北京五輪は、フィギュアスケート界の競技歴史的な大転換ではないのか。「女子バンザイ・ロシア革命」についての私的考察。
まあいろいろあった女子フィギュアスケートだが、競技歴史的に大革命、転換点にあると私は考える、という、マニアック分析をしていきたい。とりあえず、「女子バンザイ・ロシア革命」と名付けたい。
画期的、革命的、競技史の中でも大転換点というのはどういうことか。
①技術レベル、ジャンプの内容で、女子が男子を上回るという、前代未聞の事態、時代になる(すでになっている)可能性がある。
②ジャンプの跳び方の常識が、もしかすると変わるのでは(すでに変わっているのでは)ないか。スキージャンプの「スキーを閉じて飛んでいた笠谷のクラシックスタイル時代」から、「1985年、ヤン・ボークレブが始めて、あっというまに広がった、スキーを開いて飛ぶ今のV字スタイルへの転換」くらいの大チェンジが起きているのではないのか。
では、まず、①男女の逆転現象について。
4回転ジャンプといっても踏切り種類で難易度が違い、基礎点数が違う。というのは、フィギュアスケートを、見る人にもだいぶ理解浸透してきた。おさらいをしよう。
やさしい方から基礎点
トゥループ9.5 サルコウ9.7 ループ10.5 フリップ11.0 ルッツ 11.5
アクセルジャンプはプラス半回転なので別物と考えて参考まで。 3回転アクセルは8.0 4回転アクセルは12.5である。
今、ロシア女子のトゥルソワのレベルで4回転の難易度の種類を安定して跳べる男子選手はいない。いちばん近いのはネイサン・チェンくらいである。
ネイサン・チェンの北京五輪優勝予定プログラムでは、フリップ、フリップのコンビネーション、サルコウ、ルッツ、トゥループのコンビネーション。すごいでしょ。難しいほうのルッツ、フリップでコンビが跳べる。
これに対して
羽生選手が安定して飛べる4回転はやさしい方の二種類、トゥループ、サルコウである。かつて他の四回転にも挑戦したが、現在では、試合に入れるのはやめて(完成度が低いから得にならない)、どうせ完成度が低いなら、誰も成功していない4回転アクセルに挑戦することにしたのである。北京でもこれしか飛んでいない。
鍵山選手も、メインはサルコウ、トウループで、難易度真ん中の「ループに挑戦」であり、「ループをなんとか転ばすこらえた」のが話題になるのである。
宇野選手はもうちょっとすごい。北京でもルッツを除く、フリップ、ループ、サルコウ、トゥループ4種類をプログラムに入れている。易しいサルコウでて失敗するところが天才らしい。ルッツについても、かつてエキシビジョンでは成功させており、全種類、跳べるのである。天才。
という中で、女子・銀メダルのトゥルソワ(金のシェルバコワよりジャンプ難易度は高い)の昨日の演技ジャンプ構成を確認する。
いきなり、難関フリップ、次にサルコウ、次、トゥループ。後半に入り、最難関ルッツのコンビネーション、そしてルッツ単体。4回転だけの基礎点を見ればネイサンチェンを越えている。ただしアクセル系がダブルアクセルなのである。なぜかトリプルアクセルが跳べない。アクセルジャンプは別物らしい。今大会、女子でトリプルアクセルを複数回成功したのは日本の樋口新葉選手だけではないかしら。ロシアで3アクセルをコンスタントに跳べるのはワリエワだけみたいだな。
というわけで、「技術点」の採点においては男女の差は無いので、優勝したトゥルソワの技術点合計は106.16。トリプルアクセルが跳べない分、アクセルジャンプで差がついてネイサンチェンの121点、鍵山の107.99よりは低いが、羽生の98点台、宇野昌磨の96点台よりも技術点が高いのである。
ここで話しは脇道にそれるが、何となくフィギュアスケートでは、女子のほうが100点くらい最終合計点が低いよな、と思っていたでしょう。「だって女子のほうが難しいジャンプ跳べないし」って。でも、理由はそれだけではないのです。演技構成点(昔の芸術点)でも差がついている。
今回のフリー「演技構成点」、がトゥルソワ70.97、シェルバコワ75.26、坂本74.39とみんな70点台。男子はネイサンチェンが97.32、鍵山93.94、宇野91.86、羽生90.44と。みんな90点台。なんで男女にこんなに差があるの?理由を知っていますか?
実は、演技構成点は、男女とも、初めは50点満点で採点されるの。で、技術点と演技構成点が、およそ五分五分になるように、何倍にするかの係数があらかじめ決められているのだな。
で、ここ最近は、男子のフリーの技術点の最高が100点前後、女子のフリーの(ロシア技術革命が起きる以前は)80点くらいなので、男子は、係数を2.0、女子は1.6と決められているのだね。(50×2.0=100、50×1.6=80)
ちなみに、四回転と三回転アクセルが跳べない坂本香織の技術点が78.90なので、「ロシア革命」以前の女子技術点が最高で80点、というこのは、まあ正確な線。
こういうわけで、男子の演技構成点は100点満点、女子の演技構成点は80点満点、なのだ。
しかし、ロシア女子たちが男子以上の技術点を、叩き出すようになったので、そのうち係数の男女差、見直されるかもね。もしトゥルソワを男子基準で採点したら、演技構成点が90点になるので、フリー合計点は男子なら196点。
さて、ここまでが①の男女逆転についてでした。まとめると、4回転の難易度で、男女逆転が起きている。今回上位に入ったロシア三選手は、(それぞれ跳べるジャンプ種類に若干の差はあるが)その種類難易度安定度は、世界最強の日本男子三選手をはるかに凌いでいるのである。
そして、ここからが②の技術革命について。ロシア女子が起こしている、跳びかたの革命について。
これは誰も言っていない。私が勝手に考えていること。でも、ほぼ間違いないと思う。
さて、質問。昨日の、ロシア女子上位三選手に共通するジャンプ跳びかたの特徴を挙げよ。
昨日、テレビで見ていたら。みんな気づいたでしょう。え、気づかなかったの?うそー。
アクセル系以外の、後ろ向きに踏み切るジャンプ、ほぼ全部、両手を上に上げて、バンザイ状態、頭の上で手を合わせてで跳んでいます。
「ばーか、あれは手を上げたほうが難易度が高いと見なされて加点が取れるから手を上げているんだよ」と、フィギュアファン、マニアの皆さんは突っ込みを、入れるでしょう。入れましたね。そこのあなた。
いや、私はそうは思わないんですね、ロシアの若い女子選手だけが、突出して、いきなり高難易度の4回転を軽々と成功させ始めたのは、おそらく、ジャンプの跳びかたのデフォルト、基本型を「両手をバンザイして、重心と軸を長く細く上に引き上げる」ことにしたからだと思うのですよ。はじめっから、手を上げてジャンプを練習していると思う。
もしかすると。初めは「どうせ手を上げたほうが加点がつくのだから、はじめっから、そっちで練習させよう」くらいのことから始まったのかもしれない。
しかし、そうやらせてみたら、身体操作と力学的構造上、科学的にも、そのほうが、①重心を素早く強く上に引き上げられる。②回転軸をより細く集中できる。(物理的にも、意識の、上でも)③身体全体の回転半径をより小さくできる、という利点が見つかったのではないか。
先日、陸上400ハードル銅メダリスト為末大さんが「もっと科学的論理的解説が聞きたい」。という投稿をして話題になっていましたが、その中で、女子選手が、ある年齢からジャンプが跳べなくなるのは、例えば女性的体型変化で骨盤幅が増えると回転半径が大きくなるためとか、アジア系小柄な選手が男子上位を占めるのもそうした身体特徴と相関があるのでは、ということを書いていた。
陸上の走り高跳びでも、踏み切りで両手は上に強く振り上げる。その後、フィギュアのジャンプだと回転半径を、小さくして回転速度を上げるため、従来技術だと脇に強く腕を引き付ける、だったのだが。ロシア女子革命技術だと、両腕を、、頭の上まで振り上げて合わせたほうが、①振り上げる強さが増す②回転半径はより小さくなる。
この新しい跳びかたを採用したロシア女子が、男子トップ選手よりも4回転に限れば高難易度をより高い成功率で跳べているのは今まで論じてきた通り。
というわけで、女子バンザイ・ロシア革命、と、名付けてみたわけだ。
このロシアバンザイ革命女子たちが、アクセル系だけは男子に全くかなわないのは、アクセルジャンプとバンザイスタイルの相性が悪いためだと思われる。男女とも、アクセルでは誰もバンザイをしない。
陸上の走り高跳びで、腕を頭上に振り上げるのは後ろ向きに跳ぶ背面跳びだけである。前向きに跳ぶベリーロールでは手を振り上げない。脇に強く抱え込む。何らかの身体合理性があるはずだ。前向きに跳ぶアクセルだけは腕を振り上げるのが、うまくいかないのである。
もしロシア女子たちが、これ以外の例えば脚力が特に強化されたとか、そういう理由で4回転が男子を越えたのならば、アクセル系も一緒にせめて男子並みになっていないと、理屈が合わないのである。しかし、アクセルだけはロシア女子も、日本女子とどっこいレベルなのは①部分析で見てきた通り。
どのテレビ解説者も、そんなことは言っていないって。いや、あの人たちはあくまで元アスリートだから。かつての自分の経験に縛られてものを見てしまう人たちだから。「手を上げるのは加点のため」と思い込んでいるからだと思う。
初めて先入観なく北京五輪からフィギュアスケートを見始めた子供なら、「ジャンプのときは腕を強くふって、頭の上で手を合わせたほうが、たくさん回れるし、失敗しにくい」って、素直に発見すると思う。