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父の日に寄せて
私の宝物
この前帰宅した際に焦りの見えたおまえが父は心配だ。
わたる、そう慌てるな。
父は常におまえに力を貸す準備はあるし
おまえが望めば、ありとあらゆる手段を動員しおまえを後押ししてやろう。
おまえは十分うまくやっているのだから、もっと己を信じ余裕を持ちなさい。
これがととからの最初で最後の手紙だった。
私が反対を押し切って進路を変え、大学に進んで2年目のものである。
私は娘として優秀ではなかった。
中学、高校と、心配をかけることしかなかった。
コミュ障のため、友人関係で悩むことも多かった。
音楽と勉強しかできない。
そう言えば聞こえはいいが、それをやる事しか時間の使い道がわからなかっただけ。
好きなことしか打ち込めない、そんな女の子だった。
私の世界には家族しかいない。そう思った時期もあった。歳の離れた姉は、文句を言いながらも、いつも最後には私の味方でいてくれたし、ずっと守ってくれた。今でも
しかし私は、大人に近づくにつれ家族の中でも劣等感を感じていた。
だからこそ進路を変えたのだが、大学に進んだにも関わらず、焦りを捨てきれなかった。
当初、その学部に進んだ私に対して、父は何も言わなかった。
何も言わない...それこそが答えのような気がした。
私は、自分の選んだ道に上手くいく確信を持っていたし、この道で生きていくのだという使命感もあった。
しかし、実際進んでみると挫折の連続だった。
もっと上手くやれるはずなのにという思いばかりが浮かんできて、帰りのバスの中で涙が止まらなかったこともある。
でも、家族には弱音を吐けなかった。
決して自宅から通えない距離ではないのに、なんだかんだ理由をつけて、私はひとり暮らしを選んだ。
それは、今も変わらない。
距離が近すぎることで、自分が自分に負けてしまう感覚があるから。
ひとり暮らしの部屋に戻って2日目に届いた手紙に目を疑った。
子供のために、なにか調整をするなど...1番嫌がる父が、ありとあらゆる手段と...。
何度も何度も読み返し、気持ちが交差した。
真意がわからない。
いや、これが父の本心なのか。
後から考えると、この時点で父は病を1人で抱えていたのだと思う。
この手紙の存在を知るのが、父と私の2人だけであったから。
父の愛情を疑ったことはない。
しかし、素直に歩み寄れなかった。
それが、思春期特有のモノを引きずった結果なのか、性格的なものなのかは今となってはどうでもいい。
最後まで優秀ではなかったし、寡黙な父の真意をいつも測れなかった不出来な娘だった。
信じろと
自分で自分に言い聞かせるより
誰かに言ってもらえることが
こんなに嬉しくて力強いなんて
私も誰かに返せる時がくるだろうか
私の名前
父がギリギリまで漢字を考えて決めたそうだ。
その名前に込めた想い通りの人間になれてるだろうか。
現状に満足せず、常にその先へ。
焦らず、自分なりに頑張ってます。
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