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映画と車が紡ぐ世界 chapter71

ハリーとトント ~ ルノー トゥインゴ RS 2013年式 ~
Harry and Tonto ~ Renault Twingo RS 2013 ~

”Myaoooooooooooooww”(もう そろそろだよ・・・)
Harryは 呟いた・・・

Twingoの助手席で 夢うつつの 
ブリティッシュショートヘア
首輪には 冨岡八幡の御守がついている 
お前と旅に出て 明日で3年か・・・ 早いものだ

三人の子供たちが 巣立ち
狭く感じていた80㎡の我が家は 東京ドームの様に 広大になった
時折 外から聞こえてくる 幼児たちの唄声で
子供部屋に残された落書きたちが 踊り出す
そんな彼らに合わせて 私も踊ってみせたが
家内は 幼かった我が子と一緒だった頃に トリップしたまま 
ただ瞳をうるわせていた・・・ 
我が家に もう笑顔は存在しなかった

家内とは大恋愛で結婚した 
その結晶として 二男一女を授かった
家族を守るために私は 必死に働いた
しかし・・・ いつしか目的は逆転し 私は仕事の虫になっていた
カノジョは自分の支えを 子供たちに切り替え
私は それを受け入れた

やがて 子供たちが成長し 我が家から出て行くと
カノジョは生きがいとともに 自分を失った
私では カノジョの心の穴を埋めることができなかった

一度だけ私は 心を失った家内を連れて 子供たちを訪ねた
そして・・・
誰でもいいから 一緒に暮らせないか仄めかしてみせた 
しかし・・・
彼らは皆 自分の生活だけで手一杯だった
彼らの人生には 疾うに私たちの存在は消えていた
カノジョが心を無くしていたことだけが 幸いだった

そこで私は 新しい家族でもう一度 家庭を作り直すことにした
こうして やってきたのが Harryだった

♪Al Stewart - Year Of The Cat♪

英国紳士の彼は 我が家に入ると 真っ先にカノジョの懐に潜り込んだ
”Grurururururur”
それは 彼なりの最大級の挨拶だった
カノジョは言った
「こんな甘えん坊 次男坊 以来だわ」 
何年ぶりだろう・・・
カノジョが微笑んでいた 

7つ年下のカノジョは 
Harryとの時間で 少しづつ心を取り戻していった
このままいけば 大丈夫だろう・・・
たとえ 私が逝ってしまっても 

しかし 人生は方程式のようには いかないものだ・・・
あっけなく死んでしまったのは カノジョだった
最後まで 何も言わず 静かに逝ってしまった・・・

アメリカ大陸ほどの広さになった我が家を手放し
私は 愛車のTwingoで Harryと共に 放浪の旅に出た
カノジョと旅した思い出の地を 再確認するように

浜名湖 舘山寺は 特別な場所だった
内緒で 婚前旅行に来た私たちが 
偶然カノジョの両親と 出会ってしまった場所
結果的に その場で 私はカノジョにプロポーズした

「あの時は ホントに驚いたよ・・・Harry・・・ハリー?」
助手席の ブリティッシュショートヘアは 
小さく 冷たく 固まっていた・・・

「お前も 私をおいていくのか・・・」

「Tontoじゃ 先に逝ってしまうから お前をHarryと名付けたのに・・・」

結局 私も Harryじいさん(Arthur William Matthew "Art" Carney)
と同じ 独りぼっちか・・・

力いっぱいステアリングを握りしめた私は 
このまま 湖に飛び込もう! 
そう思った・・・ そのとき

 Chirin♪ Harryの首輪が鳴った

なんとなく 気になった私はHarryの首についていた御守を開けてみた
!!
そこには カノジョの書いた手紙が入っていた

「Harry 私はあなたより長く生きられないの
 Harry 私は彼より長く生きられないの
 Harry 私の代わりに 彼に優しくしてあげて 
 もし彼より先に こっちに来るときは この手紙を 彼に届けてね」
そして最後に・・・
 「Hiroshi-san ありがとう 私は幸せでしたよ
  こちらに来たら また 面白い話をたくさん聴かせてね」

引っ込み思案のカノジョの性格を思い出した
最後まで 手紙で伝えるなんて 君らしいよ・・・

Harryの頭を撫でながら もう少しだけ 生きようと思った
面白い旅話をつくるために

ネコ足のTwingoは 静かに優しく坂道を下った


2023年 うさぎ年
・・・ ベトナムでは うさぎではなく ネコ年なのだそうです


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