綿谷衛(綿谷マモル)

小説やエッセイを書きます。 文学フリマ東京38出店しました。 文学フリマ東京39出店します。

綿谷衛(綿谷マモル)

小説やエッセイを書きます。 文学フリマ東京38出店しました。 文学フリマ東京39出店します。

最近の記事

文学フリマ東京39に向けて①(記録)

タイトルの通り文学フリマ東京39に向けての記録を残しておこうと思います。 こんな立場です。 ・前回の東京38で文学フリマデビュー ・東京39には先着確定枠で応募済み ・個人ではなく社会人5人組のサークルで活動 ・詩歌と小説の総合文芸誌を作成販売 ・文フリ以前の筆歴はほぼなしの完全なアマチュア 全くの0からいかにして文学フリマ出店に至ったのか、どんな準備が必要だったのか、現地の様子はどうだったのか、出店して何を感じたのか、どのくらい売れたのかなどをまとめた過去記事もあります

    • 炎上

      #創作大賞2024 #ホラー小説部門 【あらすじ】 僕が何気なく発信したSNSの投稿は自称フェミニストたちに目をつけられて炎上する。その時感じた大きな怒りを浄化するため僕は復讐を企てる。現実を生きる恋人と、復讐の背中を押す職場の彼女との間で僕の葛藤は出口のない迷路に転がっていく。 最初にその迷路に迷い込んだのは仕事で失敗した日だった。 取り引き先が三十個発注したと思っていたものを僕は十三個だと思っていて、納品する段階になってそのことが発覚した。僕はメールでもその内容を送っ

      • 言葉は器かそれともクッキーの型か(エッセイ)

        英語の授業は分かる。 英語が喋れないからだ。 数学の授業も分かる。 たくさんの公式を知らないからだ。 でも国語の授業は分からない。 だって私たちは日本語でコミュニケーションをとっているからだ。 私の自慢は四カ国語で自己紹介できることだ。 まず日本語。あとは英語、フランス語、中国語だ。 日本語はいわずもがな母国語だ。だから喋れる。 英語は中学生の頃から習い始め、大学三年生までやった。本来は二年生までで済むところを三年生までやった。なぜなら単位を落としたからだ。 フランス語

        • 文学フリマ東京38に出店するまでとしてみて②(記録)

          「文学フリマ東京38に出店するまでとしてみて①」の続きです。 ①のあらすじ ・友達に誘われて文学サークル「時々文芸部」をつくって文学フリマに出店することになりました。 ・原価1,500円の冊子「部報」を500円で販売することにしました。 ・「部報」は30冊用意しました。 ・文学サークル「時々文芸部」のメンバー5人は文学フリマ東京38に参加するために5月19日10時30分、東京流通センターに集合したのでした。 出店者は11時から入場して準備することができました。一般入場の1

          文学フリマ東京38に出店するまでとしてみて①(記録)

          令和6年5月19日、文学フリマ東京38に出店しました。 きっかけは令和5年6月12日にきた友人からのLINEでした。 「先月友達(私ではない別の友人)と文学フリマに行って興味をもったのでサークルをつくって出店しないか?」 という内容のものでした。 私たちは大学の文学部の同期で頻繁に(それこそほとんど毎日)一緒に飯を食い、煙草を吸い、合コンへ行き、テレビゲームをし、たまに大学の講義に顔を出していました。 社会人になってからも親しくしてはいましたがそれぞれ忙しくなり、たまの食

          文学フリマ東京38に出店するまでとしてみて①(記録)

          物語を書けるようになるまで(エッセイ)

          幼い頃から本が好きだったので、漠然と言葉に関わる仕事がしたいと思っていました。 言葉に関わる仕事といってもあまり思いつかず、またもや漠然と小説家になりたいと考えるようになりました。 初めてきちんと小説を書こうと思ったのは高校三年生のときでした。 部活を引退して莫大な時間を手に入れたこともあり、昔から頭のどこかでちらついていた夢の尻尾に触れてみようと手を伸ばしたことがきっかけでした。 結果から言えば私は、書き終えることができませんでした。 それどころか好きだった読書すらも

          物語を書けるようになるまで(エッセイ)