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写真家・田村尚子さんのお話(4)

『からむしを績む』に収められた田村さんの写真では、人の姿はまったく映し出されていません。そしてまた、全体の半分ほどを締めるのは、一見すると、からむしとは関わりのないように思われる景色です。

からむしについて語られるとき、多くの場面で、素材から織りまで ”すべてが人の手によるもの” であることが強調されがちなのを思うと、本書のスタンスの独特さに気がつきます。人間だけでなく、 ”そもそもそこにある素材や自然との関係性があって成りたっているいとなみである” ということ。そうした点に光をあてた田村さんの写真を通して浮き彫りにされるものこそ、本書のコンセプトとされた「気配」ではないでしょうか。

第4回では、本づくりが動き出す前と後で生じた、田村さん自身の取り組み方の変化や写真セレクトにおける思い出深いエピソードについてお話をうかがっています。

写真家・田村尚子さんのお話(3)放棄されるのではなく、今も在るということ

光を通した美しさ

本づくりが具体化された前後で、田村さん自身の撮影に対する取り組み方に何か変化はありましたか?

田村  昭和村へ通い始めた頃は、中判カメラ*1 とモノクロフィルムで撮影したものが中心でした。本づくりが動き始めて一年ほど経った2019年5月に、この活動にフォーカスした展覧会*2 が開催されて私も参加したのですが、そのときに展示したのはモノクロ作品ばかりでした。

 そう考えると、その前後で私自身の取り組み方も少し変わっていったのかもしれません。被写体も、それまでは本当に断片的で、神社の石とか、建物の壁とか・・・

痕跡みたいなもの?

田村 痕跡というより、部分で見せるという感じでした。建物を撮るときもそのものズバリではなくて、隣家と並んでいる風景やそこに落ちる陰影や、軒下の氷柱とか、そうした視線の先に出てくるちょっとしたものに注目してみたり。あるいは、からむしの切れ端を奉納した祠や神社にある老木。境内の奥のほうへ足を踏み入れると、鬱蒼としたなかに一際力強さを放つ木があって、その樹皮の様を撮影の対象としたこともありました。

 こうして振り返ると、当時は私が昭和村と対峙するなかで捉えたものを、中判カメラでがっちり撮っていたなぁと。お話しながら思い出しました(笑)

2019年5月の展示風景(松本・栞日 2019)写真提供:鞍田崇

 その後、本の内容について具体的なイメージを膨らませていったときに、モノクロの写真だけで構成するのは難しそうだということで、「本に載せる写真はカラーを中心にしよう」という方向になりました。なので、そのあたりから、撮影するときの「目」も変わりました。モノクロ写真を撮るときのような、物の質感や光にフォーカスする目に加えて、漠然と受け取っていた自然の色彩にも注力する目になりました。そういう目線とともに、比較的手軽な35㎜カメラも駆使することで、それまでとは違う捉え方ができるようになった気がします。

 実際に「からむしの布を使った本づくり」といった目標が立ち上がると、「もう少し身軽に動きたい」という気持ちも出てきました。35mmは身体に斜めがけをしたまま動けますし、例えば、(渡辺)悦子さんが車で村内を一緒によく廻ってくれたりもしたのですが、気になった場所があると「ちょっと待っていて」と車を降りて撮りにも行けたので、中判カメラでの撮影に比べると、フットワークは随分軽くなりましたね。

対峙する目線や撮り方の変化によって実現したのが『からむしを績む』の写真の世界なんですね。

田村 そうかもしれませんね。良い意味で、渡し舟のおふたりとのコラボレーションによって、この本ならではの写真の世界がとどめられたように思います。あと、カラーフィルムでも撮ることによって、昭和村の季節の光の色を繊細に表現することができたのではないかと思います。

本の制作にあたり、渡し舟のおふたりにからむしの布を預けられたおばあさんの写真も撮られていましたか?

田村 早い段階でおふたりからご紹介いただいて、村を訪ねたときには毎回おばあさんの家を訪ねて、おしゃべりに参加させてもらっていました。折々で写真も何枚か撮らせてもらいました。あるとき、おばあさんの手の写真も撮らせてもらったのですが、最終的に本の中で使用するのはやめようかという話になりました。

 本づくりが始まったときに、最初から「人の写真は入れない」と決めていたわけではなくて、中途半端に人の存在を入れるのだったら「人の入れるはやめよう」と。最後はたしか(舟木)由貴子さんが仰って、きっぱりと決めました。私も賛同したのを覚えています。たとえば、おばあさんの住まい、特に機織りのある部屋そのものに、人のいとなみとして受け継がれてきた「何か」が宿っているのではないかと思いましたし、撮影もしていたからです。それは村の道にも山川の景色にも歴史のレイヤーがあり、変な言い方になるかもしれませんが、時間の地層のようなものを強く感じていたのかもしれないです。

どのくらいのタイミングで決められたのですか?

田村 2020年のはじめ頃かな。写真をセレクトしていくタイミングだったと思います。ただ、本の中では使用していませんが、本書の出版記念を兼ねた展覧会用に制作したリーフレットでは、おばあさんの手の写真を使わせてもらいました。

『からむしを績む』リーフレット photo by Naoko Tamura(2019)

そうだったんですね。『からむしを績む』には、観音開きで長細いからむし繊維の束全体を撮影した写真がありますが、あの写真はモノクロ撮影ですか?

田村 あれは日光写真 *3 なんです。ある時期、フォトグラムのように日光写真を扱っていた時期がありました。地元に帰省したときには、徳島の太陽でいろんな植物の日光写真を撮って、標本のように裏に学術名を記したりしていました。これだと暗室も不要ですし、「 “からむし” でやってみよう!」と村に材料を持って行って、悦子さんの自宅の軒先で撮影(作業)させてもらいました。

 からむしは丈が長いので用意していた感光紙では足りなくて、その場で急遽、感光紙を貼り合わせることになりました。また、少しでも光が当たると印画してしまうので、まず屋内で新聞紙を被せて準備して、悦子さんにも協力してもらいながら素早く運び出して、玄関先でサッと10秒くらい太陽を当てて撮影しました。そうして部屋に戻って様子をうかがっていると、くっきりとした影ではなく、半透明のからむしの繊維ならではというか、光を通した透け感のある姿が綺麗に浮かびあがってきたんです。

 それをみた悦子さんは、感動して涙ぐまれていました。印刷された状態ではなかなか伝わり切らないかと思いますが、本当に思い出深い一枚です。また違った姿で立ち顕れたその瞬間がとりわけ美しくて、からむし引きの時期にあわせて持って行って「やって良かった」と思いました。

からむし繊維の束の日光写真。『からむしを績む』より 写真提供:鞍田崇

そんな感動的なエピソードがあったのですね。一方で、今回のようにチームでひとつの作品をつくる上で、どんなことを感じましたか?

田村 今までの写真は単著が多かったので、たしかに戸惑う場面もありました。ですが、チームが形成されてからはとても心強く、編集の丹治さんやブックデザインの漆原さんがいたお陰で撮影に集中できましたし、昭和村で過ごさせてもらうなかで受け取ったことや感じてきたことをベースとしながら、それまでの流れとスタイルでやらせてもらえたので良かったです。 『からむしを績む』は、テキストと写真の二部構成です。鞍田さんのテキストに関しては、お互いの信頼もあったので無理に打ち合わせをするのではなくて、それぞれの世界観を載せていくというスタンスで取り組みました。すでに写真は組み終わっていましたが、文章を読んだときはなんだか目頭が熱くなり涙しました。結果的には、良い形で表現されたと思います。

 あと、チームでの本づくりということで、編者の渡し舟のおふたりが最後までとても粘り強く丁寧に付き合ってくださって感謝しています。写真に関するところでも、それを感じたエピソードがあります。2020年の春先に、メンバー全員が集まって、昭和村で合宿をしようと予定をしていました。本のために撮りためた写真もかなりの枚数になっていましたし、掲載写真のセレクト作業を兼ねてもいました。ただ、コロナ禍が重なりその合宿は実現できず、昭和村にも行けなくなってしまい、それ以降の打ち合わせはオンラインに切り替えざるをえませんでした。

 いよいよ具体的に本をまとめ上げていく段階に差し掛かり、ひとまず自分で「これは外せない」と思う掲載候補の写真を選び、ある程度の枚数に絞った上で、データの形で丹治さんたちにお渡ししました。そうしたところ、写真を小さくサムネイルにした一覧を作成してくださり、それをA3の用紙にプリントアウトして渡し舟に送ってくれました。すると、渡し舟のおふたりは、そのサムネイルをコピーして一枚一枚を切って、気になった写真に掲載順の番号を書き添えたポストイットを貼ってくれたり、メモを書き添えたものも中にはあり、それらを見ながら構成をしていきました。

 その行為に、直接会って作業をしたわけではないけれど一緒に写真を選んでいるようにも感じて、写真を通して繋がってますます「どんなものができあがるのだろう」という楽しみな気持ちもより膨らみました。通常は写真集を作るとき、自分である程度決め込んでいくのですが、この『からむしを績む』は渡し舟が企画された本なので、一番の思い入れもあったでしょうし、彼女たちが気になるというイメージを選ぶ気持ちを大事にしたかったので、本当に嬉しかったです。

本づくりのきっかけとなった藍染着尺のからむし布 写真提供:田村尚子

((5)「いとなみの根源へ」と続きます)

表紙写真:鞍田崇 田村さんが中判カメラで渡辺悦子さんを撮影する様子(2016)
聞き手:髙橋美咲

*1 参照:「写真家・田村尚子さんのお話(3)放棄されるのではなく、今も在るということ」註4
*2 展覧会: 「民藝の現在進行形―しかし、むろんこれは女が編んだのであった。」と題して、栞日(長野県松本市)で開催(企画:「からむしの布」編纂室、協力:鞍田崇、2019年4月26日~5月26日)。本づくりのきっかけとなった藍染のからむし布が着尺のまま展示された最後の機会となった。
*3 日光写真:青写真とも呼ぶ。青色の発色を特徴とする19世紀に発明された写真方式。日光(太陽光)で印画することができるため日光写真ともいう。鉄塩の化学反応を利用した非銀塩写真の一種。

【プロフィール】田村尚子(たむら・なおこ)さん
写真家/アーティスト
写真と映像を中心に国内外での展覧会多数。著書に写真集『Voice』(青幻舎 2004)、『attitude』(青幻舎 2012)、写真とテキストによる『ソローニュの森』(<シリーズ ケアをひらく> 医学書院 2012)、『タウマタ』(Taka Ishii galley Tokyo/Paris 2015)等。VutterKohen 主宰し、コレクティブにより2021年より京都建築映像祭を主催する。vutterkohen.com/

『からむしを績む』
編 者: 渡し舟(渡辺悦子・舟木由貴子)
テキスト:鞍田崇
写 真: 田村尚子(vutter kohen)
デザイン:漆原悠一(tento)
編 集: 信陽堂編集室(丹治史彦・井上美佳)
校 正: 猪熊良子
印 刷: 株式会社アイワード有限会社日光堂
製 本: 株式会社博勝堂
仕 様: A5変形・112頁
部 数: 特装版:限定 80 部|普及版:限定 420 部(第二刷 500部)
発行者: 渡し舟(〒968-0212 福島県大沼郡昭和村喰丸字三島 1053)
2021年3月31日 初版第1刷発行
2021年11月3日   第2刷発行
◾︎購入のお問い合わせ先:渡し舟 watashifune@outlook.jp

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