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ギカイ傍聴日記。

私は、あの日初めて議会へ行った。「面白いけん!」と議会に来るよう勧める城主を、どこか冷めた目でみていた。そもそも議会って何なのか。いや、平日だし、仕事あるし…。理由をつけては遠ざけていたけど、「知らない場所に行ってみるのはいいことだ。」という誰かの言葉を思い出して、不謹慎ながらも、旅行のような軽い気持ちで市議会をのぞいてみることにした。

 岡山市議会は、市役所の端っこにある古い建物の4階にある。窓口のおじさんは、私のダッフルコートとスニーカーをちらっとみて、社会見学に来た小学生のように私を扱い、案内してくれた。「登るのが大変なんだよ。エレベーターがないからね。特にお年寄りの方は。」傍聴券を受け取り、私は4階にあがる。見晴らしのよさそうなその空間には窓もなく、閉め切られた緊張感があった。ドキドキしながら傍聴席のドアを開けると、お昼休憩で誰もいない。ほっとしていると、美容師のカモンさんがすでに座って始まりを待っていた。どうやらカモンさんは城主の質問があるたびに傍聴に来ているらしい。能天気なふたりが出会ったおかげで、傍聴席の緊張がほどけてサウダーヂのカウンターに変わる。しばらくすると、誰もいない議席に一番で城主が入ってきた。私たちのふ抜けた空気を感じたのか「どうも。」なんてニヤニヤとおしとやかに言う。その様子をふたりでガハガハ笑っていたら、続々と背広姿のオジサン達が戻ってきた。思わず口をつぐんで姿勢を正す。だけど、思っているよりみんなリラックスしているようだ。13時15分、ジリジリ!とベルが鳴り、議会が始まった。議長に呼ばれた城主が登壇する。今日の髪型はやけにラフだなと思いながら、私は大きなスクリーンに映る城主を眺めた。

 開始早々、私の期待はすでに裏切られつつあった。以前から、議会の前には関係課と事前の打ち合わせをすると城主からは聞いていた。だから、下を向いて早口でぼそぼそと原稿を読みあげる姿をみて「なんだ、プロレスごっこか。」と思ったのだ。私の頭には、傍聴という言葉がよぎる。まさに「傍らで聴く」。いつもと違う城主をフィクションのようにして眺めていた。聞いている私たちを忘れたような話し方に、私は少しがっかりしたんだと思う。答弁側も「検討します。」と用意しておいた原稿を読む。議会の中はどこか薄暗い。なんだか、この物言わせぬ雰囲気が曖昧な答えを生み出しているようにみえた。議会ってこんなもんか、ぽつりぽつりと傍聴席に座る人たちも白髪の男性ばっかだし。あ、感想聞かれたらなんて言おうか、そんなことを考えて答弁が終わる頃、私は仕事に戻ろうとコートに手をかけた。すると、座っていた城主が立ち上がる。どうやら再質問というシステムがあるらしい。まだ続くのか、私は視線をスクリーンへ戻した。そこには言葉が途切れて爪のあたりをこちょこちょと触っている城主の姿。私は思わず吹きだした。ちょっと!手元が気になる、しっかりしてよ!(笑)なんて言いたくなるような。だけど、彼は自分の言葉で、抑揚で、何かを伝えようとしている。城主の後ろ姿は肩が揺れてどこか頼りなく見える。ただ、それはヘンテコだけど、貫禄のようにも映って、ちょっとたくましい。「あ、面白いかも。」ちらちらする城主の目線の先には、制限時間を知らせるデジタル時計。不思議なライブ感が議会に生まれる。質問が変わると、答弁のようすも変わった。人の感情が私たちの席まで伝わる。議席からはひそひそ話と笑い声。落ち着いた大人がカッと熱くなる、私は市長が昂る瞬間を確かにみた。そこに城主も負けじと議論を重ねる。私はボクシングの両者譲らず試合をみているような気分で、残り時間にそわそわしてしまう。ああ、あと10秒!

 そして1時間近い個人質問は終わった。私にとって初めての議会はちぐはぐで不思議な感じ。スーツが違和感を生み出していた。そう、私は気づいたのだ。「議会ってなに?」知らないと思い込んでいた世界が、実は私たちの日常と変わらないってこと。格式ばって見えるけど、同じ。顔をみて、相手の様子をうかがって、譲れないものをきちんと伝え合う。つまり、ギカイはコミュニケーションのツールにすぎない。私だって、大切なことは相手に伝えて向き合って、すり合わせて、そうやって他人と生活している。自分の直接的なつながりの中でシンプルにコミュニケーションする。仕事と友達と家族と、それから恋人と。ただ、ギカイはそれがわかりにくくて、自分のつながりからちょっと遠い存在だったってわけ。その代わり、私たちとの直接的なつながりの中で暮らしている城主が、私たちにかわって、彼の直接的なつながりの中にあるギカイと、そこからつながる社会とコミュニケーションしていたのだった。そうか、城主はシンプルなんだ。私たちの大切なことを、伝えるべき相手にきちんと伝える。それを正直に実行しているだけ。なるほど、この人がみんなに愛される理由が少しわかった気がする。

 次の日には議会のようすが新聞に掲載されていた。ちゃんと声は伝わっていくのね。城主に次会った時、私は聞きたいことが山ほど増えた。それを忘れないよう、手帳にしっかりメモをした。

2016年12月12日

「サウダーヂな夜」という変わったカフェバーで創刊された「週刊私自身」がいつの間にか私の代名詞。岡山でひっそりといつも自分のことばかり書いてます。