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恋人たちの窓際。

サウダーヂな夜の窓際には、クリスマスにぴったりでロマンチックな二人席ができた。東京スピーカーがそっとふたりの存在を隠してくれる。ああ、いいな。あっちは完全に恋人たちの世界だ…。いつか私もあの席で、深夜の桃太郎大通りを眺めながら「誰もいないね。」とか言いたい。(昼間もいないが。)気の利いたムーディな選曲に耳を傾けながら、静かな夜に溶けこみたい。とにかく今の窓際は最高だけど、やっぱりカウンター席も捨てがたい。なんたって、サウダーヂの松潤ことナカチ店長がいるのだから。そんな店長は最近、窓際を見るたびアイスピックに手をかけている。ここだけの話、彼の心は想像以上にすさんでいるらしい。松潤なのにもったいない。松潤の持ち腐れだ。聖なる24日に開催されるイベントのどす黒いフライヤーを片手に「俺はこれに行く!」と嬉しそうに教えてくれた。(今日はサッカーがあったから、とても楽しそうだった。)

まあ、なにはともあれ、二人席には色んなタイプがあるけれど、世の恋人たちは、どんな形式をのぞんでいるのだろう。やっぱり横並び?それとも向かい合わせ?少しシャイなふたりは目を自然にそらせるよう、斜めに向かい合う席もいいかもしれない。

私は恋人同士といえば、向かい合わせだと思っている。幼稚園の頃に起こったある出来事がきっかけで、向かい合わせに目覚めたのだ。あの時期の女の子といえば、誰かが好きと言ったものに惹かれる性質を持っていて、それは男の子についても同じ。私たちの間には、流行の男の子が定期的に現れて、そのたびに女の子たちはざわついた。ある時期の流行りは、色が白くて少しやんちゃな男の子。ターゲットが決まれば、男の子の気持ちなどまったくお構いなしに彼の争奪戦が勃発する。遊びの時も、ごはんの時も、女の子が猿団子みたいに集団で「きゃーきゃー」言って、つかず離れずの距離をキープする。今思えば、事情を知らない男の子は居心地が悪くてたまんないだろうし、怖くて仕方なかったことだろう。だけど、恋する気持ちが芽生え始めた時の女の子は最強なのだ。相手の気持ちを考えるよりも、自分の気持ちを知ってほしいの方が上回る。だって恋を知ってしまったのだからしょうがない。

そんな争いの中、私にもチャンスが巡ってくる。とあるごはんの時間、私は彼の隣に座ることに成功したのだ。隣になれなかった女の子が先生に私のことを言いつけているけど知らない。やっと掴んだ彼の隣なのだから…!私は、椅子取りゲームに挑むような気負いでその席をキープする。そんなようすを見た先生は、ふふふと笑いながら「向かい合わせの方が彼の顔をきちんと見えるんだよ。」とさらっと言った。がーん!私はショックだった。その先生は若くて美人で、お父さんたちから大人気。その発言の威力といったら…、今でも私史上に残る名言のひとつだ。何もわかっていない自分が急に恥ずかしくなったんだと思う、敵陣へ乗りこむ前に戦意喪失。向かい合わせの良さを気づくこともできなかった私に、これ以上争う理由が見つからなかった。ところでその後も私たちは、男の子を換えて恋の遊びに燃えたけど、向かい合わせの争奪戦になったことはいうまでもない。

それからずっと向かい合わせは特等席だと思っている。サウダーヂの窓際には横並びも向かい合わせもあって、そこに座る二人を私はカウンターで眺めながら、勝手に思いを馳せては幸せな想像にもぞもぞしている。触れそうで届かない、そんな距離がきっとふたりの恋を近づける。岡山の恋人たち、ぜひ寒い冬はサウダーヂな夜の窓際でそんな風に二人の時間をはぐくんでください。もちろんカウンターに座れば、ナカチ店長と向かい合わせ。サウダーヂの松潤とロマンチックな夜をお過ごしください。

2016年12月18日

「サウダーヂな夜」という変わったカフェバーで創刊された「週刊私自身」がいつの間にか私の代名詞。岡山でひっそりといつも自分のことばかり書いてます。