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下総犬と三浦犬 千葉純胤の時空移動

千葉家は千葉成胤が昨年亡くなり嫡男の千葉胤綱が継いでいた。

まだ二十歳に満たない胤綱であるが、病で伏せがちな父の代わりに会合に出向くことを含め時折はあった。

本日は正月故の実朝の御所に御家人達が祝宴へと集う日であった。

このような重要な席は家督を継いでからは初めてだった。

出立前、家人たちは粗相のないようにとあれこれ口を出してきたが、胤綱自身はあっけらかんとしていた。

ーたかが正月の宴であろう。ぱっと実朝様へ挨拶して終わらすかー

大広間に入ると多くの御家人がすでに座っていた。

胤綱は家人からどこへ座るのか聞いてはいたが、そんなのはもう覚えていない。

ーどこがいいかなー

周りをさっと見渡して奥に空いている座が目に留まった。

ー見晴らしよさそうだなー

そう思うや否や、すいすい突き進み、まっしくぐらに定めた座へと向かった。

周りの御家人はざわざわしていた。

ひそひそと「あれが下総の」「弁えておらぬ」など聴こえてくる。

ここもまた年寄りどもが小声でこざかしいことをささやいてると胤綱は流しながら颯爽と前へと進んでいった。

目当ての座に着くや、直ぐすわり込んだ。

周りがよりどよめいていた。

すぐ下座をみると五十半ばの威厳のある深刻な顔つきの御家人がいた。

三浦泰村だった。

いまや北条義時の次とも云えるほどの重鎮である。

しばし大広間が静まりかえった。

幾秒かの沈黙の後、三浦泰村が開口一番で言い放った。

「下総の犬は寝床を知らぬようだ」

腹立たしいかもしれぬがまさか犬呼ばわりとは。

胤綱も即座に返した。

「三浦犬は友も喰らうようで」

これには回りが凍りついた。

下総犬に対して三浦犬。

犬の返しは大の大人同士とはいえ、ただの掛け合い喧嘩に過ぎない。

しかし続きの「友を喰らうようで」は三浦義村をえぐっている。

これは先の和田合戦で三浦義村が叔父の和田義盛を直前で裏切った事を暗に指している。

そんなことはここにいる御家人たちは重々承知していることである。

でもそんな事を正面切って三浦義村に言えるだけの気概をもった御家人はいない。

三浦義村も顔を真っ赤にして震えていた。

「ご一同、何事ぞ!」

広間の先端で大音声が鳴り響いた。

北条義時だった。

北条義時はこの異様な空気を感じたのか、実朝様がもうすぐお越しになるのでみな落ち着かれよとこの場を整えた。

しばらくすると源実朝が入り、正月の宴が開かれた。

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