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写真家・田村尚子さんのお話(1)

「いつか物を撮って欲しい」

まだ、田村尚子さんが昭和村を訪ねたこともなかった頃のこと。友人でもあった鞍田崇さんは田村さんに対して、そんなお話をされたそうです。

人物から背景を感じる写真の切り取り方に興味があったという当時のことを振り返ると、このときのやり取りが、からむしのいとなみに向きあうきっかけとなったのではないかと、田村さんは言います。その後、どういった経緯から福島県の山間部に位置する昭和村を訪れ、『からむしを績む』の制作に携わることになったのでしょうか。

「インタビュー|からむしを績む」第3弾では、写真家・田村尚子さんにご登場いただきます。本書の制作にあたって大切にされた「気配」とはどのようなものだったのか、そもそも昭和村のからむしを通して何を感じられたのか、写真家として自然と人のいとなみの接点をどこに見出されたのか、じっくりお話くださいました。それらを5回にわけてお伝えしていきます。

【プロフィール】田村尚子(たむら・なおこ)さん
写真家/VutterKohen 主宰
京都在住。映画と文学を大学で専攻後、日本伝統文化の茶道(財)今日庵に勤務後、写真を媒体として活動を始める。写真作品を中心に映像展示で国内外の美術館や展覧会に多数参加。映像制作や音楽家とのコラボレーションなども継続して行なっている。
写真集に『Voice』(青幻舎 2004)、『ソローニュの森』(<シリーズケアをひらく>医学書院 2012)、『attitude』(青幻舎 2012)、『Thaumata/タウマタ』(Taka Ishii galley Paris / Tokyo 2015) 、真珠庵『杮』(KOKERA, 2017)、国宝茶室妙喜庵待庵『土壁と柿』(竹中大工道具館・ヴュッター公園 2019)を制作・プロデュース。vutterkohen.com/

聞き手:髙橋 美咲
ライター。特に奥会津昭和村の「からむしのいとなみ」に携わる人々へ、2015年より継続して取材を行う。webメディア 灯台もと暮らしにて、同村との共同企画「土から生まれた糸を継ぐ / ひとの手が成す、暮らしの宝を訪ねて。【福島県大沼郡昭和村】特集」(2017-2018)を担当。70seeds にて、「結ばずに、次世代へつなぐ植物の糸」「手渡された一枚の布から生まれた本」(2021)などを執筆。 note「インタビュー|からむしを績む」にて取材・執筆(2023年~)

その先に「物」があるとは知らず


以前、鞍田さんから田村さんに「いつか物を撮ってほしい」とお話されたとうかがいました。

田村 2015年の3月と思います。当時、私はパリのシテ・デザール*1 に長期滞在中で、仕事でパリを訪れていた鞍田さんとピガール駅近くのカフェでお会いしました。拙著『ソローニュの森』*2 や初期の作品がキッカケで京都で話をして以来、久しぶりだったので、お互いの近況報告のなかでそういった話がありましたね。ただ、どんな物を撮ってほしいといった、具体的な話ではありませんでした。

 でも思い返すと、このときのやり取りが、のちに私が昭和村のからむしのいとなみと向き合うことになる端緒だったと言えるかもしれません。

田村尚子 写真集 『ソローニュの森』(2012年刊行) 写真提供:鞍田崇
ピガール駅近くの風景(2015) 写真提供:鞍田崇

その年の夏に田村さんはパリから帰国して活動拠点を日本に戻されたのですよね。翌年から昭和村を訪ねるようになったきっかけをお教えください。

田村 2015年の夏に身内に不幸がありました。そのことがきっかけで徳島に戻り、家族のケアなどもあったので、しばらく地元に滞在していました。ときおり生前、祖母が趣味で作っていた菜園を復活させ、畑で野菜の世話をしたり、育っていく様子を記録したり、土に触れているうちに自然と心が落ち着く感じがしたことを覚えています。当時は、私自身にも大きな喪失感があったので、足元の暮らしに意識が向かうようになっていたのかもしれません。そうしたことを鞍田さんに話したところ、「思いっきり土臭い場所があるから、一度来てみたらどう?」と。どうしようもなく気落ちしている私のことを気遣って声をかけてくれました。

 最初は少し気分を変えてみようかなという気持ちで、まさかその先に鞍田さんのいう「物」があるとは知らず(笑)。当時、鞍田さんは「ローカルスタンダード」という共同研究の一環で、学生さんをはじめ多様なジャンルで活動されている方たちとともに、昭和村を中心とするいくつかの地域でフィールドワークをされていました。私もそこに参加させてもらったことが、昭和村と接点を持ったきっかけです。

田村さんが初めて昭和村を訪ねた際には、私もご一緒していましたね。

田村 2016年1月末ですね。私は電車の乗り換えを失敗して、いきなり遅刻しましたね。村から一番近い会津田島駅でみなさんと合流して、渡し舟の(舟木)由貴子さんの旦那さんが運転するハイエースで昭和村へ向かう道中、隣に座った美咲さん(筆者)が、からむしのヒストリーやこれまでどういう環境のもとで営まれてきたものかを耳元で丁寧に教えてくれましたよね。雪深い土地柄ということもあり、からむしは元々、お米に代わる換金作物だったこともそのときに初めて知りました。

初めて訪ねた昭和村で(2016) 写真提供:田村尚子

田村さんのそれまでの作品からは、演劇の世界や人の精神など内的なモチーフを対象に取り組まれている印象がありましたが、風土に根ざした暮らしやものづくりなどについても、当時から関心を持たれていたのでしょうか?

田村 私は18歳で地元を離れているのですが、海外でも生活を送ったあと、半年ほど徳島で過ごすなかで自分が生まれ育った土地のことをもっとよく知りたいと思いました。徳島にゆかりの深い麻の文化に興味を持って、古事記や麻と神社に関係する多くの本を読み進めていました。

 麁服(あらたえ)という麻で織った反物があるのですが、毎年11月に行われる大嘗祭*3(だいじょうさい)では、絹織物とともに神座に置かれます。麁服は古くから阿波国(徳島県)の山奥にある三木家*4 によって手がけられてきたそうです。麻というものが古来からどのように神事と近いのか、土や植物がどれだけのエネルギーを秘めているのか、書籍や体験を通して初めて自分の生まれた土地と向かいあう時間を過ごしていた時期でもありました。

徳島県には、麻植(おえ)、大麻(おおあさ)など「麻」にちなんだ地名も多くありますね。

田村 そうですね。弟を案内人に、一緒に徳島県の山あいや海沿いをあちこち車で巡りながら、土地の歴史や土地に根ざした暮らしを独自に見つめていくうちに、風土的な物事への関心がひらかれていきました。そうした時期に偶然訪れることになった昭和村に対しても、大袈裟かもしれませんが、自然や古の営みのようなものとつながる感じがしたようにも思います。 

三島町の山葡萄の蔓(2016) 写真:髙橋美咲

 2016年の夏、奥会津の三島町を経由して昭和村を再訪した道中がとりわけ印象深くて、よく覚えています。大蛇のように木に巻きついた山葡萄の蔓の野生的な姿にみんなで驚いたりしましたよね。そんな山道を経た先でひとつの集落にたどり着いて、初期のフィールドワークの一環としてですが、そこで住む方達の営みに触れさせていただきました。

 徳島では太布*5 というのがあるということも、最初の年に渡し舟の(渡辺)悦子さんから教えてもらいました。昭和村を訪ねたあと、徳島で100歳近い祖母にからむしや太布の話をしたり、植物の種類の話を聞き、その織物についても何か思い出すように少し話してくれました。また、そのころ関わっていた文化財修復の壁や天井に麻やからむしが使用されていたのを実際に見たり、からむしのことがググッと近くなる時期でもありました。

(2)「しばらくはただ「見ていた」」へ続きます)

表紙写真:鞍田崇 シテ・デザ―ルを訪ねた際、田村さんの滞在するアトリエの壁にかかっていた作品(2015)

*1 シテ・デザール:パリ国際芸術都市「Cité Internationale des Arts(シテ・インターナショナル・デザール)」は、世界各国の芸術関係団体からの支援を受け、1995年にフランス政府とパリ市により建設された芸術家のための活動・研究滞在施設(アーティスト・レジデンス)。
*2 『ソローニュの森』:著・田村尚子。医学書院「シリーズ ケアをひらく」より2012年に刊行された。思想家フェリックス・ガタリが終生関わったことで知られるラ・ボルド精神病院を舞台に「過ぎ去る時間と、滞る時間の狭間」に存在し続ける日常を掬い出した、ルポやドキュメンタリーとは一線を画した写真集。
*3 大嘗祭:天皇の代替わりに伴う皇室行事のこと。毎年11月に国と国民の安寧や五穀豊穣を祈って行われる宮中祭祀(きゅうちゅうさいし)「新嘗祭(にいなめさい)」を即位後、初めて大規模に行うもので、皇位継承に伴う一世に一度の重要な儀式とされている。
*4 三木家:古代に祭祀を司った忌部氏の直系とされ、歴代の大嘗祭に際して麁服を調進して朝廷と深い繋がりを持っていた。徳島県美馬市に残る「三木家住宅」(重要文化財)は江戸初期の建造で、県内最古の民家とされる。
*5 太布:綿花以外の植物繊維で織られた布全般を指す。現代では、その一部の技法が伝統工芸として残ったため、楮(こうぞ)や藤蔓から作られた布のみを「太布」と呼ぶ場合もある。現在は、徳島県那賀郡那賀町木頭(旧木頭村)の阿波太布製造技法保存伝承会が技術継承に取り組んでいる。

 『からむしを績む』
編 者: 渡し舟(渡辺悦子・舟木由貴子)
テキスト:鞍田崇
写 真: 田村尚子(vutter kohen)
デザイン:漆原悠一(tento)
編 集: 信陽堂編集室(丹治史彦・井上美佳)
校 正: 猪熊良子
印 刷: 株式会社アイワード有限会社日光堂
製 本: 株式会社博勝堂
仕 様: A5変形・112頁
部 数: 特装版:限定 80 部|普及版:限定 420 部(第二刷 500部)
発行者: 渡し舟(〒968-0212 福島県大沼郡昭和村喰丸字三島 1053)
2021年3月31日 初版第1刷発行
2021年11月3日   第2刷発行
◾︎購入のお問い合わせ先:渡し舟 watashifune@outlook.jp

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