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3000円ブックオフ青春小説 その③

その②はこちらから

前回までのあらすじ
大学の英文科に属する僕(島田)、東、浅田、宮台の四人は、ブックオフで3000円分商品を買って内容のセンスを競う3000円ブックオフをさらに発展させたゲームを開催。予想外の参加者、発案者の♨氏も現れるなどの波乱がありつつも大盛況のうちに幕を閉じた。
時は流れ、四人が卒業する日となった。

登場人物紹介
僕(島田)
浅田さんが好き。東と仲が良い。

ショートカットの快活な女の子。本田翼に似ている。「僕」と仲が良い。
浅田さん
「僕」が横恋慕している。フォークナーが好き。酒豪。数学ができる人がタイプ。
宮台
いつもクールなスタンスを崩さない切れ者。
♨(温泉マーク)
3000円ブックオフの発案者。♨はもちろんあだ名で、♨柄のシャツを着ていることから。

 結局そのあと卒業式まで同じメンツで集まる事はなかった。本格化した就職活動、それが終わったら卒論の準備など、それぞれが卒業まで慌ただしく過ごした。僕は浅田さんへの未練を断ち切ったのもあり、学生室に行く回数も何となく減っていた。

 卒業式が終わってから学生室に行ってみた。そこはもう次の三年生の溜まり場になっていた。♨君から徴収した3000円の軍資金は結局もう使うことも無さそうなので、後輩たちに渡して有効活用してもらう事にした。後輩たちは特に大袈裟にそれを喜ぶこともなく、しかししっかりと受け取った。

 三年生ばかりで気まずいながらも暫く待っていると東がやってきた。
 就職活動を機にベリーショートをやめ、髪を伸ばしていた東はグッと大人っぽくなっていた。袴姿も新鮮で眩しかった。僕は急にドキドキしてしまったが、本当に久々に会ったのでその喜びの方が大きかった。
 僕たちは三年生そっちのけで会わなかった間に起きたことを喋りまくった。

 暫くして宮台がやってきた。ばっちりとスーツを着こなし、すぐにでも仕事ができそうなぐらいキマっていた。
僕たちは叫んで駆け寄り、宮台はクールにそれをいなした。
「♨もきてるぜ」
宮台は言った。
「ど、ども」
 ♨君は多分に漏れずスーツだったがネクタイが♨柄だった。あのBALENCIAGAの日はなんだったのだろうか。そして僕は気づいた。♨はよく見るとYMOのロゴだった。彼はYMOのコアなファンだったのだ!
「あ、東さん今日は一段とお綺麗で」
「ありがと、♨君もスーツカッコいいよ」

 東と♨君で話し込んでいるみたいなので宮台にこっそりと聞いてみた。「浅田さんみた?」
「さっき下で見たからすぐ来るよ」
などと話してると浅田さんが来た。

「おーっ!みんな久しぶりっ!」
 浅田さんは意外なことに袴ではなく、スーツだった。こういうところも彼女らしいと思った。
「島田君、今日は柳田ゼミで卒業飲み会やってくれるみたいなんだけど行くよね」と浅田さん。
 柳田ゼミというのは僕と浅田さんが入っていた柳田常一教授のポストコロニアリズムをテーマとしたゼミである。
「もちろん行きます!」
僕は即答した。

 そのあと「ちょっと話いい」と東に呼び出された。
 学生室を出て2人で廊下に出る。あちこちから卒業を讃えあう声が聞こえていつにもまして界隈は賑やかだ。もうじきこの喧噪も我々のものではなくなると思うと切なくなった。
「島田君ってまだ彰子(浅田さん)のこと好きなの……?」
「え、何でそれを」
「見てればわかるよ。じゃあまだ好きなんだ……」
「う、うん……」
「実はあの数学科の彼氏と別れたらしいの……」
「えっまじで! ありがとう!そんじゃ今日頑張ってみるわ!」
「う、うん」
 そしてその日のうちに僕は浅田さんに告白するも、結局は玉砕した。 浅田さんはラマヌジャンと別れた後、同じ数学科の関という奴とすでに付き合っていたのだ。 数学のできない僕は浅田さんをキッパリと諦めた。


 五年後。冷凍食品会社の営業として日々駆けずり回っていた僕は、冴えない日々を送っていた。不景気の煽りを受けて社内のムードは緊迫しており、僕一人が会社で浮いていた。
 そんなある日の事。外回りが終わっていい時間になっていたので直帰しようとしていた矢先だった。
「島田君……?」
 もの凄い美人に話しかけられたと思ったらよく見るとそれは東だった。
 東はスーツをバシッと着こなし、髪は学生の時より伸びていてグッと大人っぽい雰囲気になっていた。そこにはスーツを着た髪が長い本田翼が目の前にいた。そういえば東は英文学科の本田翼と呼ばれていて人気があった。
「おおおお、東か!凄い偶然!五年ぶりだ!」
 東も社外での打ち合わせが終わった所だった。一旦帰社する必要があったが、少しは話せるということで、近くの喫茶店に入った。
 東とは仲が良かったが、こんなにドキドキした事は無かった。だが話してみると再び昔の親密さで話す事が出来た。

 喫茶店での話題は自然と学生室の思い出になり、3000円ブックオフの話になった。 そこで僕はちょっと前からずっと気になっていた事を切り出してみた。 
「そういえばさ。あの時、ベンヤミン教授も参加してたけどさ、あれ本当は東だろ?」
 東は急にもの凄い勢いで笑いだした。僕は面食らってしまい不機嫌な顔つになっていたのだと思う。
 「ごめんごめん、なんだかおかしくなっちゃって。懐かしいね。なんでわかったの?」
「やっぱりそうだったのか。いやね、あのチョイスの中に筒井康隆の『文学部唯野教授』があったろ? 確かにあれは文学理論の解説書でもあるんだけど、あのお堅いベンヤミン教授が筒井康隆読むのかなって。そう考えるとさ、東がベンヤミン教授に3000円ブックオフの事しゃべったというのも辻褄合わなくなってくるし、犯人は東かなって」
  東はクスクス笑いをやっと落ち着かせて言った。
「なるほどね、いつ気づいたの?」
「いつってこの間だよ。ふと思い返してさ。なんか変だったよなーって。最近気になってたからスッキリして良かったよ。秘密を暴かれた感想はいかがですかな?」
 あの時誰もが気付かなかったであろうトリックを解いた気分で僕は誇らしくなっていた。
「うふふ。ワトソン君。残念ながら君は1番気づくのが遅かったよ」
 僕はまた不機嫌な顔になっていたに違いない。
 東の話によると浅田さんは卒業式の日にこんなことを話したらしい。


「3000円ブックオフのベンヤミン教授のやつさ、あれ浩子でしょ」
 「えっ、何でわかったの?」
「やっぱり。あのベンヤミン教授がブックオフに入るかなってそこでちょっと引っかかって。それにね、授業もなるべく英語で進めたがる教授なのに日本語のテキスト買うかなって。そう考えると辻褄が合わなくなってきて。更に、この嘘を成立させられる人はベンヤミン教授に3000円ブックオフの事を話した浩子だけかなって」 


 なるほど。浅田さんはあの時からずっと気付いていたってわけだ……。「じゃあ宮台はいつ気づいたの?」
「宮台君はね、就職活動で会社説明会の時に偶然一緒になって、その時の帰り、スタバに二人で入ってね」 
 東はその時の宮台との会話を話し始めた。

「宮台君、3000円ブックオフの件だけどさ、気づいてるんでしょ」 
「ん、何のこと」
しらばっくれる宮台を無言で東が睨みつける。
「OK。わかったよ、降参。そうだね、わかってた」
「わかってて、わざと私の名前をベンヤミン教授に偽装したAの3000円ブックオフに書いたんだね。いい性格してるね」
飲みかけのフラペチーノのストローで宮台の方を指しながら東が言う 。
「だろ」と宮台も悪びれず返す。 
「で、なんで気づいたの?」 
「なに、簡単だよ。最初の置手紙さ」
「と、いうと」 
「受けたことのある人ならわかるけどベンヤミン教授は授業を殆ど英語で進める。あの教授日本語ペラペラなのにね。それは何故か。英語で教えることにポリシーがあるからだ。英文科の学生たるもの、英語が聞き取れて当然だとおもってるのさ。そんな教授がこんな日本語の印刷テキストを残すはずはない。筆記体にしたはずだ」
「なるほどね。工夫したのになぁ」 
「せめて英文にすべきだったね」
 「そんなの書けるわけないじゃん」
 「だからさ。それに選ばれたテキストも日本語なのは更に違和感を覚えたね。あれでわからなかったらどうかしてるよ」
「でも何で私だと?」
 「そりゃ一番簡単だった。あのアナグラムについてわからなかった君か島田のどちらかと思ったよ。そして島田が『誰がベンヤミン教授に話したんだ』って言ったろ? これで君が「私だ」っていったからね。ほぼ自白だと思ったよ」 


 どうやら僕はずっとどうかしていたらしい。
「おいおいちょっと待った! てことはあの時アナグラムの謎がスッとわかってなかったの俺だけってこと? 知っててわからないふりしてたのかよ。恥ずかしいわ」 
「あはは、ごめんね」
 「みんないい性格してるよ」
 「じゃあ、もう一つ追加で告白しちゃおうかな」
悪戯っぽい笑顔で東が言った。
「実はね、あの頃島田君のこと好きだったんだ」 

「えっ……」

 そうだったのか……東とは本当に親しい友達として接していたから全く気が付かなかった。というか、僕は浅田さんのことばかり気にしていて東の魅力に気付いていなかったのかもしれない。
 東と過ごした大学時代の楽しい思い出が次々と思い浮かんできた。
 くそ……なぜオレはあんなムダな時間を……。
 いや、今からでも2人ならやり直せるはず。事実久々の再会にも関わらずこんなにも親密ではないか。 
「そそうだったんだ全然気づかなかった。友達だと思ってたからさ」 
「うん、あの時島田くん、浅田さんに夢中だったからね」
「そうだね、あの時は」
「でもいいんだ。変なこと言ってごめんね。実はわたし、結婚するんだ」
「えっ」
「相手は♨君なの……」
「ええええええええええええええええっ!」
 店中の客が我々の方を振り返るぐらいの大声で思わず叫んでしまった。

 僕は東からことのあらましを全て聞いた。
 実は♨君は例の3000円ブックオフの会の前から東の事が好きだったみたいだ。そこで彼の親友の松本か宮台に相談しようとしたのだが、松本はからかわれそうなのでやめて、宮台に相談したらしい。そこで宮台が考えついたのが例の企画だったらしい。

「お前が前に自分でやってた3000円ブックオフ、あれ使えそうだな」
 「どういうこと?」 
「つまり3000円ブックオフをちょっとしたイベントに仕立て上げて英文科の面々で集まる、お前はそこに発案者として参加するってわけだ。後は自然な流れで東さんと仲良くなれるように頑張れ。ただないつもの♨のシャツはやめとけ。なんか適当にオシャレで清潔感のある格好していけ」
「お、おう!ありがとう」

 そんなわけで当日、♨君は気合いを入れすぎてブランドで固めた服装で来てしまったってわけだそうだ。ところがいざ東を目の前にすると緊張してあまり話せなかったらしい。
 結局その日はチャンスが活かせず、♨君は東とは仲良くなれなかった。しかし次の転機が訪れたのは卒業式だった。
 どうやらその日、東は僕に告白しようとしていたらしい。しかし、浅田さんに横恋慕する僕をきっぱりと諦め、落ち込んで大学の隅で泣いていた。そこへ最後に勇気を振り絞って東に告白しようと彼女をずっと探していた♨君が来たというわけだ。
 ところが失恋した彼女の弱みに漬け込むことはジェントルな♨君には出来ず、その日は宮台も交えて三人で飲みに行って終わったらしい。
 しかしながらその後も交流は続き、次第に東も♨君が好きになっていた。
 卒業から一年経った頃に、改めて♨君は東に告白。東も好きだと告白返しをして二人は結ばれたというわけだ。
 その告白の時に、3000円ブックオフは実は東と仲良くなるための企画だと♨君は打ち明け、「そんな昔から……」と東は瞳を潤ませたという……。

 勝手に告白されて振られた僕は失意のうちに東と喫茶店を出た。プロポーズの話まで聞かされたが正直覚えちゃいない。
 その日はTSUTAYAで『第三の男』を借り、ラストシーンでちょっと泣いたのだった。

 そして一年後。僕は♨君と東の結婚式に呼ばれていた。桜木町にある立派な式場で、懐かしの面子がみんな揃っていた。
 浅田さんは大手ゼネコンに勤め、建物の構造と力がどうこうとか話をしていた。そしてポアンカレというフランス人と付き合ってるらしかった。
 宮台はリクルートを退社後、独立してインターネットの人材紹介会社を経営し、相変わらずクールな態度を崩していなかった。近々結婚してシンガポールに移住するらしい。彼曰く「日本はもうダメ」だそうだ。
 ♨君は東を優しく抱きとめてKISSをして幸せそうであった。そこにはあの時、学生室で見せたナーバスさは微塵も無かった。

 披露宴の間中、僕だけ相変わらず現実と向き合えないでいる気がしてずっと集中できなかった。今日みんなと話したらあの時の親密さや楽しさが復元されるものだと僕は思っていたのだ。だが皆の心はもうあの学生室にはなかった。僕だけがあの学生室でみんなとまだ戯れている様な気がして落ち込んだ。
 もっと時間をかけて深く話をしたら、彼らの中にも同じ思いはあるのかもしれない。けれどもそこには分厚い壁があって、このような祝いの席でその壁を突破するような親密な会話を繰り広げる時間はなかった。

 披露宴が終わり、外に出ると辺りはすっかりと暗くなっていた。
 何人かは久しぶりの再会を祝い、飲み直すようだった。そして何人かは帰るべき場所へ続く岐路についた。
 僕はそのどちらにも属さず、駅には向かわずに大さん橋の方へと歩いていった。そこでどこか外国に向かおうとしているフェリーを眺め、海からの優しい風に吹かれながら、ずっと『Music for Nine Post Cards』というアルバムを聴いていた。

 その時、今日一番幸せなのは間違いなく僕だったと思えた。

※この小説はTwitter上で温泉マーク(@ngo750750750)さんが提唱されている、#3000円ブックオフ という遊びを元に、温泉マークさんの許可のもと、作成、掲載されています。

Text by JMX



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