The Backroomsをとりまく音楽についての雑感
The Backroomsとは何か?
日本での知名度も高くなったこのインターネット・ミームは、もっとも有名な部屋の画像から始まった。
2018年4月に建てられた4Chanのスレッドが初出であるこの画像が、2019年5月に建てられたスレッド「unsettling images」(不安になる画像)で紹介されたことからThe Backroomsの基本設定が誕生する。
画像と設定を基にした創作はシェアワールドコンテンツ(同じ世界観を共通して複数人が創作を行うこと)として流行し、あらゆる関連作品が多数作られるようになった。
階層の創作は、そのメインとも言える。
階層とは、The Backroomsを構成する秩序だった様々な空間のことである。
例えば先ほどの黄色がかった部屋は、The Lobbyと呼称される階層である。
The Backroomsの知名度を一気に上昇させた動画《The Backrooms (Found Footage)》は、The Lobbyを題材としたFound Footage(モキュメンタリ―映像)で、他の階層のFound Footageも多数存在している。
この動画の切り抜き、あるいは階層の写真とされる画像に短い説明が重ねられた「階層解説動画」が、YouTubeやTikTokで同様に流行している。
ご存じの通り、TikTokはショート動画にBGMを組み合わせて編集することができるプラットフォームだ。階層解説動画に使用されるBGMでは、The Backroomsが見事に音のイメージに転換されている。
The backroomsの概念は、もはや画像とショートストーリーと映像のみではなく、音楽においても伝播している。
関連して、2022年8月に公開されたSpotifyオフィシャルプレイリスト「Liminal」のカバー画像には、まさにThe Lobbyの画像が使用されている。
では、階層解説動画からSpotifyプレイリスト「Liminal」に至るまで存在する、The Backroomsをとりまく音楽の雰囲気とはどのようなものだろうか?
Spotifyプレイリスト「Liminal」の音楽的特徴
選出されているのは、Aphex Twin、日向敏文から『ゆめにっき』『バイオハザード4』といったゲームのサウンドトラック、2814、Infinity FrequenciesといったVaporwave系アーティストに至っている。
一見、並列して語られることのないように感じられる曲から、筆者は以下のような印象を感じた。
低音質:ノスタルジー
The Backroomsは、非常に近い概念であるLiminal Spaceの派生といっていいだろう。元々は場所と場所の境界となる場所(通路など)を指す言葉であるLiminal Spaceは、そういった場所がコンテクストの外に現れる際に感じさせる不気味さ、ノスタルジー、不安感などを含有した空間についてのインターネット・ミームである。
Lo-fi加工やレコーディング年代の古さなどの要因からなる低音質は、いつか日常生活で、あるいは夢の中で通り過ぎたことがある「どこか」のような感覚――ノスタルジーを喚起する。
ゆっくりとしたテンポ:静的な空間
いわゆるSlowed Down加工(スクリュー)された音は、遠い亡霊の声のようだ。
あるいはビートを持たない曲も多い。
Liminal Spaceの条件のひとつに無人であることがあり、The Backroomsも同様に、多くの階層が無人という設定を持つ。その不安になるほど静かでしつらえられた部屋の、まさに環境音楽である。
ネガティブな音色もしくは非常に明るい音色:コンテクストの内外
不吉な予感を駆り立てるような曲調は、そのままThe Backroomsを象徴する。
翻って明るい曲調は、ネガティブだったコンテクストから突然外れてしまった違和感を感じさせる。
一聴して明るい曲だとしても、プレイリストの前後の雰囲気からどこか空虚さを感じ、イメージが連続していることを感じられる。
選出されているアーティストのプロフィールページからも、どちらかというとダークな印象に通ずる言葉を発見できる。
「snowfall」をØneheartと共作するreidenshiがアーティストページにリンクさせているプレイリストのタイトルは、「liminal lofi」だ。
TikTokの階層解説動画BGM
TikTokで使用されるBGMも同様に、低音質・ゆっくりとしたテンポ・穏やかかつネガティブな音によって同じ雰囲気が醸し出されている。「Liminal」プレイリストと共通する曲も多い。
このような音楽がThe Backroomsをとりまいている。
aestheticとThe Backrooms
ところで、階層のビジュアルイメージと音楽の結びつきは、Vaporwaveに代表されるaestheticという概念と大きく共通していると感じる。
美学と翻訳されるこの言葉は、インターネット上ではやや異なったニュアンスで語られている。
本記事では、インターネット上において散見される画像、音楽、イメージ、色づかい、文章などを一定の美意識を基にジャンル化すること/されたものと定義する。
この感覚はまさに、これまで見てきたThe Backroomsをとりまく音楽と通じるのではないだろうか。
無人の部屋、不穏さ、ノスタルジー、しつらえられた空間にある居心地の悪さ…といった雰囲気を基に既存のコンテンツをカテゴライズする。そのaesthetic的な感覚を内面化したインターネット・ユースによって、The Backrooms的な音楽というジャンルが作られているのではないだろうか。
MVに見るThe Backrooms
更にミームの拡大を強く意識する、国内外のミュージックビデオに見られるThe Backroomsの意匠を紹介したい。
KARD - ICKY
KARDは4人組のK-POPグループ。2023年5月に公開されたMVは、個別クリップでメンバーがThe Backroomsに翻弄されるさまが描写されている。
全員のダンスクリップの空間は、広く、どちらかというと廃墟的な様相であるが、黄色がかったベージュの色合いはThe Backroomsを容易に連想させる。
Klang Ruler - Set Me Free
シティポップのカバー動画が注目を集めた、トラックメイカーのyonkeyが参加するバンドKlang Rulerが2022年8月に公開したMVは、明確に「The Backroomsをモチーフにした」とされているPOV風だ。
The Backroomsのゆくえ
The Backroomsカルチャーとaesthetic的な感覚の出会いによって再定義化された音楽がSpotifyやTikTokで盛り上がりを見せていることから、MVのモチーフまで、The Backroomsをとりまく音楽についてとりとめもなく述べてきた。
《The Backrooms (Found Footage)》を手掛けたKane Parsons氏とA24によって映画化が発表され、ますます流行を感じる一方、Googleでは「つまらなくなった」とサジェストされるこのカルチャーのゆくえに注目していきたい。
参考
あなたは黄色い部屋,好きですか? この世界から“noclip”して「The Backrooms」で超常的存在と楽しく遊ぼう! - 4Gamer
https://www.4gamer.net/games/620/G062023/20220224197/
Backrooms Wiki
https://backrooms.fandom.com/ja/wiki/Backrooms_Wiki
Liminal Spaceのなにが不気味なのか - obakeweb
https://obakeweb.hatenablog.com/entry/liminalspace
Aesthetics Wiki
https://aesthetics.fandom.com/wiki/Aesthetics_Wiki
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