tento 漆原悠一さんのお話(4)
漆原さんが心を配るデザインは、決して大きな声で呼びかけるものではありません。
目の前の物語やコンテンツの内にある、小さな声に丁寧に寄りそい、耳を澄ませること。そうして自然に立ち上がってくるような佇まいが理想だと語ります。
戦後から経済成長期にかけて、消費活動を後押しする広告デザインが注目される時代がありました。物を所有する喜びで満たされた時代から、インターネットの普及とともに情報が溢れる時代へと移りゆくなかで、デザインの役割も変化しているのではないか。
そのような視点も踏まえ、第4回では、ブックデザインを中心に活躍される漆原さんが共感をよせる、流行や時代に左右されないデザインのあり方についてお伺いしていきます。
小さな声に耳を澄ませて
『からむしを績む』から少し離れて、お仕事全般についてもお聞かせください。漆原さんが普段デザインをされるときは、どのようなことを心がけてイメージを形にされていくのでしょうか。
漆原 仕事によってアプローチは様々ですが、依頼された内容をよく理解するために、著者の他の作品を見てみたり、テキストを読んだり全体を把握することから始めます。最近は絵本の仕事も多いのですが、その場合は物語を深く読み込んでいきます。
そこから自然と「こういう見せ方がいいかな、こんな手触りがいいかな、この紙がいいかな」と、具体的なアイディアが立ち上がってきて、それらを取捨選択しながら、よりイメージに合いそうなものを掴んでいく感じです。なので、始めからPCに向かうというよりは、まずは頭のなかでパッと思いついたことをノートに書いていって、ゆっくりとイメージを膨らませることが多いですね。
デザインに取りかかる以前の工程を、とても大事にされているのですね。
漆原 僕の場合は、デザインの表現手法から着想を得て始めていくことはあまり多くなくて、著者自身のことや描かれた対象を知ることを大事にしています。それからデザインを考えていくので、少しずつ輪郭を掴んでいく感じです。
輪郭を掴んでいくというのは、どういう感じでしょうか?
漆原 なるべくコンテンツが持っている趣や良いところを一旦自分のなかで受けとめて、それが自然と外に出ていくのが理想です。仕事の内容によって目的が違うので、ほんとうに中身次第で、内容と外側のデザインがチグハグな感じにはしないです。内容を逆手に取って、あえて正反対のアプローチを取ることもあるのですが、まずは素直に考えるようにしています。デザインの手法や見せ方は世の中に数えきれないぐらいあるし、いろんな好みを持った人がいるなかで、まずは自分がどう感じるか、この内容をどう受け止めたのか、という部分を大事にしています。それは自分という個人にしかできないことであって、仕事を依頼されている理由のひとつでもあると思っています。
たとえば、時間がないからといって、よく内容を理解しないままこれまでの経験で培った手癖のようなデザインで仕事を進めてしまうと、一定のクオリティは保たれるのですが、どうしてもルーティーン的な作業になってしまいます。そうならないためには、デザインの経験値はひとまず脇に置いておくようにして、内容をときほぐしていきたいなと思っています。
経験がかえって足かせになる感じでしょうか。
漆原 経験を積めば積むほどデザインは洗練されていくとも言えるのですが、逆にいうと見せ方がパターン化してしまっているとも言えるわけで、アイディアの引き出しが一定になってしまう感覚もあります。でも最近は、自分の手癖もとことん磨いていけば、それはまた手癖を超えた別の新しい何かになるんじゃないかという気もしています。要は、経験を積んでいるつもりでいても、突き詰めていく要素はまだまだたくさんあって、果てしない世界だなと思います(笑)。
あと、デザイナーの役割としては、物事を整理する編集的な要素も多分にあって、ある部分では編集者の思考に近いようにも感じています。整理したものをどこで出すか。自分の仕事の領域として、整理することからは離れられないのですが、きっちり整えすぎるとそれはそれで味気なく無個性なものになってしまいます。整理するものとしないものをその都度判断していくバランス感覚も大事だと思っています。
前回、『からむしを績む』ではなるべく手を動かそうとされた *1 とお話しくださいましたが、デザインという行為自体が有機的で、いとなみとして生きているんですね。一方で、いまはネット上に、整理されたわかりやすさが溢れていますが、むしろすぐに理解しきれないものを読み手の側も求めている印象はありますか?
漆原 デザインは時代ごとに役割が変わっていて、戦後や高度経済成長期の頃は街や駅、ビルなどに貼られているポスターが広告として大きく機能していました。大量生産、大量消費の時代には「こんないいものがあるよー!」と大声で叫ぶような売り方やデザインが求められていて、それを見た人が「あ、何かいいな。気になるな。買ってみよう!」と反応するみたいな。消費する側の視点から見ると、ある意味受動的な関わりですよね。でもいまは、もう少し個々に対して視線が向けられている気がします。
今回の本づくりにも通じることだと思いますが、個人単位の小さな声を大切に、一過性ではないものづくりに関わっていきたいです。きっとこの『からむしを績む』という本は、性急に売っていくというよりもゆっくりと少しずつ、でも確実に届けるべきところに届いていく、そういう本ですよね。時代や流行も関係のない本だと思います。
そうした心持ちは、デザインの仕事を始めた当初から変わらずにお持ちでしょうか。
漆原 僕が大学を卒業したのは2002年で、その頃デザインの世界では広告デザインが花形でした。大手広告代理店や企業の宣伝部のアートディレクターが作るような、まさに「広く告げる」媒体や手法が人気でしたが、その世界にはあまり興味がありませんでした。デザイン自体はかっこいいなと思っていましたが、宣伝するべき事柄に対して、極端なラッピングをするようなやり方は苦手だな、と漠然と思っていました。
最初はどこかの事務所にお勤めだったのですか?
漆原 大学を出てから、webデザインがメインの会社に勤めていたのですが、自分が立ち上げに関わったキャンペーンサイトが知らない間にweb上から消えていったり、物としての希薄さが自分には向いていないような気がして3年半ぐらい勤めたあと、印刷物やロゴデザインの制作が主体のデザイン事務所に転職しました。
その会社を辞めるときに社長から「なんでわざわざ衰退する産業のほうに行くんだ」と、反対されたことをよく覚えています。たしかに僕が在籍していた2000年代初頭は、webデザイン業界全体に勢いがあったと思います。
社長から「なんでだ?」と言われて、どんなふうに答えられたのですか?
漆原 なんて答えたのかな。でも「むしろ逆じゃないのかな?」と、思っていたから辞めたんだと思います。webは即時性があるし情報を得るためには便利で、僕自身も作業中はゲーム感覚で楽しかったのですが、デザインの観点から言うと、見やすさや読みやすさはある程度フォーマット化されていくように感じられました。フォーマット化されていったら、あとはもうデザイン以前のシステム開発やコーディングの問題が大きくて、純粋にデザイナーとしてのやりがいや喜びはむしろ狭まっていくように思えたんです。
一方の紙媒体は、市場としては小さくなっていったとしても良いものは残るだろうし、今後も働いて生きていくために続けていく仕事としては、こちらの方が自分の人生の実感を持つことができて自分に合っていそうだなという思いもありました。
具体的にはどんなところに、紙媒体のデザインの良さを感じますか?
漆原 本づくりで言えば、著者、編集者、印刷所の担当者、場合によってはカメラマン、イラストレーターなど、自分も含めた最小単位の人数で作ることができて、相手の顔がちゃんと見える。それが良いところだと思います。
ブックデザインは、本の世界観を作り出すものでもあると思うのですが、漆原さんが共感をよせるデザインのあり方についてお教えください。
漆原 色々な考え方があると思いますが、やっぱり内容があって ”自然と立ち上がって来るもの” だと感じています。本の内容によってデザインのトーンは変わってきますが、どうやってそれぞれの本に相応しい形に定着させていくか。
とりわけ表紙は一番最初に目にする部分なので、本という物体として「強さ」を持ったものにしたいと考えています。それは佇まいかもしれないし、デザインの細やかなトーンかもしれないし、書体の選び方や配置かもしれませんし、造本全体のことかもしれません。たとえば、表紙にぽつんと小さく文字を置いているからといって必ずしも弱い印象になってしまうということはなくて、繊細な表現ではあるけれど力強く感じられるものってあると思うんですよね。それは時代の変化に耐えられる強度でもあるし、本の存在としての強度でもあります。
そこはブレずに大事にしています。社会的、一般的にどのような評価をされていようが、個々はかけがえがなく確実に存在していて、それぞれが懸命に日々を過ごしています。だけど、大きな単位で物事を見ようとすると、個人の小さな想いが見えにくくなる時があります。本当は見えるはずなのに、業界のしがらみや「決まり」みたいなものに邪魔されて見えなかったり。個人の純粋な考えや思いをそのまま自然な形で表出させたい。そういった気持ちは、『Ground』*2 や『からむしを績む』の制作を経て、より一層深まりました。
((5)「「土地の記憶」を呼び起こす」へ続きます。)
表紙写真:漆原 悠一 (デザインを手掛けられた書籍が並ぶ本棚の一角)
聞き手:髙橋 美咲
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?