見出し画像

やりたいことがある友達を羨ましく思い、「やりたいこと」とは何かを発見する。

絶賛就活中である。

出遅れての就活だが、「やりたいことは何?」「やりたいことがはっきりしてからじゃないと企業も取りたくないよ」とか色んな人から言われる。

正直マジでやりたいことがわからない。
昔からそうだった。
なんか綺麗な夢みたいなもんもあんまりないし、かなり内向きな性格なので外部に実現するよりは内部で体現したいタイプだし。

しかしこれに関しては、2種類の人間がいるような気さえする。

やりたいことが物心つく頃にははっきりとあり、それをやるのが当たり前の人。
対して、やりたいことがこれといってなく、周りに流されるままに生きている人。

前者に後者の気持ちはわからないのかもしれない。後者も前者の気持ちはわからない。
溝は深い。
流されることに、抵抗も罪悪感もない、
その中でやれることを一生懸命やればそれで満足なのである。

と屁理屈をいっても自分のことなので考えなくては仕方ない。何がやりたいのだろうと1ヶ月ほど考えていた。

内部に強い動機は確認できなかった。
しかし、何がしたいか、どうしてしたいのか、自分なりに正当性がある理由がポロポロ出てきた。
勧められたからやった、けども自分がいいと思ったから頷いたこともまた事実なので、それで私にとっては十分だと気がついた。

しかし、周りが納得するようなことはやっぱり出てこない。

その間に、彼氏は内定先を決め、友達は自分の店を持つ準備をしていた。

彼氏が内定先を決めた時、羨ましく感じると共に、彼は自分自身の目的をはっきりさせて前から準備していた。だから今の結果があるのだ、と思った。

自分は準備できていなかったのだから今の状況は当たり前だ。羨ましいけど納得感もあり、結局は自分の責任だ。

そうこうしてるうちに、友達のお店も形になりつつあった。

それを見て私はめっちゃ羨ましく感じ、同時に「こういうことか!」と思った。
友達がやりたいこと?を形にしつつあるところを見て初めて、やりたいことが形になるとはどういうことなのかを知った気がした。

要は、「自分の城」「自分の世界観」というものをこの世に具現化させるという感じ?

なんだろうなぁ。
そこら辺にあるカフェとかも自分がお客さんとして入る時は、ただのカフェにすぎないでしょう、
特にチェーン店とかだと、その感じは顕著なんだけど。

友達のやつは、個人の店なんだよね。
チェーンじゃないんだよね
友達の好み?にカスタマイズされた個人の店
それがこの世に現れた

つまり、やりたいこととは、個人の価値観や世界観などを具現化する場である。

これがやりたいことなのか、と思った。

ただ、ウケがいいというか、ある種のやりたいこと、が個人の店のようだ、というだけであって私みたいに流されることがやりたいことの人もいるし…

個人の店というのは、まぁある種の概念であり、理解しやすくするためのワード。
就活で自分のやりたいことを考える時に、ここから発展させていけばウケがいいと思う。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?