将棋の名人戦七番勝負第一戦、藤井聡太名人対豊島將之九段。ひさびさに炸裂した藤井名人の神の一手。それをAbeme解説、佐藤康光九段・元将棋連盟会長・SMAAAASH級の会心の解説。さすが怪鳥。
将棋の名人戦七番勝負第一戦、藤井聡太名人対豊島將之九段。
いや新年度早々、すさまじいドラマチックな名局。
ひさびさに炸裂した、藤井名人の神の一手。(ここのところの藤井名人、強すぎていつの間にか寄りきって勝っていることが多くて、劇的な神の一手、というのが無かった気がする。というか、神の一手誕生には解説やリアクション聞き手の方の絶妙の貢献もないと、私のような初級者視聴者には「神の一手」として認識されにくいのである。そういうドラマからしばらくご無沙汰だったのである。)それをAbeme解説、佐藤康光九段・元将棋連盟会長の、その神の一手を事前に察知予告した解説も神技級。これはAbemeで、佐藤康光会長解説で見ていないと、僕のようなへっぽこ将棋指しには、何が起きたか全く分からなかったに違いない。これほど気持ちが盛り上がらなかったかもしれない。
AI形成判断や次の一手だけではなく、解説者、ほんとうに大切なのである。(ちなみに、佐藤康光九段がその一手に気づいた時点(指される数手前)では、Abeme画面に表示されるAI候補手にはまったく出てこなかったのである。この点も、近ごろ、無いことであった。)
二日目も夕食休憩が終わったのに、100手を超える終盤まで両者50%くらいのほぼ互角から、豊島九段が70%くらいまでリードを広げ、残り藤井名人4分、豊島九段20分くらい。豊島九段がミスなく藤井玉を追い詰めていく。このまま押し切れそう、久々にタイトル戦で藤井名人敗色濃厚となったところ。
豊島九段が藤井玉を下から龍で追い詰めていく。窒息寸前の藤井玉が4六に上がる。ここで慌てず藤井守備駒最後の砦の4八金を取ってしまえば、ほぼ勝負ありだったのだが。しかし、非常に調子よく攻め手がきまっていた豊島九段、あまり時間を使わずに、調子で、はずみで、4四香打ちと、頭から玉を抑え込もうとする。入玉模様にされることを嫌ったのだろうが。これがうっかり。痛恨のミス。5七にいた豊島桂馬をとって藤井玉がするすると左サイドに逃げてしまいそうになる。
これで形勢はほぼ50%ずつに戻ってしまう。
しかしまだ互角だったので山口女流も「ここから第三ラウンドが始まりそうです」と、ここからまた形勢不明で長くなりそうとコメント。
両方の玉がそれぞれ詰みにくくなって、今後、どちらの指し手も難しい、いろいろあるな、ということで大盤で解説を始めた佐藤康光九段。次は豊島さんの手番。
ところが、急に「そうか、怖い手がありますね。いや、スマッシュ級の凄い手がありますね。3七桂」と、豊島さんのではなく、その次の藤井名人にすごい手があることを佐藤会長は発見。ここまでまったく動いていなかった2九自陣の藤井さん桂馬を3七に跳ねる一手が、なんとそれだけで敵陣にいる豊島玉に詰めろをかけてしまう。いや自陣の中で桂馬を跳ねるだけの手が、なぜか放置すればそのまま敵陣深くにいる玉を詰みにする一手。そこからもう二手ほどでどうやっても詰んでしまうかというのを、さらさらと解説する。
豊島九段は、それを阻止するためにはAI推奨の3八桂成という、一見緩そうな手を指すしかない。しかし、この藤井名人3七桂の詰めろを完全に見落としていた豊島九段は、7九龍と、3七地点に効いていた龍を動かしてしまう。
この手を見て佐藤康光九段。「ああっ、これ、3七桂、たしかに出てもおかしくない。桂跳ねたら勝ちに行ってる。わあ、藤井さん、けっこう、こういう手は好きですよね。好きというか、最善だと思ったら自玉の怖さを顧みず指される方なので、これ一発で寄っちゃったら(私がその前に予想した)5四桂みたいな平凡な手じゃないんですね。これ、狙ってるかもしれない。」
ここで画面は藤井名人のアップ。前傾姿勢で口元を握った拳で隠すような藤井聡太名人のしぐさ。これを見てうちでは妻が「あ、藤井君、笑ってるの隠してる、こうなったら勝つよ」という。ほんとは笑っていないと思うのだが、「勝ちになったと思っていることを隠そう」と無意識に口元に手をやることはたしかに多いと思うのだな。妻は将棋はルールくらいしか分からないが、私が欠かさず藤井八冠の将棋Abeme中継を見ているのを横で眺めているので、藤井名人に限らず、棋士のボディランゲージや姿勢で極めて正確に形勢を読むのである。うちの妻も恐ろしい。
それと同時に佐藤康光九段も「や、このポーズは危険です。このポーズは何かもう発見している雰囲気が」。佐藤九段もすごいがうちの妻もすごい。ボディランゲージ読む能力では名人級である。とおもった瞬間、藤井名人、3七桂を指す。
佐藤康光九段「うわああ。やっぱり。いやな予感がしたんだ。いやな予感て言ったら悪いけど。」
聴き手山口女流も驚きっぱなし。Abemeコメント欄も「怪鳥すげえ、強い。さすが伊藤匠七段に勝つだけのことはある」と藤井名人の神の一手と、それを正確に予測した佐藤康光九段怪鳥に絶賛の嵐。
この手を指されて、豊島九段も完全に敗勢になったことに気が付いた様子。受けが難しいとみて攻めてみる(受けや合い駒に藤井持ち駒を使わせれば、自玉の詰みがなくなるかもという可能性に賭けてみる)が、こうなるともう藤井名人はミスをしない。正確に受け切って、もう豊島さんなすすべなし。
最後も、じっくり攻めても勝ちなのに、4一銀打王手での、一気に詰ます、全く可能性ゼロに決め切る、切れ味抜群の鮮やかな一手でとどめを刺した。
藤井名人、鮮やかな逆転。豊島九段、痛恨の敗戦。永瀬九段や渡辺九段だと、投了直後から、自分から「あそこはどうだったかな」と会話、感想戦を始めてしまうことも多いのだが、豊島さんはショックでか一言も口を開かず、藤井名人も無言、報道陣ががやがやと入ってきてインタビューが始まるまで、両者とも全く口を開かなかった。それくらい衝撃的な内容、重たい内容であった。
というので、本局の感想文はおしまいなのだが、
佐藤康光九段のことを知らない方のために、この「神の解説」に至るドラマとともにおまけ紹介パートをくっつけておきます。
名人戦は二日制。一日目。豊島さんの奇襲からの珍しい形の序盤戦が東京目白椿山荘で展開されていた昨日、佐藤康光九段は、解説ではなくて、千駄ヶ谷の将棋会館で竜王戦準決勝を戦っていたのである。相手は伊藤匠七段。藤井名人と同級生の若手最強棋士と。
勝った方が、竜王挑戦者決定トーナメントへの進出を決める。(一組は五位まで決勝トーナメント進出。一組決勝まで残ればまずは無条件に進出決定。)
伊藤匠七段は昨年の竜王戦挑戦者、昨季は竜王戦だけでなく棋王五番勝負、現在進行中の叡王戦まで、三連続で藤井八冠タイトルに挑戦している。棋士実力を数値化するレーティングでも藤井八冠に次ぐ二位。藤井八冠と同学年。もし藤井八冠がいなければもうタイトルをひとつふたつ取っていたに違いない。「藤井以外なら最強」棋士である。
対する佐藤康光九段は、一昨年まで将棋連盟会長をしていた、いわゆる羽生世代、54歳。あだ名は「怪鳥」。会長を羽生さんに譲った後も将棋ファンからは「怪鳥」と呼ばれている。
羽生さんと同世代、つまり佐藤さん全盛期は羽生さん全盛期に重なっていたのであるが、その中で名人二期・竜王一期・棋王二期・王将二期・棋聖六期獲得、永世棋聖の称号も持つ。タイトル総数13期は、歴代8位。羽生さんが同世代でなければ名人や竜王ももっとたくさん取っていたろう。
藤井八冠に対する伊藤匠七段、に相当する感じで、羽生さんに対抗していたのが佐藤康光九段だったのである。羽生さんのライバルと言うと森内俊之永世名人が語られることが多いが、タイトル保持回数は佐藤康光九段13期、森内永世名人12期である。森内さんは名人が8期で、名人を羽生さんと争ったり永世名人を羽生さんより先に達成したりしてニュースになったので印象が強いが、タイトル戦に限らずの対戦した数で言えば、羽生九段×佐藤さんは168局(同一対戦歴代ランキング3位)、羽生九段×森内俊之永世名人戦は141局(同7位)である。
そして今季竜王戦一組、佐藤康光九段は、レーティング三位の永瀬九段、一昨年の竜王戦挑戦者広瀬九段と、30代の実力者二人を連破して準決勝進出。とはいえ、今、伊藤匠七段に勝てる棋士はほとんどいない。いかに佐藤さんと言えども・・・と将棋ファンは思っていたのだが。それが、昨夜。
佐藤さんは、定跡にこだわらない、自由な指し手、終盤の強さで「丸太を振り回す」と称される棋風、その剛腕を振り回して伊藤七段を寄せつけず完勝。Twitterが「怪鳥、強い」ということでトレンド入りする盛り上がりだったのである。
昨夜深夜までの激戦にも拘わらず、今日、午前中ややおそめからAbeme解説に登場した佐藤康光九段に、聴き手女流、本多小百合、山口恵梨子女流も「昨夜はすごかったですね」とご挨拶。
という流れからの、終盤、藤井名人の神の一手を、佐藤康光九段怪鳥、スマーシュ見事な切れ味の解説だったのである。