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セレンディピティ。

商店街を散歩していると見つけた、私の胸を騒がせる、とある肉屋の張り紙。

「豚足50円/g」

大好物のから揚げと一二を争うくらいに、私は豚足が好きだ。あいつの魅力は茹でても焼いても煮ても、つまりどう転んだって美味しいところにある。どんな姿になっても私をわくわくさせて幸せな気分へと導いてくれる。

小さな頃から、我が家の食卓では当たり前で、言ってみれば幼なじみのようなもの。大人になって、みんなが生きてきた中であいつと出会う確率はかなり低いんだと知り、これは私と豚足とのセレンディピティだと思っている。

学生時代、下宿先でふと思い出してスーパーで探してみたけど、チルドになったあいつはラップとトレイに閉じ込められていて、いきいきした昔の面影がない。なんだか少し遠い存在となった。それからしばらくして忘れた頃に、九州で姿を見かけた。思いがけぬ再会にそわそわする。久しぶりのあいつ、しっかり煮込まれてとぅるとぅるんになっていた。あるところではこんがり焼けてとろんとろん。色んなところで顔を出しては私のことを翻弄する。以来、九州といえば、旅先センチメンタル。思い出さずにはいられない。バカだとわかってはいるけれど、つい姿を探してしまう。

それからのこと、とあるお肉屋さんとの出会いで私とそんな彼との距離はぐっと縮まった。私はどうしても彼に会いたくなって、半ばすがるような気持ちで、姿を探していることを伝えた。すると肉屋のおじさんは店の若者に「おい」と声をかけて、奥の冷凍庫からそのまんまの姿で持ってこさせた。「ねぎとか香味野菜をいれてしっかり茹でるんだよ。何度かね。下茹でした後に好きな大きさに切りなさい。茹で汁はスープにするといい。」と私の恋心を諭すようにアドバイスをくれた。おじさんが「あんた、わかってるね。」って顔で私を見ていた。

別にハンサムなわけでもスマートなわけでもない。どちらかというと、少し近寄りがたくて、ぶっきらぼうで手がかかる。だけど私はそういうあいつを優しくあやしたくなるし、振り回されて新しい世界をみてみたいと思う。やっぱり好き。簡単には会えないけれど、それでもいい。

今の住まいに引っ越して、あいつとはまた疎遠になった。だけど、どこかで飛びきりの出会いが待っていると信じている。

そしてまた、私は運命の再会を果たしてしまった。それが、冒頭の張り紙。
だけれど、私たちの間には「閉店時間」という大きな障害がある。私が仕事を終えるタイミングで出会うことができない。なんてこった…。唯一のチャンスはお昼休み。事務所の冷蔵庫で保存しておけば問題ないけど、彼のことをよく思っていない人が冷蔵庫をひらけば、きっと発狂するに違いない。

ああ、障害のある恋は燃えるというけど、これもまた然り。ふれそうでふれることのできないあいつとの距離がもどかしくて仕方がない。そして、ついでに言えば、料理を段取りよくできないアパートの小さな台所がうらめしい。

今日もまた商店街を歩いて、ガラス戸の隙間から見える手書きの張り紙を横目にみては、とぼとぼ事務所へ戻っていった。

2016年10月17日

「サウダーヂな夜」という変わったカフェバーで創刊された「週刊私自身」がいつの間にか私の代名詞。岡山でひっそりといつも自分のことばかり書いてます。