小説 『キラー・フレーズン・ヨーグルト』(6)
【前の話】
「最近は、すっかりなくなったから、もう大丈夫と安心してたのにぃー、まだそういうの頼んでくる系かあ」
そう言いながら腰を滑らせて、ベンチの背に後頭部をもたれかけさせた。
「なんか必死で話聞いて損したー」
いや、そんなに話を聞いてもらった覚えはないけど……。
まだ彼の言葉がよく理解できなかった。
すると突然、首がぐるんと動き、こっちを見た。
「どっかの掲示板で見つけた?」
わたしがうなずくと、
「さんざん削除要請出してんのに、まだ残ってるのかあ」
と、頬をベンチの背に押し付けながら言った。
「削除要請……?
それって……人を消すって意味じゃないですよね?」
「当たり前でしょ」
「あの……
じゃあ、もしかして、もう……
その手の依頼は、受け付けてないんですか?」
姿勢は変えず、首だけで軽く頷いた。
「なんで……」
「なんでって?」
ガバっと上体を起こした。
「それって、なんで人殺し止めたんですか、って質問?」
「あ、いや……そういうわけじゃ……」
「あんた人殺したことある?」
わたしは激しく首を振った。
「でしょ。
なんで殺さないの?」
「え、なんでって……だって……法律で禁止されてますし……」
「信号無視したこと一回もない?」
「……いいえ」
「道端にゴミ捨てたこと一回もない?」
「いいえ……」
「立ちションしたこと……はないか」
小学生の頃、祭りの帰り道、どうしても我慢できなくて一回だけ……と記憶がよみがえったが、別に言わなくていい流れだろう。
「でも、信号無視はしたことあるわけだよね。法律違反だよね。じゃあ、なんで殺しはしないの?」
「だって……普通しないですし、できないし……」
「自分はする気がまったくないくせに、人にはやらせるんだ。
それってひどくない?」
「でも……それが仕事なわけじゃないですか」
「出たー。
分業制理論」
ハルさんは腕を振った。
小さく丸まった紙が飛んでいく。
そして、五メートルほど離れたゴミ箱の縁に当たって落ちた。
思わず言ってしまう。「ここは外さないところじゃないですか? 一流の殺し屋としては」
「だからもう引退してるんだって」
立ち上がり、紙くずを拾った。
「家のゴミ掃除はする。でも、公園のゴミ掃除は、わたしの役割じゃない、それはまあ分かるよ。今の世の中、何事も分業制だ」
と言って、ゴミ箱に投げ入れた。
「でも、一回もやったことがない、しかも、この先も絶対に自分ではやりたくない、なのに、人にはやってほしい。
金を払ったんだもんわたし、って」
「いや、そんなふうには思ってないですけど……」
「いーや、思ってる。
そんな客ばっかりだったもん」
ベンチに戻ってくると、カフェのショップバッグに手を突っ込んだ。
「もうやになっちゃったよ。コスパ悪すぎ」
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