ヨールカの上の生死
ビシュケクのオシュ・バザールはアルマトイのセリョンン・バザール以上に、僕にとって魅力的だった。アルマトイのバザールも大好きだけど、ビシュケクのバザールはそれ以上にワクワクした。年末ということもあってそこに押し掛けるひとの活気がものすごかったからかもしれない。バザールの周りを取り囲むように露店も出ていて、僕はそこでバブシュカ(おばあちゃん)から暖かそうなウールの靴下を買った。森の中のトナカイの模様がかわいらしかった。言葉はキルギス語かロシア語であんまりわからなかったが、とにかく「これあったかいでー」みたいなことを言ってくれたから。バブシュカのぽってりとした頬が寒さで赤らんでいた。気温は冷蔵庫よりも寒いから、新年を祝うためのケーキが野外で売られている。街を歩くみんながそれを待っていたかのように、嬉しそうに手に持って歩いているのが微笑ましかった。中央アジアの新年はクリスマスみたいだった。広場には大きなヨールカというツリーが飾られて、寒くても多くの人が集まる。街中が幸せで溢れていた。ロシア正教のクリスマスは1月7日だから、それも関係あるのかな。
僕は料理に使いたいからと、バザールで乾燥した唐辛子を探した。同じ場所を何周かしながらどこが安いか品定めをする。すると大量に唐辛子の入った一袋が100ソム(約160円)で売っている店を見つけた。これは買おう。見たこともないスパイスや果物、乾物を味見させてもらいながらバザールを巡った。ヨーグルトと塩を混ぜて乾燥させたクルトという古くから遊牧民の保存食として食べられていたものも売っている。一度食べてみようと思って、おすすめのを少しもらった。しょっぱくて、酸っぱくて、口の中が、きゅっとする。水が欲しい。小さな金柑ぐらいのサイズのオレンジを買って袋にいっぱい入れてもらって食べながら歩いた。道のそこら中に落ちている、このみかんの皮はこれだったんだな。蜂蜜屋の兄ちゃんの照れ笑いも素敵だった。ちなみにここで買った蜂蜜は仁川空港で没収された。冷えて固まった蜂蜜も液体なのか…。
迷路みたいなバザールを巡っているうちに裏手に出た。ふと見ると短い階段の下に男がいた。半分目が開いた状態でくの字に横たわっていて、動かなかった。声をかけようかと思ったけれど、何もできなかった。人と車は行き交う。錆びついた室外機が軋みながら、幸せと絶望をかき回し、人の生と死が交差する。魂の輪郭は見えないけれど、かつて存在していたことは確か。心の中にとても苦しい気持ちが込み上げてくる。いずれ死ぬことしかわからないけれど、人は歩き続ける。人生は悲しみの楽園だ。死んだあの男の顔を、忘れない。