tento 漆原悠一さんのお話(2)
本の内側をきちんと伝えるために、抑制を効かせた佇まいを目指したという本書。それはまた、昭和村の冬を思わせる静かな雰囲気を纏ったものでもありました。
漆原さんがデザインを行うにあたり、からむしの布と本の関わりについては、とりわけさまざまに探求されたそうです。
「形」としてあらゆる可能性が浮かび上がるなかで、『からむしを績む』は、どのようにして現在の姿に着地するに至ったのか。第2回では、装幀の制作プロセスについて、詳しくお伺いしています。
静かに始まっていくほうが、昭和村らしい
装幀については、2020年2月に来村された際にどんな相談をされたか覚えていらっしゃいますか?
漆原 僕のほうで事前に作っていた本のサンプルを何種類か用意して、渡し舟さんのアトリエで見ていただきました。この段階では本の完成形を絞り込むというよりは、幅広くさまざまな形を提案することで、皆さんと意見を出し合ったり検証したりする時間を持てたらいいなと思っていたので、表紙に写真を配置した案を見てもらったり、布の巻き方についてもあらためて見つめ直して幾つかのパターンを提案しました。本と布をどう関連づけるか。そのことがこの本づくりの一番大事なポイントだったので、その後も何度もやりとりを重ねました。
布と本の関わりを考える工程は、相当ご苦労があったかと思いますがいかがでしょうか。
漆原 そうですね。とても貴重で大切な布なので、本と布とのバランスをどのような形で本として理想的に定着させるのかということには、悩みが尽きなかったです。
例えば、補強も兼ねて背表紙に布を貼りつける造本の仕様があるのですが、そのやり方だと布が本の一部のように見えてしまうので、巻末など本の中にも布を貼り付けて、ここでも布に触れることができるようにフォローするのはどうでしょうか?という提案をしたこともありました。この方法では布のあしらいが少しぞんざいな扱いになってしまうのでちょっと違うかなと自分でも思いつつ、あらゆる可能性を探る意味でも、とりあえず手を動かしてサンプルを作ってみました。
ただ、背表紙に貼りつけた布が本の資材のように見えてしまっていることには変わりがないので、この案は取りやめになりました。
布の扱いについては、とても繊細なやりとりがあったのでしょうね。とりわけこの本づくりの主役になるものですし。
漆原 渡し舟さんと当時やりとりをしたメールをたどってみると、「布の存在を際立たせたい」「もう少し本と布の一体感がほしい」ということが何度か書いてありました。また、サンプルをご覧いただいたうえで、「そんなに綺麗に収めようとしなくてもいいんじゃないか」という意見もありました。
いま見せていただいている、6~7パターンほどの試作品を作られたのですか?
漆原 他にもいくつか試作していました。「布と本の関わり方をもう少し検証してみたい」と丹治さんに伝えたところ、「これを使ってください」と、からむし布の代用品として市販の布を用意してくださいました。検証を進めるなかで、本の外側に布を巻いた形を渡し舟さんに提案すると、「本の下側からはみ出した部分が傷みそうだから、布の端を少し内側に巻いた方がいいんじゃないか」と、代用の布に処理をしてサンプルを戻してくれたり、さまざまなやり取りがありました。
ここにある試作品は、印刷所から届いた束見本(つかみほん)を加工したものや、事務所にあった昔の束見本を改造して、表紙に段ボールを貼り付けたりして検証を重ねたものです。
束見本というのは、用紙が決まった段階で届くものなのですか?
漆原 そうなんです。印刷所に用紙と本の形を指定すると、「実際にはこのような寸法と厚みの本に仕上がります」という指標として送られてきます。普段の仕事でも、束見本を確認して当初の造本案から少しずつ変わっていくことはあります。いずれにしても、これがないと本全体の形の確認と微調整がしづらいので、本づくりには欠かせない道具です。
漆原さんがご自身で本のイメージをしながら、今回のように手を動かすことはよくありますか?
漆原 結構あります。でも、ここまでたくさんのサンプルを作り込むことはあまりないかもしれません(笑)。自分自身で検証を重ねたいという目的もあるのですが、今回の場合は、本づくりのメンバー全員で、途中経過も含めて意識を共有したいという思いが強くありました。
からむしの布と本の一体感を探りながら、さまざまに試作を重ねられたのですね。一方で、表紙のデザインはどのように決まっていったのでしょうか?
漆原 丹治さんも話されていましたが *1、僕がこの本づくりに関わる前から、渡し舟さんと丹治さんとのあいだで「本と布を接着する部分に漆を使えないか」と検討されていたようです。僕が初めて皆さんと東京で顔を合わせたときに、漆で布の接着を試みたものを見せていただきました。そのとき、接着された布の端が剥がれかけていて「この布の跡も綺麗ですね」という話もしていたのですが、この段階ではあくまでも接着剤として漆の活用を探っていたようでした。
その後、あらためて渡し舟さんが会津若松の塗師さんを訪ねて、漆で布の接着を試作される機会がありました。その際、からむし布を剥がした漆跡のテクスチャーがとても美しかったことから、「この跡を表紙のメインビジュアルに使いましょう」という方向に舵を切ったのだと思います。
後日、試作された板紙を見せていただきました。漆跡自体は布目を忠実に転写しているというわけではなくて、粗く、隙間があいていたり、少々いびつな形ではあったのですが、それが手仕事の唯一無二なイメージと合致しました。綺麗に転写されていなくても、ムラがあっても良いんじゃないかなと思って。柄のパターンが全部で4、5枚あったので、その中から表紙に使う一枚を選びました。
タイトルと表紙に使われているインクの銀色は、雪のイメージでしょうか?
漆原 そうですね。雪が光で反射して見えるイメージもあって銀色を選びました。白という選択肢も考えられたのですが、白だと少し目立ちすぎるのと、角度によってキラッと輝いたり鈍く光ったり、さまざまな見え方がする銀色が奥ゆかしくも見えて良いかと。
たしかに、光の射す角度によって見え方が変わりますね。
漆原 そういったイメージもこの本に合うのではと思いました。表紙のデザインがある程度固まったのが2020年6月くらいです。あとは、信陽堂さん、渡し舟さん、それから僕の三者で現物のサンプルや仕上がりのイメージ写真を郵送し合いながら、そのつどzoomで打ち合わせをして、表紙以外の細かなところも意見を出し合い試行錯誤を重ねて制作を進めていきました。
本全体の色のトーンや文字のバランス、フォントなどで気遣われたことは何かありますか?
漆原 本の形を考え始めた当初から、白、銀、グレー、黒などのモノトーンの色相に加えて、からむしの藍染の色ぐらいのシンプルな色構成が良いのではと考えていました。本の形が特殊で個性的なものになりそうだったので、本の中身は内容にすっと入り込めるように極力控えめな見せ方がいいんじゃないかなと。
例えば、渡し舟さんからは、「本の扉の紙はもう少し質感のある和紙のようなものがいいんじゃないか」などのリクエストもありました。おふたりの希望やご提案の意図を充分汲み取ったうえで、僕としては、本の内側である内容をきちんと伝えるためにも、外側はそこまで情報過多にしなくていいんじゃないかと思っていて、丹治さんも同じような意見でした。
こう、静かに始まっていくほうが昭和村らしい。その点が実現できていれば、もう十分かなぁという思いもありました。特に特装版は本の構造上、本を読むまでにいくつかの工程がありますし。
一度開けたらもう同じように包めないのではないかという緊張感とともに、慎重にほどきました。
漆原 でも、その本を繙く(ひもとく)までのいくつかの所作や布に触れている時間が読み手にとって、ひときわ印象的で豊かな時間になるようにも思いました。敬意を持って接してもらえる、というと言い過ぎかもしれないけれど、『からむしを績む』という本を大切にしてもらえるというか。決して安い本ではないからということもありますが、単に本の価格だけの問題ではなく、ここに収められた世界に向き合ってもらううえでも、そうした一見手間のかかる過程が大事ではないかと思いました。
ほんとうにそう思います。特装版の本の包み方は漆原さんからの提案だったのでしょうか?
漆原 本づくりを進めていくなかで、「特装版は本全体をグラシン紙 *2 で包むのはどうでしょうか?」という提案をしていました。古本屋でよく見かけますよね。そこからいくつか段階を経て、最終的には渡し舟さんからこの包み方をご提案してもらって、特装版については一冊一冊をおふたりの手で包んでいただいています。
製本したものを読者に届ける前に、おふたりの手が入るというのも素敵だなぁと。最後のひと手間を、心を込めるじゃないですけど。
そうだったんですね。
漆原 包み方としては、からむしの繊維を本体に縦にぐるりと巻いて結んで、さらにグラシン紙で本全体を包み込んでいます。中身を読み始めるまでに、それらをひとつずつほどいていかなくてはならないのですが、それがまた、この物語のはじまりの静けさを深めることになったように思います。また、本を開く前の儀礼のような感じもあって、からむしの繊維や布への敬意も感じてもらえるとうれしいです。
最後のひと手間。それもまた、昭和村のからむしのいとなみを体現されているように感じます。漆原さんがいま手にされている特装版は、グラシン紙で包まれた状態で開かずに保管されているのでしょうか。
漆原 一度開いたんですけど、この状態が美しくて気に入っていたので、もとの姿に戻しました(笑)。ふだん読むときは普及版で、特装版は包み直した状態で手元に置いています。こうしてみると、お守りのような存在にも思えてきます。
結果的に本体については、普及版も含めて本の内容を黒い紙でぐるっとくるむような造本になりました。造本的には若干、粗野な感じがしつつも、全体の印象としては静謐であるという。ある種、相反する個性を併せ持ったような不思議な本の表情になりました。本づくりの途中で渡し舟のおふたりが懸念されていた、綺麗に収まり過ぎる本ではなく、一人一人の手仕事が感じられるような味のある本になったのではと思います。
((3)「手の存在を確かめながら」へ続きます。)
聞き手:髙橋 美咲
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