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クリスマスの正体。

白くて深い霧が色んなものを包み込んで、桃太郎大通りの信号もぼやあっとにじむ不思議な夜。サウダーヂな夜には、とある客。その人はゴッドファーザーを彷彿させるような出で立ちでクリスマスを目前にして現れた。その人は、周りがゲラゲラ笑っても、どれだけびっくりしても、決して表情を変えようとせず、どんな時でも不敵な笑みを浮かべている。ゴルゴ13の効果音を背負わせると世界で一番似合いそうだ。

クリスマスイヴの夜、その人は教会で歌をうたうと言う。ちょっと歌ってみてよ、なんてそこにいたおじさんが茶化すと、彼は顔色をひとつも変えず、すうっと歌ってみせた。身体の奥底から聞こえる低くて迫力ある声に、さっちゃんと私は思わず顔を見合わせた。す、すごい…。想像をぴょーんと超えていった美声に私たちは絶句するしかなかった。この人は一体何者なのか。私の中で色んな想像がかけめぐる。どうしてこんなところに、こんな季節に…。そんなことを私が悶々と考えているうちに、気がつけばその人はママチャリを押してサウダーヂな夜から霧の中へと消えていった。

私はゴッドファーザーの正体を暴くべく、イブの教会へ向かう。ステンドグラスは夕日でオレンジに染まっている。大きくて真っ白なキリストの下で、その人は聖歌隊の中でも異様な存在感を放っていた。雑踏に紛れていてもすぐに見つけられるような風貌をしている。

しんと静まり、演奏が始まった。パイプオルガンの音はどこか聞き覚えがある。そうだ、ドラクエの教会シーン。私の頭の中には勇者ヨシヒコがあらわれた。不意打ちに戸惑う心を落ち着かせ、もう一度聴く態勢を整える。しばらくそうやっていると、深呼吸のような時の流れに気がついた。空気みたいに深く吸いこんで、ゆっくりと肺の奥へ染み渡らせたくなるような音が教会全体に響いている。教会の空気なのか、聖歌隊の歌声がそういう空気を生み出しているのか、それはわからないけど、人が教会へ行く理由をちょっと知った気分になる。

周りには、小さな子供からお年寄りまで、世代も人種も色んな人が普段着で集まっていた。そこは不思議なくらいに心地がよくて、私はなぜかお昼に食べたラーメンを思い出した。引っ越しを手伝ってくれた父と妹と一緒に食べた煮干し味の脂っこいラーメン。別に美味しいわけでもなかったんだけど。そしたら、目頭が熱くなって、そのまま涙がこぼれた。派手さはないけど、なんだかじんわりと温かい。クリスマスって寄り添って心を休める1日なのかも。ああ、今日は引っ越しを手伝ってくれてありがとう。いつもよりやさしさが身に染みて、私は心の中でこっそりつぶやいた。

音楽会も終盤にさしかかると、聖歌隊の歌声に力がこもる。その人は、左肩が上がってより舞台映えしていた。みんなが抱えている赤と青の冊子が飛び出しそうな勢いだ。そして、その時はやってきた。サウダーヂな夜で披露されたあの低い歌声がのびやかに教会を包み込む。その人は相変わらず不敵な笑みを浮かべていたけど、とても無邪気で嬉しそうにみえた。舞台に映えるその姿は、ゴッドファーザーというより、どこか萩原流行に似ていた。その人の謎はますます深まるばかりである。

2016年12月26日

「サウダーヂな夜」という変わったカフェバーで創刊された「週刊私自身」がいつの間にか私の代名詞。岡山でひっそりといつも自分のことばかり書いてます。