TOUMEI ③
その日から体調を崩してしまい、
一週間あの場所に行くことが出来ずにいた。
昔は体調なんか滅多に崩さなかったのに。
…いや、気付かないように自分自身に見て見ぬふりをしていただけなのだろうか。
ここでの暮らしはまだ短いが、
時の流れをゆっくり感る中で
今まで忘れかけていたことに気付かせて貰える事が多々ある。
この場所でなら
自分自身と素直に向き合えるような気すらしていた。
…こうして生きていればいつか、
好きな自分に出会うことが出来るだろうか…。
体調も良くなり、久しぶりにこの場所へ来たが、
何も変わらず透明な景色を映し出してくれていた。
まるで空っぽの私を写している様な、
逆に包み込んでくれている様な…
なんとも言えない安心感がそこにはあった。
「…やっと会えた。」
「 !? 」
いきなり声を掛けられ、
反射神経で振り返る。
…そこには、
知らないような、
しかし何処かで会ったことがある様な男性が一人、
安堵した様な笑顔で立っていた。
「…え、と、
どちら様ですか?
すみません、思い出せなくて…。」
必死で記憶を漁りながらたじたじと会話を返す。
「あー、
俺の事分からないのは当たり前ですよ。
俺が一方的に毎日見かけてただけだから。」
…そこまで言われてピン!と何かがヒットした。
「…あっ!!!
あの、白の軽トラックのお兄さん…?」
少し茶色がかった髪の毛、
キリッとした目元。
挨拶こそした事がないが、
毎日すれ違っていれば記憶に残ってはいる。
更に窓越しでも分かる
なんとも言えない醸し出す雰囲気は少し気になってはいた。
「あ、そっちも見ててくれたんですね!
毎朝すれ違うから、この場所で何してるんだろうって気になってはいたんですが、最近姿見えなくなって勝手に心配になって…。」
そう言って、少し申し訳無さそうに微笑んだ。
「…やっぱり。
私も毎朝何処へ向かってるんだろうと、気になっていましたから。」
そう言って愛想笑いをする。
愛想笑いなんて何時ぶりだろうか。
長年染み付けてきたものは、
なかなか抜けないんだと改めて実感する。
「覚えていてくれて嬉しいです。
俺は毎朝海に行ってるんですよ、この時間。
材料を拾いに。」
そう言うと彼は、
私がいつも立っている場所から正反対に歩いて行って、
「ちょうどこの辺から向こう側に居るので、貴方からは見えないでしょうけど、俺からはいつも後ろ姿が見えていたんです。」
そう言って背が高い草が連なって、見えない向こう側を指さした。
「…材料、ですか?」
少し距離が空いたまま聞き返す。
「そう、材料。
俺この海沿いにあるガラス工房で務めてる、ガラス職人なんですよ。
この海には色んな色のガラスが落ちてたり、模様に使える貝殻なんかが多くて。
…まぁ、何より海見てると色んなイメージが浮かんでくるってのが一番の理由なんですけどね。」
そう言いながらいつもの落下防止柵の前に立っている私の隣に並んだ。
「…で、貴方はいつも何を見てるんですか?」
そう言って私に背を向ける様に柵の上に手を乗せ、
いつも私が眺めている景色を見る。
「…私は毎朝、透明な景色を見るためにここへ来ているんです。」
…っていっても意味不明ですよね、と付け足しながら隣に並ぶ。
「…そうなんですか。
貴方にはこの景色が透明に見えているんですね。」
そう言って彼はじっと景色を見つめていた。
「…だってそうじゃないですか。
聞こえて来るのは波の音と、鳥の囀りだけで、
こんなに透き通っていて、なのに何色にも染まらない。
だから、この時間が好きなんです。」
…変わってる人だと思われただろうな。
でも、もうどうでもいいや、と思っていたが
返ってきた言葉は予想外の言葉だった。
「…面白いですね。
じゃあ、俺もこれからこの透明な景色に会いに来てもいいですか?」
そう言って彼は登っていく陽の光に染まりながら
優しく笑った。