カザフのステップからビシュケクの道端へ/前編
─── 雪の降るビシュケクの道端で、頼りないプラスチックのコップに注がれたショーロを片手に乾杯した。
もうすでに出かけた人の足跡が綺麗な雪の上に残っていた。アルマトイの街の西側にあるアフトヴァグザール・サイランから国境を越えてキルギスのビシュケクへ向かう。近くのバス停でおりて、ターミナルへ向かう途中、「ビシュケク!ビシュケク!」とバックパックを持っている僕に大きな声をかけてくる男たちがいる。ここでも客引きだ。アルマトイからビシュケクまでは長距離バスで5時間半から6時間かかり、運賃は2500テンゲ(約560円)。客引きの車より格段に安い。楽で速い方法は金でいくらでも選べるが、そういう旅がしたくて今ここにいるのではなかった。予期せぬ出来事や出会い、思いもよらぬ発見とこころの動きを感じるため。バスの出発時刻まで1時間ほどある。トイレに行っておこうと思い、裏手の階段を降りると薄暗い場所に入り口があり、なにやら受付カウンターがある。トイレを使うのには50テンゲ払わなくちゃいけなかった。カザフスタンではそういうところが多いらしい。お金を払うと、50テンゲ分のトイレットペーパーをくれた。どういう換算方法なんだろう。とても面白い。
30分前まではガラガラだった車内も、年末の帰省客でみるみるうちに混んでくる。久しぶりに地元に返る人、バブシュカ(おばあちゃん)に会いに行く子どもたち。バス会社にしたら満員にした方がいいから、出発時刻のお昼12時になってもなかなか動き出さない。カバンの中のビスケットを数枚食べながら出発をまった。12時半を回ってようやく、出発した。窓の外を眺めていると段々眠気がやってきて、ふと目を開けて、結露した窓を服の袖で拭うと車通りの多い街の景色から、一変してどこまでも、どこまでも遠くまでつづく原野が窓の外に続いていた。草原とも違う。ステップと呼ばれる、広大な原野の中の地平線だった。雪に覆われた大地の向こう側に名前を忘れられた木がさみしく、ぽつんと立っている。なだらかな曲線を描く丘陵。雪雲と大地が、その境目をなくして、行く当てを失ったかのような世界だ。その向こう側に馬に乗っている人が見えた。カザフの遊牧の民だ。僕らがこうしてバスに乗って運ばれている横を遊牧民たちはゆうゆうと馬を走らせる。それはまるで風が吹く前の静かな世界を唯一知っているかのような姿だった。
【後編】