優秀な人材を逃がさない「記述式試験」(その1)
人材選抜を行う上で、これまで説明してきた「客観的試験(多肢選択式式試験)」と共に、「記述式試験」が、選抜方法としてよく用いられます。
今回から、特に「記述式試験」を中心に、その特徴やポイントなどを説明していくことにします。(Mr.モグ)
「記述式試験」のメリットとデメリット
「記述式試験」は、受験者の能力を総合的に測れる一方、採点に主観が入ったり、時間がかかるというデメリットがあります。
ちなみに、『テスト・スタンダード』※(日本テスト学会、 2007)によると、「記述式」とは、「回答すべき語句、数式、文章等を回答する者自身が考えて記入するテスト形式の総称。選択式テストと対比して使われることが多い。紙に回答を書くことが多いので筆記式と呼ばれることもある。また、回答者の主張をある程度まとまった文章で求める形式は論述式と呼ばれることもある」としています。
※『テスト・スタンダード』日本テスト学会編、金子書房、2007年9月14日
「記述式試験」は、一般的に、応用的な思考能力、表現力、独創性などの受験者の持つ高次の能力を多面的に評価できるとされていますが、「測定評価上の様々な課題※」も指摘されています。
具体的には、複数の採点者間または同一採点者内での「採点の不安定性」(数値的には採点者間の(採点結果の)相関、採点者内の(1回目と2回目の採点結果の)相関などにより、数値として把握することができます)や、「各種評価バイアス」、さらには「採点にかかる時間的なコスト」の問題等が指摘されています。
※渡部、平、井上(1988)によると、3人の採点者が1週間おいて再度小論文を採点した結果、再評価信頼性は0.40~0.91と採点者によってかなり異なると指摘しています。さらに、同じ研究で、採点者間の相関係数を計算したところ、0.22~0.57とバラツキがあった旨報告されています。渡邊洋、平由美子、井上俊哉(1988)小論文評価データの解析、東京大学教育学部紀要28,143-164.
「記述式試験」の出題形式の特徴
「記述式試験」といっても出題形式により、いくつかの種類があり、次のような種類に分けることができます。
1 短答式試験(与えられた質問に求められる回答が、語句や数値などで比較的簡単に答えられる試験。一般に1題当りの解答時間が短い)
2 作文型試験(与えられた質問に求められる回答が、論文形式に比べて長くない(例 400字~600字程度)の試験。一般に60分から90分程度の解答時間で、問題も1題程度のものが多い。)
3 論文型試験(与えられた質問に求められる回答が、論文形式で、比較的長い時間で回答する形式(例 600字~1000字以上)の試験。一般に90分から4時間程度の解答時間で、問題も1~2題程度のものが多い。)
論文型試験は、さらに、
①自由記述型(受験者は課題に対して特に資料を与えられず自由に論述する形式)
②課題記述型(受験者は課題に対していくつかの資料やデータを与えられ、それを読み取りつつ(もしくは参考にしつつ)論述する形式)
③条件付き記述型(受験者は課題に対していくつかの回答する上での条件が与えられ、(例 指定されたキーワードを入れる等)その条件に沿って論述する形式)
などがあります。
なお、池田※は、「記述式試験」の問題の段階について、いくつもの段階が考えられるとしてその例を次のように挙げています。
※『テストの科学』池田央、日本文化科学社、1992年
1.「誰が、いつ、どこで、何を、どのようにしたか」の事実を問うもの
2.「・・・・について知る事実を列挙」させるもの
3. 「・・・・についての概略」を述べさせるもの
4. 「・・・・について要約」させるもの
5. 「・・・・について比較・対照」させるもの
6. 「・・・・について説明」させるもの
7. 「・・・・について論議を展開」させるもの
8. 「・・・・について(価値判断を加えながら)論議」させるもの
この段階のうち、はじめの方の(段階の)設問は、一般に短い回答を期待し、回答時間も短いが、あとの方の(段階の)設問は回答するのに長い時間を必要とするとしています。
「記述式試験」の課題設定における留意点
さらに、「記述式試験」は、その性質上、1題当りの解答時間が長くかかるために出題数が1~3題程度に限定されることが多くなります。
そのため、特に(記述式)問題作成をする際には、課題の設定や問題の出し方について配慮が必要になります。
ある学習範囲ついて、受験者A~Dの4人がそれぞれ50%の(同じ分量の)知識を獲得しているとします。
(次の図の斜線部分が知識獲得箇所なので、4人とも同様の知識レベル(50%)となるわけです)
他方、「記述式試験」では、(多肢選択式試験と比べて)出題数が限られますので、このケースでは4題出題したとします(図左側の「問題数」部分の1~4の4題を出題)。
その場合、Aは問題1と2の部分については(既に「学習者のマスターしている箇所(図中の斜線部分)」と重なっているものの、問題3と4の部分については、重なっていなため、正答確率は50%となります。
他方、Bは運悪く知識のない部分が出題されたことにより、正答確率は0%となってしまいます。(問題1~4の全てが、既に「学習者のマスターしている箇所(図中の斜線部分)」と重なっていない)
さらに、Cは運良くすべての問題が、学習した部分から出題されましたので正答確率は100%、同様にDは75%の正答確率なってしまうことが考えられるのです。
言い換えれば「山が当たった」「山が外れた」かによって同じ知識レベルでも100点から0点までの開きが生じうる余地があるということです。
これについては、池田(前掲)が、興味深い実験をしています。
同じ受験者が書いた(課題の異なる)3つの作文試験を、それぞれ評価して、その試験結果の相関をみるというものです。
(具体的には、受験者28人に課題の異なる3種類の作文試験を行い、それを10人の採点者が採点した結果を分析したものです。)
同一受験者の作文試験で、課題が異なるだけですから、三つの作文試験の採点結果の相関が高いことが望ましいのですが、実際は、-0.35~0.70まで大きな幅があったのです(中央値は0.25~0.30)。
すなわち、課題が異なれば同じ受験者でも採点結果が大きく異なる可能性があることがわかったのです。(3つの採点結果の相関が、このように大きくブレたのは、課題が異なることによる影響と共に、採点者の違いによる影響もあるとされています。)
まとめ
今回は、ワンランク上の人材選抜として、「記述式試験」について解説してきました。
特に、多肢選択式試験と比べて、(記述式試験は)受験者の総合的能力を測ることができるのですが、その採点には時間が掛かるととともに、採点者の主観が入る余地が残されていることや、(「記述式試験」は一般に出題数が限られるため)その課題設定においては、受験者の有利不利が生じる可能性があることも分かりました。
そのため、受験者の「真の能力」を正しく測定するためにも、人材選抜を行う者は、「記述式試験」のメリット、デメリットを理解した上で、より適切な「記述試験」になるようにしていく必要があるのです。
次回は、実際の「記述式試験」において、課題と採点結果の関係や、採点を行う際の評価段階はどうあるべきかなどについて、考えていきたいと思います。
今回も、最後までお読みいただきありがとうございます。(Mr.モグ)