信陽堂 丹治史彦さん、井上美佳さんのお話(3)
本づくりが動き出した当初、信陽堂の丹治史彦さんは渡し舟のおふたりに「本はプロダクトなんです」と、伝えたそうです。
これまで渡し舟が、からむしを通して行ってきた手仕事のいとなみを「本」にするということは、プロダクトの世界へ一歩踏み出すことでもある。
その一方、製本過程で多くの手作業が必要とされた本でもあったため、この本づくり自体がプロダクトと手仕事のあいだで双方の可能性を見極めながら、バランスを探る試みでもあったのだとか。それは、からむしのいとなみに通じる「じねんと」な姿勢を求めるものでもありました。
第3回では、製本のお話を中心に刊行後の読者からの反響についてもお伺いしています。
手作業でできる製本屋さんは、東京でも僅か
『からむしを績む』の制作にあたっては、物としての本の存在感を大事にしたかったということでした。そうであればこその製本でのご苦労もあったかと思います。
丹治 製本は「博勝堂」という製本所にお願いしました。今回のような特殊な手作業が入る製本ができるのは、すでに東京でもごく僅かで、おそらく2、3社しかないうちのひとつです。これまでに何度か仕事をご一緒したことがあり、また印刷を担当いただいた「アイワード」さんも普段からいろいろ頼りにしていることから、迷いなくお願いしました。
具体的にどういう手作業の工程があったのでしょうか?
丹治 何をさておいても、この本の最大の特徴である特装版での、本に布を添わせる作業ですね。からむしの布を本体と裏表紙で挟んで貼りあわせてあるのですが、当然、これはすべて手作業でした。それ以外にも、普及版を含め、いろいろと手作業になる部分があります。
たとえば、表題が刻印された背表紙の両脇。表紙と裏表紙の折り目に、縦に筋が2本入っていますよね。ここも製本屋さんの手で切り込みを入れてあります。それから、紺色の表紙をひらくと、表紙の厚紙と内側の白い紙が貼りあわせてありますが、これも一枚一枚すべて手で貼っています。そんなふうに、手作業がとても多い本なんです。ほとんど人の手を介在することなく、機械でカバーも帯も装着されている通常の本と比べると、とても多くの手作業を経て作られた本なんです。
そう考えると、この本自体が手仕事に近い存在とも言えそうですね。
丹治 そうですね。それで思い出しましたが、まだ本の方向性を決めかねていた頃に、渡し舟のおふたりにこう言ったことがありました。「本はプロダクトなんです」って。彼女たちがからむしを通してやってこられたことは、もちろんプロダクトじゃなく、手仕事の世界ですよね。
なので、そのいとなみを本にするということは、プロダクトの世界に一歩踏みだすことでもある。手仕事の繊細さ、いとおしさを、機械の工程に持ちこむことになるわけですから、優先順位を決めて取捨選択する場面が出てくるだろう。そうお伝えしたところ、非常に驚かれていました。そういう意味でも、今回はプロダクトと手仕事のあいだのバランスを探る面白い試みになったのかもしれません。
なるほど。
丹治 製本の苦労についていえば、ほかにも、冬場の乾燥している時期に慌てて作業を進めてしまうと、本が反ってしまうということがありました。慌てず、重しをかけた状態で、少なくとも一週間はゆっくり糊が乾燥するのを待つ。時間はかかりますが、そのほうが仕上がりが綺麗なんですね。『からむしを績む』は、印刷も製本も、通常の単なる量産型の本とちがって、時間をかけないとうまくいかないことがたくさんありました。
思い返すと、そういう作業を通しても、本づくりそのものが「からむしらしいなあ」と感じることがありました。渡し舟による本の「あとがき」にも出てきますが、からむしに携わる村の人たちがよく使う言葉、「じねんと」という感覚にも通じるかもしれませんね。
「てぇらな心で、じねんと」。天候を含め、あるがままの自然を受け入れながら、平穏な気持ちで、じっくり目の前の仕事に向かいなさいという意味として、心得のように使われる言葉ですね。
丹治 ほんとうにそうなんですよ。本づくりも同じ。ただ、編集を担当する立場としては、だからといって悠長にしているわけにもいかないので(苦笑)
難しいところですよね。お話をうかがいながら、あらためて、からむしのいとなみが、いかにこの時代の中で特異な存在かということも感じました。そうした〈いとなみ〉を伝えるのが『からむしを績む』という本でもあるわけですが、どういった方がこの本を求めていると思われますか?
井上 どういう人がどういう思いでというところまではわかりませんが、『からむしを績む』は、信陽堂のHP *1 で扱っているほかの本と比べると圧倒的に通販の注文が多い本ではあります。書店には卸していませんし、通販で購入するしかないということもあるかと思いますが。どこかで本が紹介されているのを見て、興味を持って注文していただくことがあるのかもしれません。
丹治 そうですね。この本を欲しいと思って一生懸命探して、我々のHPにたどり着いて購入されているように思います。熱心に探してくれる人が多いというのは事実じゃないかな。
いまでもコンスタントに売れていくという感じですか?
井上 そうですね。
丹治 決して多くはないけど、ほんとにコツコツ。「今日も一冊注文が来た」、「また来たね」。そういう感じです。
井上 あとすごいなあと思うのが、本屋さんからの注文も度々あるんです。先ほども言いましたようにこの本は書店には卸していないので、直販で定価でしか販売できないことを伝えるんですが、「それでもいいので一冊ください」と言ってくださる本屋さんが多いんですね。
購入された本をお客さまに販売したとしても、本屋さんの利益はゼロですよね。送料もかかるのでむしろマイナスになってしまいます。「ほかの本と一緒であれば送料なしで送れます」と伝えると、「ほかの本も一緒にお願いします」と言ってくださる方もおられました。あくまでご自分のために購入してらっしゃるのかもしれませんが、とにかく「どうしても見てみたいので」とおっしゃる方は少なくなかったです。
そういえば、普及版は増刷もされているんですよね。
井上 一回増刷しました。
増刷はもともと念頭に置かれていたのですか?
丹治 当初は想定していなかったと思います。普及版も限定部数での発行でした。増刷することにしたのは渡し舟さんのご判断です。発売後に、昭和村のほか、京都や松本など、いくつかの場所で展覧会 *2 をやりましたよね。
あとは、燕三条と徳島、それからつくばでしょうか *3。
丹治 それは比較的最近、刊行2年目になってからですよね。増刷したのは、結構早いタイミングでした。発売後ほどなく開催された展覧会で普及版が予想よりたくさん買っていただけたことを受けて増刷することにされたのだと思います。
井上 2021年の秋、松本の展覧会あたりでしたね。
丹治 増刷できると思っていなかったというと失礼ですけれど、ほんとにすごいことだと思いました。
(「(4)からむしが整理されるのを嫌がっている?」へ続きます。)
聞き手:髙橋 美咲
表紙写真:木村 幸央
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