比企能員の変_01 千葉純胤の時空移動
成胤は千葉館の奥で独り熟思していた。
純胤が言い残した
「これからの鎌倉の動向を見逃さぬよう。特に比企家と北条家」
成胤にはこの言葉が呪縛の様に頭を巡っていた。
比企家と北条家になにがあるのか。
この二家が他家と異なること。
それはどちらも頼家様にとって繋がりが深いということだ。とはいえ二家の繋がり具合と力関係は対等ではない。
北条家は頼家様の母親である政子様が北条家であるという事でしかない。北条家自体は特に伝来の有力武家とかでもない。
一方、頼家様の奥方が比企家で二人の間には嫡男の一幡様がいる。比企家は古来より武蔵の一部を束ね京にも通じていた。頼朝様が伊豆へ幽閉されている間の二十年近くも頼朝様を支え続けた一族でもある。特に頼朝の乳母であった比企尼の献身的な奉仕ぶりが今の比企家の繁栄にも繋がっている。
この二家が手を組むという事はあるのか。
この二家の繋がりはある。北条家の嫡男であった江間義時殿の奥方は比企家である。しかし北条家は父子の確執でもあるのか、いまや嫡男は後妻である牧の方との間に生まれた北条政範殿が嫡男同然の扱いとなっている。そんな江間殿に二家の繋ぎになれるとは思いにくい。
ならばこの二家が争うとしたらどのような時におこりえるのか。
比企家とすれば頼家様の治世である以上、北条家の政子様と父である北条時政殿がなにかと口出しをしてくる可能性があるので、いつか一幡様へ継がせたいと考えるだろう。
ただ頼家様はまだ若い。一幡様も年端もいかない。永らくは時折入る横やりは割り切るのが一手。そこまで待てぬならなにか手だてを打つ必要がある。
北条家とすれば比企家とかろうじて張れるのは現状の維持しかない。一幡様へ家督が移った折にはもう政子様との関係性もより薄くなり、北条は只の一御家人になる。
北条家は遅かれ早かれ比企家の威力に吞まれていくしかないのか。
ではなぜ純胤は比企家と北条家を見逃さないように言葉を残したのか。
成胤は考え続けおもむろに閃いた。北条家が威勢を挽回する方策を。
頼家様の弟である千幡様が家督を継ぐこと。
千幡様はまだ幼く子もいなければ奥方もいない。ただ乳母は政子様の妹である阿波局である。阿波局の夫である阿野全成殿は北条家ではないが北条家とも親しい。一幡様が継いだ折の比企家の様な権勢が無理でも現状の維持は出来る。今後の千幡様の嫁いでくる奥方によっては比企家の様な振る舞いもあり得る。
比企家と北条家がいつどのように動くのか。
その時、千葉一族はどうするのか。
成胤は更に思案を積み重ね、いつしか夜も更けていた。