。
 そしてガラスの時間の超スピードで爆発の直撃を回避した後は、倒れたふりをしてグレーテルを待っていたのです。
 グレーテルは自分がしくじったと思い知りました。
 
 体を強くする魔法は流派によって様々ですが、大抵は運動能力か視覚や聴覚の強化です。免疫力の強化など戦いにおいてさほど重要視されていません。
 それゆえにグレーテルはシンデレラが麻痺毒から復活すると想定していなかったのです。
 
「なるほどね。油断していたわ」

 相手の意表を突くのはロビンフッド流弓道の基本であるにも関わらず、逆に意表を突かれた。グレーテルは自分を未熟者と恥じ入りました。
 グレーテルは腰の短剣を抜いて接近戦の構えを取ります。
 
 弓道家にとって致命的な間合いまで詰められてもなお、グレーテルは勝負を捨てていません。
 グレテールは右手の短剣で素早く突き刺そうとします。
 シンデレラが短剣の切っ先に視線を向けた瞬間、グレーテルは密かに左手を相手に向けます。
 
 そしてシンデレラが短剣の刺突を手甲で受け流そうとした瞬間、グレーテルは左手から矢を射出しました!
 ロビンフッド流弓道は極めて至近距離であるならば、魔力の物質化で矢を生成する技を応用し、弓を使わずに手のひらから射撃することが可能なのです。
 つまりこれこそが本命の攻撃! 短剣はブラフだったのです!
 
 至近距離なら矢は射たれないという先入観を利用した見事な奇襲でした。多くの武闘姫はこれに対応するのは不可能でしょう。
 しかし! シンデレラはその他大勢ではなく! 一握りの一流なのです!
 グレテールの左手から矢が射出された瞬間、シンデレラは素早く矢をつかみ取りました!
 
「そんな!」

 最後の最後まで隠していた奥の手を見破られたグレーテルの心は、ロビンフッド流弓道を修めて以来、初めて驚愕しました。
 もちろんそれを見逃すシンデレラではありません!
 旋風を生み出すほどの回し蹴りがグレーテルに叩き込まれ、彼女は地面をころがります
 グレーテルはすぐに立ち上がろうとしますが、激しい痛みを感じます。今の攻撃で肋骨が折れたのかも知れません。
 
 これではもう勝てない。それを悟ったグレテールは腰に下げていた革袋をシンデレラに投げつけます。
 当然シンデレラは何らかの攻撃であると警戒し、一歩下がります。
 地面に落ちたときに革袋の口が解け、中からグレーテルがこれまで集めたドレス・ストーンがこぼれだします。
 
 その瞬間、グレーテルは脱兎のごとくこの場から逃げ出しました。
 集めたドレス・ストーンはシンデレラが追いかけてこないようにするためです。目の前にある大量のドレス・ストーンを無視してまでグレーテルを追いかける利益はありません。
 
「ああ、もう。文字通り骨折り損ってことね。自分のドレス・ストーンが無事なだけマシだけど」

 ドレス・ストーンを奪われても武闘会終了後に返却されるとはいえ、かなり後になってからです。
 仕事にしくじった自分を依頼主が始末する可能性もあるので、武闘姫の力を失うのは絶対に避けるべきでした。
 結局、グレテールは自分の至らなさを思い知ったのみで、この武闘会で利益を得ることはありませんでした。
 傷が癒えたら、自分を鍛えなおそうとグレーテルは思いました。
 

「ドレス・ストーンはちゃんと回収しないとだめだよ。いくらシンデレラが優勝に興味がないとはいえ、ドレス・ストーンは後で元の持ち主に返さないとだめなんだから」
「ええ、分かっているわ」

 ハピネス371の言葉に従い、シンデレラはドレス・ストーンを回収します。
 シンデレラにとって自分のドレス・ストーンが母の形見であるように、それぞれの武闘姫にとってもドレス・ストーンは大切な物です。
 シンデレラが無理に相手のドレス・ストーンを奪おうとしないのは、他人にとっての宝物を奪うのを良しとしないという理由もありました。
 
「うわー、いっぱいあるよ! もしかして優勝しちゃうかも?」
「ちょっと」

 ハピネス371の物言いを不謹慎と感じたシンデレラは眉をひそめました。
 

 シンデレラが追いかけてこないのを確認したグレーテルは、近くの木に背中を預けます。
 
「大丈夫?」

 グレーテルのハピネスが心配そうに言います。グレーテルはそれを手振りだけで大丈夫と伝えました。
 
「こんにちは」

 不意にかけられた声に、グレーテルは傷の痛みを無視して素早く立ち上がって弓を構えます。
 
「チャーミング王子?」

 流石に王子に弓をひくわけにはいかないので、グレーテルは構えを解きます。
 
「王子がどうしてここに?」
「いやね、君にちょっとお礼をしたくて。君のおかげで僕のシンデレラが貴重な経験を積めたからね。これ、少ないけど取っておいて」

 そういって王子が何かをグレーテルに握らせてきました。
 グレーテルは自分の手の中を見ると、そこには3枚の神代貨幣がありました。
 
「ああ、それと君は依頼を失敗したけど、依頼人が君を始末することはないから心配しないで。そんな余裕はなくなるだろうから」
「え?」
 
 グレーテルが視線を上げた時、すでにチャーミング王子の姿はありませんでした。
 
「そんな……」

 負傷して気が緩んでいたとはいえ、グレーテルはチャーミング王子が立ち去ったことをまるで察知できませんでした。
 グレーテルはまるで夢を見ているような気分になりました。


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