3000円ブックオフ青春小説 その①
※この小説はTwitter上で温泉マーク(@ngo750750750)さんが提唱されている、#3000円ブックオフ という遊びを元に、温泉マークさんの許可のもと、作成、掲載されています。
学生のころ、学生室と呼ばれる十二畳程の部屋がそれぞれの学科にあって、我々学生のひそかなたまり場になっていた。そのとき僕は英米文学科の三年で、もうじき本格化する就職活動から逃げるようにその部屋に入り浸っていた。
英米文学科は2年から4年まで30人程いたと思うが、主に学生室に入り浸っているのは東、浅田、宮台、そして僕の4人だけだった。東と僕は最も出現率が高かったと思う。僕たちはそこで授業の課題をしながらくだらない話によく花を咲かせていた。
学生室にはCDコンポがあって、東と僕は音楽の趣味が合ったから、二人きりの時は「いい加減にあきたよね」とか言いながらずっと同じ曲をリピートさせて「またその曲なの」とかつっこみながら時間の浪費をしていた。
東は女の子だったが恋愛関係とかではなく、当時はどの男友達より仲が良かった。彼女は文学には正直あまり興味がなく、海外旅行や英語が好きだから英文科にいたのだった。活発なタイプの彼女は「邪魔だから」といって、いつもベリーショートにしており、それが凄く似合っていた。
浅田さんは一言で表すならば変わった人だった。見た目はおとなしい狸顔の美人だったが、好きな小説のことになると見境が付かなくなった。特にフォークナーが好きだった彼女は、執拗に「読んで読んで」と勧めてきた。
僕は浅田さんのことが好きだった。しかし、彼女は数学科のなんとかジャンというインド人と付き合っているという話で、たまに文化の違いの愚痴を聞かされ、とても辛かった。彼女もそれなりに学生室に来ていては馬鹿話をしている僕と東の会話にまじったり、時には僕らを気にもせずにずっと授業のレポートや予習に集中していたりしていた。
そして、宮台は謎の多い男だった。
彼は背が高く切れ長の目でどことなく太宰治っぽい雰囲気があり、両切りのピースを嗜んでバイクで登校していた。
宮台が好んでいたのは詩で「ホイットマンとディッキンソンは人として読まなければだめだ」が口癖だったが、愛好していたのはグレゴリー・コーソとT. S. エリオットだった。
東や浅田さんに比べると学生室にはあまり来ない宮台だったが、この四人が揃うととても親密に話をした。
僕たちは定期的に学生室で鍋をやるのが楽しみで、飲みながらよく無駄話をした。3000円ブックオフの話が宮台から出たのもその席だった。
「そういえば面白い話がある。♨からきいた話だ」
♨というのは社会学科の名物学生で、♨の柄のシャツをいつも着用していることからそう呼ばれていた。その♨の仲間内で流行っていたのが、ブックオフで3000円分の買い物して、誰がハイセンスでリーズナブルな買い物ができるかという遊びだった。
宮台がこれを我々もやろうと言い出した。
「しかしだね、ただ同じことをやっても面白くない」と彼は悪い笑いを顔に浮かべながら言った。
彼の提案はこうだ。
「それ私が一番不利なやつじゃない」
東はそう言ったが、その目はやる気満々だった。
こういう遊びは好きなのだ。
「おもしろそうだね」浅田さんも言った。
「決まりだな」と宮台。
そんなわけで、一週間後までに学生室の端にある机の上に、それぞれ買ったものを置いておくことになった。
みんなの好みは大体把握していたが、厄介なのが宮台と浅田さんだ。
宮台はあの性格なのでエグいひっかけを入れてくる可能性が高い。間違ってもホイットマンやコーソなど入れてこないだろう。いや、逆に入れてくるかもしれない。他の人が宮台を騙るという設定であえてストレートに選ぶ。奴ならありえる。
浅田さんは何しろ懐が深い人だ。まだまだ僕の知らない好みがありそうで、全く手掛かりの無いものを放り込んでくる可能性がある。
しかしフォークナーのことになるとちょっとおかしくなるので、そこでボロがでるかもしれない。これは格好の布教のチャンスだし、全てフォークナーの可能性だってある。例のインド人の彼氏も協力されたら厄介だ。
そこまで考え、浅田さんに彼氏がいるという事実に僕はまた落ち込んでしまった。
東はどうだろう。東は逆に読めないかもしれない。読書家のイメージがないから東が選ぶ本は想像できない。
そんなことを考えながらその日は冬の夜道をとぼとぼと下宿に帰っていった。
早速、次の日に大学近くのブックオフに行く。
このブックオフは規模はそれほど大きくないものの大学が近いせいか意外にもラインナップが充実していた。掘り出し物も多く、利便性を除いても結構好きなブックオフの一つだ。気がつくとナチュラルに自分が欲しいものを手に取ってしまうので注意が必要だった。
暫く選んでると後ろから肩を叩かれて振り返るとそこに笑顔の東がいた。
「お前趣旨わかってんのか」
折角選んだものを全部戻して店を出て、近所のモスバーガーに二人で入って注文して席につくと僕は言った。
「ごめん、いたからつい。でもチョイスは見てないよ」
と、東はちょっと反省するようなそぶりで言った。
危険性はあるなと思ったがまさか東と鉢合わせするとは思ってなかった。その日は結局2人で下北沢まで出ていき、古着を見たりして一日が潰れた。
次の日、授業が終わると昨日の反省を活かし、遠出する事にした。
ブックオフの面白いところは必ずしも量はラインナップの質に比例しない所で、客層で内容が決まる点だ。
なので、意外にも渋谷のブックオフは内容的につまらなかったりする。特にCDはレコファンやユニオンで引き取られないものが流れてくるイメージで面白みがない。
横浜方面でいい店舗が無いかと青学の友達に聞いてみた所、町田のブックオフが良いと言うので、すぐさま行くことにした。
町田に来るのは初めてだったが、駅前にレコファンがあって嫌な予感がした。ブックオフは商店街みたいな通りにあり、かなり広かった。近くにディスクユニオンもあったためCDの品揃えはそこそこだったが、本はそれなりにあった。しかし大学近くのブックオフの方が質は良かったので、「東のやつ〜」と思った。
という事でやや期待外れだったが3000円で下記を購入した(税抜き)。
漫画の話を4人であまりしたことがないと思い、漫画をかなり選んでしまった。音楽は東以外とはそれほど話してないので、彼女との間で話題にならなかったCDを選び、我々の間で話題に上る小説は英米文学がメインだったこともあり、そこから外れている小説を選んだ。
高橋源一郎の2冊は講談社現代文庫で高い値段で買って所有していた為、安いハードカバーを見つけて少し悔しかった。
ディスクユニオン近くでラーメンを食べ、平坦な戦場で戦う人々の波に飲まれつつ『リバーズエッジ』を読みながら帰った。
後日、3000円ブックオフミッションを達成した僕は早速大学生協の茶色い紙袋を取りに行った。なるほど、これなら結構な量の本を包むことができそうだ。
「島田君」と浅田さんが快活に声をかけてくれた。
浅田さんに偶然会えた喜びも束の間、隣に例のなんとかジャンがいる事に気づいた。
僕はインド人に酷い偏見を持っていた様で、僕がイメージしていたよりもずっと彼はスタイリッシュな男だった。
彼はウィリアム・パトリック・ラマヌジャンという名前でビリーと呼んでくれと言ってニカッと笑って握手を求めてきた。紫のブラウスを着ておりそれが褐色の肌に非常によく合っていた。髪の毛は――パーマをあてていたのか地毛なのかわからないが――縮れていたが恐ろしくそれがキマっていた。目鼻立ちははっきりとしており、インドのイケメンってこういう感じなのだと一発で理解できた。彼は日本語も達者で、なによりいい奴っぽかった。僕に勝てる要素は一つもなかった。
一通り話すと彼は浅田さんの腰に軽く手を当て、親密そうに去っていった。浅田さんの幸せそうな顔がまた僕を傷つけた。後ろから宮台が肩に寄りかかってきて「完敗だな」とダメ押しで言った。
その晩に僕は二人が過ごすであろう親密な時間について思いを馳せ、自分の想像力がその翼を広げて自由に羽ばたいていくのを恨んだ。その羽をへし折ってやりたかった。
当日、浅田さんの顔を見るのが辛かったがなんとか学生室にたどり着いた。
いつものように鍋の具材と多少の酒を抱えていたが、いつものワクワクはなかった。あれからラマヌジャンの顔がチラついて眠れない日々が続いていたからだ。彼から数学の問題を出されて1つも正答できないという酷い夢を何度もみた。
扉を開けると皆揃っており、例の机の前に集まってこちらに背を向けていた。
僕が入ると宮台がこちらを振り返って「面白いことが起こってるぞ」と薄い笑いを顔に貼り付けたまま言った。ネガティブなモードに入っていた僕はきっと嫌なことが起きているに違いないと思った。
机の上を見てみると何が起こっているかすぐにわかった。
紙袋が5つある。
予期せぬ参加者がもう1人、いた。
Text by JMX
※この小説はTwitter上で温泉マーク(@ngo750750750)さんが提唱されている、#3000円ブックオフ という遊びを元に、温泉マークさんの許可のもと、作成、掲載されています。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?